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1952年、千葉県生まれ。日本医科大学医学部卒。順天堂大学医学部胸部外科教室大学院卒業(医学博士の学位を授与)。2004年、国立大学法人東京医科歯科大学医療担当理事を兼務(2008年退任、同大学客員教授に就任)。2008年医療法人鉄蕉会理事長就任。
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片岡: |
今月の右脳インタビューは亀田総合病院の亀田隆明理事長です。早速ですが日本の医療が抱える問題についてお聞きしながらインタビューを始めたいと思います。
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亀田: |
医療について言うと、日本は医薬品が2兆4000億円、医療機器で6000億円の輸入超過の状態にあり、病院の中を見るとおそらく6、7割が輸入機器です。日本は精密機械、バイオケミカル…と世界トップレベル、医療分野でも競争力があっていいはずです。しかし日本は診断機器の開発には熱心ですが、治療機器にはあまり取り組んでいません。ペースメーカーのような簡単なものも作っておらず、日本は自力で不整脈の治療も出来ません。なぜこうなったのでしょうか。一にマスコミ、二に官僚です。これまでマスコミは極端に患者サイドに立った報道していれば良い・安心という思いがどこかにあったのではないでしょうか。勿論、酷いものは罰するべきですが、治療機器を作るということは、どんなに注意しても、本当に良いものをしっかりと作ろうとしている会社でも、万が一ということがあります。マスコミがそこだけを捉えて物凄い勢いで叩くと、製品だけでなく会社自体が大変なことになってしまいます。これでは大手企業は危なくて手が出せません。また官僚もマスコミの批判が怖いこともあり審査は安全サイドに過剰に傾きます。例えば本生産のラインで作ったもの以外は基本的に審査しない…。生産ラインを作るには大変な資金が必要ですからとてもベンチャーにはできません。つまり大手もベンチャーもどちらも手を出せないという状況になっています。
これまで日本は自動車等で膨大な輸出超過がありましたので、医療分野はこれで良かったかもしれない。ところが今や日本は輸入超過国で、2011年は貿易赤字が4兆円、2012年は8兆円、今年は10兆円を超えるでしょう。その中で医療分野だけで3兆円の赤字、しかも日本は自力で国民の生命と健康を守れないという状態が続いています。もし貿易を止められれば…。これは何とかしていかなければなりません。医療を輸出産業として育てるのであれば、マスコミも、官僚も一緒になって変わっていかなければならないでしょう。
さて米国の医療ベンチャーIntuitive Surgical社のda Vinci Surgical
System注1という医療ロボットは2000年に米FDAの承認を得た後、世界各国で幅広く販売されています。米国では150万ドル、外国での平均価格は15700万円ですが注2、日本では3億円を超える価格設定となっています注3。こうした状況を作っているのも日本の規制です。医療機器も薬と同じく薬事承認が必要ですが、日本の総販売代理店のアダチではなかなか薬事法の承認を得ることができませんでした。そこで承認のノウハウに長け、政治力も持ったジョンソン・エンド・ジョンソンが加わり、アダチに代わって製造販売業者として申請、2009年に承認を受けました注4。規制の仕方が悪くて、国民の利益や国益を損なう規制になっている、そういう状況が続けられています。TPPを今、評価することはできませんが、こういうことこそTPPで議論すべきで、そういう攻撃的な意味でTPPを活用していけばいいのではないでしょうか。
さて、昨年、このda Vinciを使った前立腺がんの全摘出手術が保険適用になりました。しかし腹腔鏡手術では、da
Vinciを使うのは治療全体のほんの一部なのに、これを使った瞬間に全額自費負担となります。保険はこれまで義務として支払ってきたものです。それを全部放棄しなさいというのはまるで懲罰と同じです。何のための懲罰でしょうか。清郷伸人さんが「混合診療禁止は憲法違反だ」といってたった一人で国を相手に戦い、一審で勝訴しました。しかし控訴審、上告審では敗訴、結局、裁判所も顔色を見ながらシナリオありきなのではないかと思わざるを得ません。
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片岡: |
混合診療を禁止し続けることは、結果的に国民皆保険の体制そのものを危うくするのではないでしょうか。
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亀田: |
その通りです。国民皆保険はとても良い制度ですが、その一方で国家財政も考えなくてはいけません。医療が高度化し、需要も膨らむ中で、保険料をどんどん引き上げたり、財政出動を無制限に続けていけるのか。それができないのであれば、医療費を抑制する、つまり供給を絞る、或は財政が足りない部分に他からの資金を入れることが必要です。今、「保険で全部カバー出来ればいいが、そうでなくても新しい治療を受けたい」という価値観の人がいます。混合診療を認めれば、こうした人たちが不足分を埋めてくれます。しかし、この穴を埋めないと需給バランスが大きく崩れていきます。その時に結局、痛む人は、権力者やお金持ちでしょうか、それとも弱者でしょうか。当然、しわ寄せは弱者に集中します。
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片岡: |
将来、弱者を切り捨てる形で制度をランディングさせていくことになり兼ねない…。医療の効率化についてはどうお考えでしょうか。
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亀田: |
その一丁目一番地はデータです。つまり統一番号、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーをきちんと振って、名寄せができることです。今のようにバラバラでは合理的に行われているか知る術もありません。まずソーシャル・セキュリティー・ナンバーを導入する。それができれば統一カルテもできてきます。どこの病院に行っても自分のデータにアクセスできるようになり、医師もその患者が他の病院でどういう治療を受けたかわかります。
我々は国の助成を受けながらPLANETという統一カルテのシステムを構築注5しました。受診者は、登録して1000円程のカードリーダーを購入すると世界中どこからでもカルテにアクセスできます。健康保険証も年金データも確認できるようしにしてあるのですが、そこはまだデータ化されていないので、サンプルが表示されます。我々はこうしたことに早くから取り組んでいて、1995年には世界で初めて電子カルテを作りました。この頃はまだインターネットも携帯電話もなく、更に困ったのはカルテの電子保存が認められていなかったことです。法律ができたのは4年後、その間はわざわざ全部紙に打ち出していました。そこで数十億円規模の赤字を作って、「潰れそうだ」「セコムに買収された」という噂が毎年のように流れました。実際はこのシステムを在宅介護に利用しようと考えていたセコムに、ソース・コードを売っただけだったのですが…。その後、2002年にWEB等も組み入れたPLANETができ、今はクラウドを使って、技術的に全国統一カルテのもととなるシステムを作っています。
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片岡: |
全国規模で本格的に普及させようとすると…。
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亀田: |
勿論、様々な抵抗があると思います。患者さんにとって利便性があるのは明らかですし、病歴や治療記録等がわかれば、治療の質や効率も良くなります。ドクターズ・ショッピングで同じ薬をあちらこちらから貰うというようなこともなくなっていくでしょう。全国的な統一カルテが実現すれば、効率が少なくても1割、若しかしたら3割くらい改善するかもしれません。無駄を省き、その半分の額でも本当に有用なところに回せれば色々なことがしっかりとしてきます。しかし導入に向けた社会的ハードル、政治的バリアは限りなく高く、混合診療の比ではないでしょう。国家、或は地方行政として進めようと思うと大変な抵抗が目に浮かびます。それでも、いざ政策的に実施しようとする時、実証実験があるか否か、その違いは大きいはずです。我々はその実証実験を行っているようなものです。私たちは、地域で網羅的、且つ重複を避けつつ医療サービスを提供するIntegrated
Healthcare
Network(IHN)を構築するという考え方を持っていて、その一つのモデルを作れれば良いと思っています。自分たちですべてを行うことはできません。皆さんにオープンに見てもらって、それぞれの地域で、どんどん同じようにやって戴きたいと思っています。
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片岡: |
亀田病院は日本を代表する医療機関として躍進を続けておりますが、一方、全国にはあまりに多くの赤字経営の病院があります。日本の法律上の問題を別とすれば病院経営は医師であることが必要とお考えでしょうか。
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亀田: |
例えば米国では、病院の多くはドクターではない人が経営していてM&A等も盛んにおこなわれています。またナース等は病院に所属していますが、ドクターとは雇用ではなく契約関係にあり、メディカル・ディレクター等がその取りまとめをしています。つまり病院のドクターは個人事業主の集合体です。このため米国の病院では請求書も2枚来る…。そして病院には外来というものがなく、救急と入院の施設であり、ドクターたちは病院の外に自分のクリニックを持っていて、そこで外来の患者を受け入れています。
一方、日本の病院は全部一体、その中核は医師です。このため医師のマネジメントができないと日本の病院経営はできません。そこが決定的に違います。勿論、医師ではなくても病院経営はできますが、逆に医師でないと難しいのも事実だと思います。良いか悪いかではなく、現実の話として、医師のモチベーションを高めるためには医師を十二分に理解していないといけません。
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片岡: |
ドクター・フィーについては如何お考えでしょうか? 日本の場合、同じ治療に対しては、経験があってもなくても同じフィーが基本となっています。
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亀田: |
日本でも予約料が認められるようになりましたので、これを自由に運用すれば一種のドクター・フィーになります。我々も予約料は戴きますが一律です。私自身は自由に運用してみたいと思っていますが、まだ運用に制約があるようですし、手術等では保険制度と馴染まないでしょう。日本の国民皆保険は本当に良い制度ですからドクター・フィーをあまり強調し過ぎるのは如何かなと思います。
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片岡: |
公立病院の多くは赤字経営が続いていると言われていますが、そもそも公と民の役割分担はどこにあるのでしょうか。
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亀田: |
日本の場合は公と民の役割に区別は殆どなく、例えば民と公では救急の受入れ数は6対4、病院のベッド数も7対3と民間が多い。例えば千葉県には7つの県立病院がありますが、これらの合計収益は310億円、コストが380億円で80億円の赤字(2010年)、毎年100億円近い補填をしなければ成り立たちません注6。これが自治体立病院の実情です。その上、質の面でも問題を抱えるところも多々あります。公的医療といえば総合周産期センター、救命救急センター、小児救急、災害拠点病院、へき地医療等でしょう。しかし公立病院の巨額の赤字は地方財政を圧迫しますので、公立病院でも小児救急等の不採算医療を回避するところも少なくありません。そうした公立病院が財政面、設備投資等のキャピタルコスト注7等で、実質的に優遇されており、民業を圧迫しています。しかも民間といいながら、高度医療に大きな資本投下が必要となっている中で、病院は株式会社にもできません。それでいて税金はしっかりと取られる…。色々不思議な法律があります。いずれにしても余程特殊なものを除いて、できるだけ民間に移行した方がいいでしょう。
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片岡: |
小児医療は御グループでも大きな赤字ですね。
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亀田: |
2億円くらいの赤字です。そもそも小児部門は現行の保険制度では成り立たないと思います。小児は手がかかりますし、緊急疾患も多い。私どもの病院には未熟児センターと小児救急があり、24時間体制ですから毎日2人が当直、週に一回の当直で最低14人の医師が必要です。休みもありますから、実際は20人以上で運営しています。しかし患者さんが沢山来るわけではなく、医師を一人増やすと約1000万円の赤字が増えますが、千葉県南で小児科病棟を持っているのは我々だけなので拡大させています。ですから制度医療にして「千葉県南地域に対応するのにはこれくらいの費用が掛かるので、この予算でやりなさい」と、そういうやり方が必要だと思います。しかし、現実は赤字の2億円分は自分たちでなんとか補填するしかありません。売上は400億円程度ありますが、リーンバースメントといって、「それぞれにかかった費用を払う」というのが保険の考え方ですから、利益が出難くなっています。また我々のように地方でやっていると、若い看護師を次々と採用しないといけないので看護師育成費用だけでも数億円かかります。その中で一つの部署が2億円の赤字を垂れ流すというのは大変な痛手です。また救急救命もコストがかかります。だからといって潰れることはありませんが…。日本の一般の病院で、我々のところ程、医師のリソースが集まっているところはないのですから、どうしても入りきれないとか、移植手術のように明らかに我々では扱えないというようなとき以外は、すべて引き受けています。
病院経営で、「たくさん利益を出せ」と言われればやりようもありますが、そういうことではなく基本的に社会のインフラ作りと考えています。配当ができるわけでもありませんが、よりクオリティーが高い、より患者さんに満足してもらえる医療を行うことが、医療従事者のモチベーションを高めます。人に喜ばれる喜びは誰にとっても一番の喜びです。我々はそこをモチベーションにしています。
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片岡: |
貴重なお話を有難うございました。
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〜完〜
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