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1968年
神奈川県生まれ。青山学院大学 国際政治経済学部卒、筑波大学大学院
社会科学研究科 経済学修士、パデュー大学
クラナート経営大学院 経済学博士。公正取引委員会企業結合課企業結合捜査官主査(エコノミスト・競争政策研究センター研究員兼任)を経てNERAに参画。
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片岡: |
今月の右脳インタビューはNERA エコノミックコンサルティング(注1)東京事務所代表の石垣
浩晶さんです。それではNERAのビジネスについてお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
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石垣: |
NERAの主なビジネスは個別の紛争や訴訟、または、規制対応のための経済分析をクライアントのために提供するもので、いわば生ものを扱っています。経済学、ファイナンス、社会調査、会計、財務等、広い意味での経済学の知見を活かして、簡単な分析から複雑な分析まで、個別事案毎にテイラーメードの分析や解決策を提案するのが仕事です。アカデミックな分野で行われている手法を、個別事案の事情にあわせて選択し、適宜調整・修正した上で実施していく必要があります。問題を取り巻く経済環境、関わる会社の事情を理解することは当然ですが、法規制や過去の判例なども理解した上で実践的な対応をすることが求められます。なお、紛争・訴訟・規制対応だけでなく、政策分析や市場調査、価値評価などもNERAの知見が活かせる分野なので数多く取り扱っています。
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片岡: |
クライアントの意向については如何でしょうか。
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石垣: |
訴訟を例に取れば、原告には原告の主張が、被告には被告の主張があり、同じことを扱っていても、通常、真っ向から違う見解を持ちます。我々は、原告側か被告側からの依頼を受けて仕事をするわけですが、科学的方法論からみて、相手方からの批判に耐えうる証拠を提出するにはどうしたらいいかを追求することになります。クライアントから、こういって欲しいと頼まれることも珍しくないわけですが、事実と反したり、科学的方法論に照らすと支持できないような場合には、クライアントの主張の問題点や、主張した場合のリスクについて丁寧に説明するようにしています。クライアントの聞きたいことを単純に受け容れて、都合の良い分析結果だけをだしているのであれば、この仕事への社会的信頼や意味が失なわれてしまいます。NERAはクライアントのための仕事をしますが、それは「白を黒にする」ということとは全く違います。
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片岡: |
あるポジションで証拠を構築して意見を述べ、その後、反対のポジションに近い案件を受けると…。科学的という言葉に公平なイメージがあるだけに、信頼性に疑念を感じせてしまう可能性もあるのではないでしょうか。
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石垣: |
それは一定程度あるでしょう。弁護士は、被告側につく弁護士、原告側につく弁護士がある程度色分けされています。これは弁護士も同じような問題を抱えているからだと思います。我々も被告側につくことが多い傾向にあります。
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片岡: |
調査・研究では不利な結果が出ることもあり得ます。例えば米国からのディスカバリなどで開示請求の対象とされる可能性はありますか。また弁護士・依頼者間秘匿特権のようなものは整備されているのでしょうか。
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石垣: |
ワークプロダクト法理等(注2)はありますが、そういったルールはありません。米国の訴訟でディスカバリが適用されることになれば、基本的にはじめからすべて関連する情報を提出することが前提にされるでしょうから、データを虚偽申告したり、いい加減なものを出すと、裁判では圧倒的に不利になってしまいます。日本の裁判では、ディスカバリのルールは無いわけですが、分析結果の再現性や分析において用いたデータについて、相手側からの説明要求や開示要求が行われることはありえますので、NERAでは、そういった要求にも耐えられるように分析を行うようにしています。この意味では、一定程度、ディスカバリへの対応ができているとも言えます。また、例えば、ある問題についてA,B,C,Dのやり方があり、A,C,Dは良いがBは悪い結果が出たとします。このとき、NERAではBではなぜ違う結果が出たのかということについても検証することが可能です。例えば、Bは手法の適用方法は適切であったとしても、データに問題があったことが明らかになるかもしれません。不利な結果が出ても、分析そのものの信頼性が低いものであれば、開示請求があっても別に何も困りません。
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片岡: |
つまり、そういう結果は事前に科学的に潰せている…。
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石垣: |
データについて言えば、例えば、価格には色々なデータがあります。官庁の統計データ、マーケティングリサーチ会社の聞き取りによるデータ、会社の実売価格。マーケティングリサーチ会社が複数あればそれぞれ調査価格も違ってきます。NERAでは、どのデータをどのように使えばいいのか、一つ一つ検証していきます。
日本の弁護士は伝統的にこうした経済分析をあまり活用してきませんでした。例えば、知財の分野では、特許法
102条に簡便的に損害額を確定できるルールがあります(注3)。この分野では損害賠償の問題が頻繁に起こりますが、それを正確に算定するのは必ずしも容易なことではないので、簡便なルールがあることに意義があることは認めますが、反面、そうしたことをきちんと分析するニーズを顕在化させなかったという問題が生まれてしまいました。知財の価値専門家といっても、金銭面での価値という観点から専門的に取り組んで評価できる人材は日本ではかなり限られているのではないでしょうか。
一般的に、損害賠償として逸失利益を算定しようとすると、つまり違法行為がなかった時のことを考えて現実との差額を取る分析をしようとすると、現実に起こらなかったことをできる限り合理的な方法で推定していく作業が必要になります。法律家は、損害を与えるだけの行為に関する立証に関心がある反面、損害額について分析することには慣れておらず、興味が薄いことも珍しくないようです。しかしクライアントは、損害額にはとても関心があるのが普通ですから、法律家との間に少しギャップが生じてしまうこともあるかもしれません。エコノミストに任せて分析させるのが適当な問題です。
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片岡: |
NERAは、先日、日経(注4)にもでていましたが、「サムソンがiPhone等のデザインをまねて損害を与えた」とした米国での特許侵害訴訟でアップルに協力していたそうですね。
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石垣: |
この時、米NERAのエコノミストはアップルとサムソンの商品について、「パッと見て、これは、アップルだと思いますか、サムソンだと思いますか?」といったアンケート調査を行いました。その結果、大多数の人がサムソン製品をアップル製品だと誤認、「サムソン製品は社会調査のあるべきステップをちゃんと踏んだ科学的証拠によると、アップルの製品を真似したと判断できる」とレポートを作成し、また専門家証言を行いました。アンケート調査では聞き方、やり方によってAをBと答えたり、Cと答えたり…リードされることがあります。またサンプリング対象として、本当は全国でとるべきのに地域や男女の比率が偏っていたりすると結果にバイアスが出ます。サムソン側も同じようなアンケート調査を実施して「サムソンをアップルと誤認する証拠はない」という調査結果を出してきたかも知れませんが、この時は我々が勝ちました。
「似てるか似てないか」を説明するためには例えば「形が似てる」「ここが曲がっている」「サイズが同じくらい」…と物理的に計測できる特徴としての「似てる似てない」といった議論も当然必要ですが、でも陪審員は結局普通の人がどう思うかに関心が強いわけですから、普通の人へのアンケートの方が陪審員の納得感は高いはずです。
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片岡: |
戦略はどのように決めるのでしょうか?
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石垣: |
ビックピクチャーのストラテジーは弁護士が主導し、我々は計量的な証拠や物事の考え方等を提供することが多いわけですが、チームを組む弁護士や会社によっても異なります。いずれにせよ、アドバイザーや参謀的な位置づけにあるとも言えるかもしれません。
さて、米国ではミクロ経済学や我々のようなビジネスについて知見を持つ弁護士が多く、経済分析や数量分析も多用されています。経済分析が提出されていないという理由で裁判で負けてしまう例もあるほどです。日本では、米国の状況にはまだ遠いわけですが、訴訟の分野における経済分析がもっと必要であると感じている法律専門家は少なくありません。また、当事者である企業が経済分析に強い関心を示されることも珍しくありません。弁護士よりもエコノミストに対応させた方が適切な問題があるということを良く理解されているからです。
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片岡: |
訴訟における経済分析は、専門家以外の人には理解が難しい部分も多く、裁判官にとっても同様でしょう。
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石垣: |
そこは本当に悩ましいところです。ですから我々は、使ったデータについては開示できることを明らかにする、分析のステップをきちんと説明する、根拠は典型的な教科書にこう書いてある等と読み手の立場になってレポートを作ることを大切にしています。こうしたことに留意しないとクライアントのためにも、裁判のためにもなりません。
もともと裁判官は、経済分析に限らず、それまで何の知見のなかった学問分野、産業分野、地域の事情などの情報を咀嚼して判断しなければならない立場です。経済分析だけが特に難しいというものものでもなく、裁判官が十分に理解できていないことの結果としてクライアントに不利な判決がでたとすれば、多分に、エコノミスト側の説明の仕方が悪かったという問題に過ぎないと思われます。
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片岡: |
冒頭でおっしゃっていましたが、政策についての分析も行っていますね。
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石垣: |
企業や業界団体、政府、国際機関等から依頼を戴きます。政策の変更に関わる調査・分析を行うものになるので、国内外の制度や規制の動向、規制のバックグラウンドとなるアカデミックな分野における経済理論や実証分析の内容、実際のデータを用いた計量経済学・統計分析やシミュレーション分析、アンケート調査の実施など、依頼によって様々な仕事をしています。
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片岡: |
そうしたレポートを手に、例えば業界団体は政府に対して意見を述べていくわけですね。では逆に政府からの依頼にはどういうものがあるのでしょうか。
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石垣: |
日本の場合には、通常、調査研究については公募への入札を通じて仕事を受けることになるので、NERAの知見が生きる分野に限って仕事をさせてもらっています。これまでは、競争政策、税務、知財などの分野の政策や経済分析の手法などについて調査レポートを作成したことがあります。
NERAは、経済学の専門性だけでなく、市場競争や法制度についての知識を持ったエコノミストが、実践的かつ頑健性のある分析を提供できるという特徴があるという意味ではユニークな存在で、特に独禁法関連の仕事をしているのは日本ではNERAだけです。東京事務所で扱う案件の大半は、国内における訴訟・紛争・規制対応の事案になりますが、海外の訴訟への対応や海外の事業者からの依頼もありますので、海外とのネットワークはとても重要です。
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片岡: |
御グループは世界中にどれくらいのエコノミストを抱えているのでしょうか。
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石垣: |
NERA全体で450人程のメンバーがおります。民事訴訟は米国が本場ですので、NERAのエコノミストの多くは米国で仕事をしています。ヨーロッパもだんだんと米国化してきており、規制対応や政策評価といった仕事だけでなく、証券訴訟やカルテルに関わる民事訴訟等の仕事が増えてきています。
日本では、民事訴訟に関して集団訴訟ができるようにしようとしていますが、濫訴が起こると大変だと言う声もあるようですので、米国のように集団訴訟がどんどん起こるとは考えづらいですね。しかし、株主への説明責任の必要性の高まり等もあり、企業の不正・不法行為等に対して、企業が何も対応せずにいること自体に訴訟のリスクが生じてしまうので、交渉で解決が付かない問題については、放っておかずに訴訟の場で解決しようとする傾向が強まっていることは間違いありません。
その中で、これまで「面倒くさいから簡単に済まそう」としてきたことのツケを払わなければならない場面がでてくるのではないかと予想しています。例えば、公共事業の入札談合や、近年数多くのニュースで取りあげられている自動車部品のカルテルのケースなどの経済犯罪についての罰は、機械的に算定できる課徴金という形で処理されてきましたが、被害者が加害者に対して損害賠償を積極的に求めることが多くなっているようです。しかし、このような問題は、これまで課徴金の形で解決されてきたこともあり、損害額の分析について正しい方法で行うことについて、法律上の先例もあまり蓄積されていませんし、専門家もかなり限られています。
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片岡: |
公取委については如何でしょうか。
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石垣: |
カルテルや談合については、疑わしい意思疎通が行われているかどうかを認定することに関心があるので、損害額の認定について真剣に考える必要性がありません。行政としては、この方がカルテルや談合の摘発をするためには効率的といえるでしょう。尤も公取委に限らず一般論としては、当局が立証を容易にしようとすると、立証のためにルールを簡便化したり、相手から反論されづらいようにするのは当局の立場を有利にするわけですが、証拠分析技術の深化という観点からすると、正面から解決するべき問題を何時までも先送りしてしまうということにもなりかねません。
さて、最近の公取委の摘発について見ると、下請法や優越的地位濫用に積極的に取り組んでいるようです。この流れは、昨年退官するまでに、カルテル規制にリニエンシー制度(課徴金減免制度)(注5)を導入したり、優越的地位濫用に課徴金を導入するなど規制の強化を図り、公取委を「吠える番犬」へ変えた前委員長の竹島一彦氏の意向でもあります。現委員長である杉本和行氏も同じ路線を踏襲するようです。下請法や優越的地位濫用の背景には、「中小企業が大企業のいいなりにさせられる問題があるが、日本は契約社会として成熟していないため行政の方で中小企業の経済活動を保護する必要がある」という見方があります。他方、米国では、こうした問題は企業間で解決するべき問題とされていており、行政というよりも裁判で判断が行われるべきだという見方がされています。
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片岡: |
確かに現行のままでは、無数の中小企業相手のきめ細かい行政による対応には限界があり、逆に大きい会社は、政府から摘発を受けると、一罰百戒とばかりにマスコミから叩かれ…。
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石垣: |
日本では「当局から何か問題があるといわれる」こと、そのことが(まだ認定されていなくても)、会社の評判を傷つけると、とても敏感になっています。優越的地位濫用に関しては、当局からの指摘を受けるということに過剰反応して、経済活動が萎縮してしまう可能性も指摘されています。最近の優越的地位濫用事件における摘発では、すべからく企業側から審判請求がだされ、当局との間での紛争になっていますので、その方向性によっては、優越的地位濫用の規制の在り方にも変化が生じる可能性があろうかと思っています。
私見では、日本においては、行政による判断で解決しようとしすぎており、裁判をもちいて議論するという一種の競争プロセスが十分に活用されておらず、また、容易に判断ができるようにと判断基準の簡便ルールに頼りすぎて、経済学的な分析の導入やその進歩が停滞してしまった問題があると見ています。
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片岡: |
貴重なお話を有難うございました。
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〜完〜
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