知財問屋 片岡秀太郎商店  会員登録(無料)
  chizai-tank.com お問い合わせ
HOME 右脳インタビュー 法考古学と税考古学の広場 孫崎享のPower Briefing 原田靖博の内外金融雑感 特設コーナー about us  
 

第89回  『 右脳インタビュー 』  (2013/4/1)


月山 貞利(がっさん さだとし) さん 

刀工 月山日本刀鍛錬道場 
元全日本刀匠会会長(現 顧問)

  

1946年大阪府生まれ(人間国宝 月山貞一の三男)、大阪工業大学建築学科卒。1982年無鑑査(刀鍛冶の最高位)認定。1995年、全日本刀匠会会長就任(現 顧問)。2003年、奈良県指定無形文化財保持者に認定。

主な新作刀展の受賞記録
高松宮賞(2回)、文化庁長官賞,毎日新聞社賞(2回)、名誉会長賞(2回)、寒山賞(2回)
 

 
片岡:

 今月は刀匠の月山貞利さんです。それでは日本刀の歴史や特徴などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

月山

 日本刀は大陸、朝鮮半島から伝わってきた直刀注1に平安時代末期に反りがついて生まれました。更に刀工の鍛えた技術を研磨で表し、特徴ある光沢を出し…、大和伝、備前伝、月山伝…となっていきます。聖徳太子の佩刀として有名な丙子椒林劔(へいししょうりんけん)(国宝)注2は直刀で素晴らしい刀です。「丙子椒林」と金象嵌されていて、諸説ありますが丙子は年号、椒林は作者の名前で、大陸で作られたといわれています。真っ赤に錆びていましたが、戦後に小野光敬さん(人間国宝)が研いだら、梨子地肌という何ともいえない精緻な鍛錬が現れました。こうした技術が当時はあったようですが、今では殆ど見られません。
 ところで、こうした直刀は切ったり、攻撃するのにはあまり向いておらず、権威の象徴、お守り刀として身分の高い人たちが持つ物でしたが、日本刀になり武器としても優れた機能を持ちました。それでも日本人にとって刀は、神社仏閣に奉納して戦勝や武運長久を祈願したり、一族の繁栄を願って子々孫々に伝えたり、特別なものでした。
 特に月山鍛冶注3は月山(出羽三山の一つで、修験道場として知られる名山)に登って業を行い、身を清めてから刀を打ちます。勿論、今でもそうです。ですから刀は神仏に祈願して打つものであって、人の死ではなく、幸福・平和を祈って作るものです。私はそう信じています。だからこそ月山鍛冶は当初、刀に個人の名前を刻まず、ご神体「月山」の銘を刻んでいました注4。作家の森敦さん(小説「月山」で芥川賞受賞)が父(二代 月山貞一、人間国宝)と話しているときに「刀に『月山』と銘を刻むことは大変な事ですよ…だから『月山』というのは大変な刀鍛冶の家なんですよ」と仰っていました。当時、刀身にご神体の銘を刻むというのは普通許されないことでした。また月山の刀は直刃(すぐは)という優しい姿の刃文、綾杉肌という非常に神秘的な宗教色を感じさせる文様を持ちます注5。そして大人しい…。虎鉄、長光等は焼入れの形や切先が違い、物凄くごつく、よく切れます。勿論、虎鉄も長光も素晴らしい刀です。
 

片岡:

 目指しているものが違うということですね。
 

月山

 こういう歳になって、そういうことをふっと思います。若い頃は無我夢中ですから…。だんだんやっていると、刀は奥が深い、日々色々なことを刀から学んでいます。
 

片岡:

 月山鍛冶はいつ頃起こったのでしょうか注3
 

月山

 私どもの先祖は月山の麓に起った刀鍛冶で、平安末期の文献にも記録が残っています。その当時の刀はもう残っていませんが、月山山頂の月山神社に南北朝時代の素晴らしい太刀(太刀銘 月山:国重要芸術品)注6が一振り残っています。その後、近代になって大阪に出て、皇室の刀を何振りも作らせて戴くような名誉に預かり、その連綿とした末裔が私たちです。ここまで続いた刀鍛冶の家は日本にはありません。この800年の歴史の中で繁栄した時もありますし、途絶えそうになった時もあります。よく頑張ったと思います。例えば明治の廃刀令も苦難の時代でしたが、それでも刀を作れました。しかし、戦後はGHQの武器製造禁止令、この時は刀を作れないだけでなく、材料となる玉鋼の生産も中断しました。親がやっている間は何とか蓄えていた材料が使えましたが、技術をならっても自分たちの頃にはもう材料がありません。日本の刀鍛冶が絶えてしまうような危機で、どうしようもありませんでした。私より一回り上だった兄たちは刀鍛冶ではやっていけないので違う職業を選びました。父も「継いでくれ」とは言えなかったようです。幸い私が大学を卒業する間近、父が人間国宝に認定されることになりました。その技術だけでも残そうと思ったのが最初でした。それに月山の歴史をここで絶やすわけにもいきません。その頃、島根県の奥出雲で「たたら製鉄」注7も復活、現代刀がいい時代になるときに巡り合せました。そして今では息子(月山貞伸)が、自分も刀鍛冶の家に生まれたのだからと、自然のうちに継いでくれるようになりました。
 

片岡:

 現代刀とそれ以前の刀に特徴的な違いはあるのでしょうか。
 

月山

 日本刀は時代に沿って呼称が変わるのですが注8、日本刀が生まれてから室町末期頃までのものを古刀、それ以降で主に江戸時代のものを新刀と言います。新刀は刀の鍛え方も少し変わってきますが、それ以上に交通がよくなって、地方で作られて江戸に送られた材料を使うなど地鉄が変わってきます。その後、明治、大正辺りからを新新刀、私らの祖父くらいからを現代刀と呼びます。昔は産地によって炭素量とか色々な違い等もあり、特徴のある刀ができてきましたが、現代刀は殆どが島根のたたら製鉄で作られた玉鋼を使い、材料が一様になってきました。玉鋼を作るには砂鉄をとるために山を崩し、川で洗い砂鉄と泥を分けて…大規模な事で、環境も考えないといけませんし、作業も大変です。この島根の玉鋼は大変質の良いものですし、今は技術で工夫して、昔の名刀を目指して、正宗、長光を目指して挑戦し、研究して、いいものができています。正宗と今の刀をどっちがいいかは一概に言えませんが、今の刀はだいたい何か新しい感じがします。刀も鋼ですので空気中に晒すと僅かに変わってきます。10年単位ではそれ程変わりませんが、何百年も経つと鋼の性質が少し変わってきて、芸術作品としてみると非常に潤いのある、何とも言えない奥深さを感じます。今のものと比べると、どうしようもない違いです。大国宝の「太刀 銘三条(名物三日月宗近)附 糸巻太刀拵鞘」注9は10世紀、「太刀 銘 備前国包平作」注10は12世紀のものです。そうすると、やっぱり少し地金の味わいが変わり、また茎(なかご)注5の錆にも味わいがでてきます。普通の鉄ではこうした奥ゆかしい錆はでません。大変なものです。現代刀も一所懸命研究していてよくできているんですよ。だけどやっぱり何百年経つと、ちょっと違います。勿論、現代刀もやがて長い年月を経て古刀となっていくのですが…。
 

片岡:

 月山さんの作品はニューヨークのメトロポリタン美術館にも収蔵されていますね。同美術館やロンドンの大英博物館のコレクションは本当に充実しています。
 

月山

 メトロポリタン美術館では常設展に展示して戴いて、現代刀では私が初めてだそうです。また2009年には特別展「Art of the Samurai Japanese Arms and Armor, 1156–1868」注11を開催、30万人以上が来場しました。日本の国宝も沢山出展されました。日本でもこんなことはありません。伊達正宗や本田忠勝の鎧、そして国宝級の名刀が数多く出展され、曽祖父(初代 月山貞一、帝室技芸員)の刀も展示されました。月山家にとっても大変名誉なことでした。また私らの作刀の様子も紹介され、外国の方が熱心に見てくれました。尤、こうした場で紹介できるのは綺麗ごとの部分です。刀鍛冶は苦労して、真っ黒になって、火傷して…、また秘伝として特徴ある芸術を作るところなど、見えない部分に大変な作業があります。
 

片岡:

 海外での日本刀に対する評価は本当に高いですね。
 

月山

 日本人以上かもしれません。寧ろ今の日本人が気づかないようなことまで…。日本の素晴らしいものが海外にいくというのは本当に嬉しいことです。自分たちが頑張って、いいものを作れば海外の人も認めてくれて、そして海外でも展覧会ができる…。そうなって欲しいと思います。若手が希望を持てるように…。
 勿論、日本にもまだまだ潜在的な刀のファン、関心のある人は沢山います。ただ見る機会が少ない。日本の美術館や博物館でもニューヨークのような催しを開いて欲しい…。私も少しでもお役に立てればと思って、この月山記念館注12を毎週土曜日に開館、公開(無料)しています。小さな記念館ですので来る人は僅かですが、それでも5月の連休は1日に200人程が来て下さり、表の山辺の道(最古の大和路の一つ)から行列ができます。ある時、一人の女性が刀を一生懸命見てくれています。一時間、二時間と見ています。「何かあったのですか」と声をかけると「実は今、心に迷いがあって…。今日はいいものを見せて戴いて胸がスーとしました」と、嬉しいですよね。
 

片岡:

 最後に、次の時代を担う若い刀工、刀工を目指す世代に一言お願い致します。
 

月山

 日本刀は日本の精神的象徴、魂ですから絶やさずに誇りをもって伝えて欲しい。仕事では大変な苦労をするかもしれないけど、だからこそやり甲斐もあります。
 その一方、時代がどんどん変わっていく中で、若い人が伝統技術、芸術を受け継いでやっていくのは本当に大変なことです。私は親のお蔭もありました。私どもの世代は伝統技術を受け継ぐものの将来を安心させてあげないといけないと思います。「だんだん良いものを作ってね」という人がいないと、家にためておくだけではやっていけません。次の材料だって買わないと…。更に展示会となると、新作を何振りもストックしないといけませんので大変です。
 

片岡:

 一振りの刀を作るのにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
 

月山

 今、ご注文を戴いたら、ここで発打ちをして一年程かかります。更に、刀は、ある程度出来上がるまでは良し悪しが分からないところがありますので、一度に何本も打って、その中で満足のいくものを選びます。
 

片岡:

 若い刀工には展示会等は負担がかなり大きいですね。
 

月山

 日本刀では残念ながら、販売の仕組み、刀工をサポートする体制がまだ十分に出来ていません。息子も何とかしようと色々と取り組んでいるようです。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

 〜完〜 


インタビュー後記

 宋の政治家で唐宋八大家の一人、欧陽脩(1007〜1072年)の「日本刀歌」には、日本刀が武器としてだけでなく、美術品、そして妖凶を祓う特別なものとして好事家に高値で珍重されている様子が詠まれています。日本刀は古くから海外でも高い評価を受けており、日本の大切な輸出品、献上品の一つとして宋の時代だけでも20万本もの日本刀が輸出され、また秀吉の刀狩り、明治の廃刀令、GHQの刀剣没収等では一気に膨大な数の刀剣が海外に出て行ったともいわれています。こうしたこともあり、海外には日本刀の優れたコレクター層が育成されています。
 月山さんの作品はその優れた芸術性、精神性もあって海外でも大変な人気で、ロシアやセルビアなどからも注文があり、外国からの注文が1割程になってきているそうです。
 

聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開



脚注  
   
注1

http://www.touken.or.jp/syurui/index.html (最終検索2013年4月1日)
  

注2

http://ja.wikipedia.org/wiki/丙子椒林剣 (最終検索2013年4月1日)
 

注3

http://www2.ocn.ne.jp/~kikutaka/page007.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/月山_(刀工) (最終検索2013年4月1日)
  

注4

月山鍛冶でも室町末期辺りから刀工個人の名前を刻むようになった。
  

注5

http://www2.ocn.ne.jp/~kikutaka/page009.html  
http://www.touken.or.jp/syurui/tsukuri.html (最終検索2013年4月1日)
  

注6

http://www.dewasanzan.jp/publics/index/51/ 
http://www.dewasanzan.jp/publics/index/61/ (最終検索2013年4月1日)
  

注7

http://www.touken.or.jp/syurui/tokucho.html (最終検索2013年4月1日)
  

注8

e国宝(太刀 銘三条(名物 三日月宗近) 附 絲巻太刀拵鞘 )(最終検索2013年4月1日)
  

注9

e国宝(太刀 銘備前国包平作(名物大包平)古備前包平 )(最終検索2013年4月1日)
  

注10

http://www.touken.or.jp/jigyou/tatara.html
http://www.ufm.jp/lab/yokota/index.html 
http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/index.htmi  (最終検索2013年4月1日)
  

注11

http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2009/art-of-the-samuraii
侍芸術の最高峰を集めた大特別展、ニューヨークのメトロポリタン美術(最終検索2013年4月1日)
  

注12

月山日本刀鍛錬道場・月山記念館:開館3月〜11月(8月休館)土曜日のみ開館
〒633-0073 奈良県桜井市大字茅原228-8 п@0744-42-3230  
http://www2.ocn.ne.jp/~kikutaka/ 
(最終検索2013年4月1日)
  

   
   
   
   
 


右脳インタビュー

 
 

 

 

chizai-tank.com

  © 2006 知財問屋 片岡秀太郎商店

更新日:2013/03/31