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1964年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部卒業。富士通に入社後、社内ベンチャー公募制度を用い、株式会社アルファ・オメガソフト(現AOSテクノロジーズ)を設立。代表取締役就任。
主な著書
『デジタルデータは消えない』 佐々木 隆仁 著 幻冬舎ルネッサンス 2011年
『デジタル訴訟の最先端から学ぶコンピュータ・フォレンジック完全辞典』
Michael G. Solomon, K Rudolph, Ed Tittel, Neil
Broom, Diane Barrett 著,
佐々木隆仁, 柳本英之 監修, AOS法務IT推進会 翻訳 幻冬舎ルネッサンス 2012年
『企業の2014年問題 拡大するXPのリスクとWindows7/8への低コスト移行術』
佐々木 隆仁 著 幻冬舎ルネッサンス 2013年
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片岡: |
今月の右脳インタビューは佐々木
隆仁さんです。AOSグループはデジタル機器上に残るデータを抽出・調査分析し、法的に証拠となるように確保するデジタル・フォレンジック等のサービスを行っているそうですが、デジタルデータの抽出では、パソコンや携帯等の消去されたデータなども復元して調査するそうですね。
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佐々木: |
弊社がパソコンのデータ復元ソフト「ファイナルデータ」を発売した2000年当時は、そうしたものは世界でも珍しく、国内にはマーケットもありませんでした。翌2001年には警察機関に対して犯罪捜査に使う警察機関専用のプロフェッショナル版のデータ復元ソフトを提供、それ以降、犯罪捜査において、数多くの事件の証拠調査に協力してきました。さて、パソコンのデータ復元は当初は1台100万円程もしていましたが、今では1万円以下で提供する会社もあります。またスマートフォンはandroid(スマートフォン向けの無償OS)の仕様が公開されていますので、誰でも復元できるようになってきています。結局ITの世界ですから、ツールが進化すればコストは劇的に下がり、技術はコモディティー化、益々こうした技術が司法の場で活用されるようになるでしょう。今の裁判には電子データは不可欠です。例えば大相撲八百長問題では携帯電話から復元されたメールが重要な役割を担いました。またライブドアの事件では、検察側は、サーバーに残るログを確保するため、隠滅を避けるべく方針決定後わずか数時間で家宅捜索を強行しました。それでもライブドア側は専用のソフトウェアを用い、5万通にも上るメールを消去していました。しかし、幹部間でパソコンや携帯電話でやり取りしたはずのメールが消去されていたり、データが不自然に書き換えられたりした痕跡が見つかり、特捜部はこれを悪質な証拠隠滅とみなしたそうです。
また証拠という点からいえば、昔と比べて監視カメラも飛躍的に増えています。例えば東京のタクシーの防犯カメラの積載率は9割を超えていて、これよって、どれだけの証拠が獲られるか…。日本はあらゆるところに監視カメラがあって、蓄積できるデータ量は飛躍的に伸び、画質はハイビジョンを使っているところもあるほどです。またGoogle
Glassをつけて歩いていると、周りの人の顔を認識、プロフィールや名前、FacebookやTwitterの情報などがどんどん見えてきます。
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片岡: |
つまり、それらが無数の監視カメラとして情報をサイバー上に蓄積していく…。
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佐々木: |
負の側面もありますから、法律等である程度制限もかかってくるでしょう。しかし、嫌だなと思っても、こういう流れは止められません。ところで、スノーデン問題で、NSAが米国内で30億件/月、全世界で970億件/月のインターネットと電話回線の傍受が行っていたと報じられました。この時は、実際に電話回線から取得した内容は、氏名、住所、通話内容ではなく、電話番号、通話時刻、通話時間や位置情報などのメタデータだとされています。
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片岡: |
米MITの研究者のイヴス・アレキサンダー・デモントジョイによれば、基地局情報から割り出された匿名の通話者の位置記録と、一般公開されている幾つかのデータを組み合わせることで、たちまち殆どの人の匿名性は消失するそうです(注1)。
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佐々木: |
更にFacebookも政府の要請に従って一部のユーザー情報を提供しています。こうしたことは米国に限ったことではなく、中国もそうでしょう。更にハッキングもありますし、WikiLeaks等もあります。そして将来は誰もがwearable
computerを身に付け、或は体にチップを植え付け、何処にいるのか、何をやっているか、そして脈拍や心拍数まで、今はまだ考えられないような個人的な情報がクラウド上にアップされる時代に向かっています。そしてその情報が取得されていく…。
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片岡: |
企業はどう対応していくべきでしょうか。
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佐々木: |
あらゆる証拠がデジタルデータとして残るだけでなく、企業の情報はどんどん裸にされています。ハッキングもありますが、極端に言えば海外にいって仕事をしていると、ホテル等はすべて盗聴されている、情報がダダ漏れになっていると思った方がいいでしょう。そしてそれがライバルに流れている…。そういう現実が明らかになっています。
王道ですが、そういう前提でモラルをキチンとすることが大切です。不正や不法行為は当然明らかにされるということを理解し、そういう問題を起こさないように意識していくことが必要です。いわれてみるとそうだと思うのですが、実際にはそこまで考えていないか、見て見ぬふりをするか…。デジタルの時代になって、物凄く大量の情報が簡単に取得でき、どれ程の情報を盗られるか、証拠が残るのか、そしてリーガルテクノロジーを駆使すれば、その膨大な情報を効率的に調べることができるか、理解するべきです。競争だから相手と戦って勝たないといけない。だから時には際どいこともやるでしょう。元々日本は良くも悪くも談合社会です。それが今は、すべてが明らかになることを前提にしなくてはならない。カルテル等の企業犯罪に対しては厳罰化に向かう中で、昔と同じ感覚でいたら、会社はボロボロになって、関係した社員は刑務所に入ることになるでしょう。法に基づいて正しくやるしかありません。
ところで、今の日本の刑事裁判では検察が起訴したら、ほぼすべてが有罪になっています。日本の司法は本当に世界的にも突出した精度で機能しているのでしょうか。やはりどこか歪んでいるとしか言いようがないのではないでしょうか。例えば今の刑事弁護の世界では、日本の弁護士は警察が出してきた紙の証拠資料ばかりに頼ることが殆どで、この分野に暗く、検察のワンサイドゲームになってしまうことが多い…これも司法の歪みも生み出す一因です。今までの裁判では「言った」「言わない」の証言を重視してきた面がありますが、こうした曖昧なものばかりでは効率が悪く、「この人の行動記録があります。政府機関はそれを取得できます」となると、その証拠を取り入れて判断をする方が合理的ではないでしょうか。これを止めることは、長い目で見ると、出来ないと思います。
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片岡: |
政府が詳細な個人情報を持ちうることで、国と民、企業とのバランスが変化し、また御社のような会社は私企業の枠を超える情報を持つことになりますね。
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佐々木: |
政府に対しても色々な制約ができてくるでしょうし、WikiLeaksのように必ずしも政府だけが情報を持つわけではありません。未来はどうなるかわかりませんが、いずれにしても考えられないくらいにデジタルデータというものが取得されていく時代へ進化することは止められません。我々のような企業にとって、これは凄く気を付けないといけないことなのですが、「何のための技術か」ということを忘れてはいけません。誰も管理社会、監視社会、プライバシーのない社会を望んでいません。技術に溺れてしまうと大変なことになります。Googleの社是に「邪悪になるな」というものがあります。Googleには世界中のありとあらゆる情報が入ってきます。誰がどこにいるのか、誰が何を検索しているのか、どういうことに興味を持っているのか…。圧倒的な情報を持っています。Googleは、なぜandroidや自動走行の自動車等の新しい事業をドンドン始めるのか、他の人より、間違いなく速く思い切った決断をしている。すべてが見えるからです。そこで大切なのが「邪悪になるな」です。これが弊社の場合は「いい技術は世の中をしあわせにする」です。人が幸せになるためにはどうすればいいのかを常に考えていないと、とんでもないことになります。それが、このビジネスを始めるとき、最初に考えたことです。技術は目的をちゃんとわかって使わないと人を傷つけることもあります。技術の進歩は止められませんから、何のための技術なのかを考え、日々の仕事と、行動基準を照らし合わせていくことが必要だと常々思っています。
ところで、実際にこの仕事をしていると、被告と原告の両方からそれぞれ調査して欲しいと言われることがあります。我々は基本的にお断りしていますが、会社によってはそれを受けるところもあります。米国等でもそうです。そして、取得したデータを他に流してしまうようなところまであります…。ポリシーを持ってやっていくしかありません。
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片岡: |
従業員による情報漏洩の防止等の対策はどうなさっているのでしょうか。例えば身辺調査のようなものも行うのでしょうか。
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佐々木: |
そこまでは行っていませんが、色々な方向から信頼できる人を採用するようにしています。勿論、わが社の中はカメラだらけ、全部録画していますし、パソコンのログもしっかりと管理しています。尤も、こういう観点で日本全体を見れば、やはりサイバーセキュリティーはボロボロ、どうしようもないくらいに弱い。この国くらいセキュリティー意識がない国はなく、まともなのは一握りです。
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片岡: |
次にeディスカバリー(民事訴訟等で、相手の内部情報も含めた訴訟に関連した証拠の全面的な開示要求できる「ディスカバリー制度」のうち、特に電子データの開示に関するもの)についてお伺いしたいと思います。
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佐々木: |
先程、ライブドアの例を述べましたが、米国であれば、訴訟に至る可能性があると分かった時点以降に、関係するであろうデータを消去や改ざんすると厳罰が科され、裁判においても著しく不利になります。2007年、クアルコムがブロードコムを特許侵害で訴えた訴訟で、eディスカバリーに基づいてクアルコムから提出されたレポートで重要な情報の開示が漏れていたことが判明しました。それまでクアルコム有利といわれていましたが、一転、カリフォルニア地裁はクアルコムに証拠隠蔽行為があったとして、特許権の行使を無効とし、ブロードコムの訴訟費用850万ドルの負担をクアルコムに命じました。これは「eディスカバリーの惨事」といわれ、その後の裁判に大きな影響を与えました。
さて、eディスカバリーでは、紙にするとトラック何台分にもなるような膨大なデータ、電子的記録から必要な情報を収集・分析し、その法的な証拠性を明らかにするような作業が必要となります。リーガルテクノロジーの技術がなければどうしようもありません。Financial
Timesは「司法制度で、ディスカバリーほど、恐ろしい言葉はない。たとえ潔白でも、原告/被告として正当な主張をしていても、書類その他の証拠を作成する義務があり、その作成過程は大変な苦痛と時間を伴うものだ。そして今、社会のコンピュータ化という奇跡によって、ディスカバリーの痛みと費用はさらに悪化した」といっています(注2)。企業は日頃から電子証拠開示への対応を想定しておくことが求められます。こうしたeディスカバリーの事例に日本企業が巻き込まれていく中で、日本の弁護士の中でも電子データに対する認知度も高まり、電子データの請求を裁判所に申請する弁護士も一部にでてきます。尤もまだ多くの弁護士は、データを受け取っても、どう使っていいのか…。貰ったデータを調べる能力がないと、その先に行けない、だから貰う意味もない、というのが現状です。時代が物凄く変化していますので、弁護士もそういう実力・武力をつけて行かないといけません。
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片岡: |
米国でのeディスカバリー関連市場の規模はどのくらいあるのでしょうか。
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佐々木: |
色々な統計があるので一概には言えないのですが、マーケットは、弁護士費用等も入れると1兆円ともいわれ、その中の15%くらいに日本企業がかかわっていると言われています。つまり1500億円を日本企業が払っています。最近は韓国と中国も増えてきています。またカルテルの様なものの場合は、結局、取りやすいところからとる…。日本の企業のマーケットシェアが高いものがあると、そこを狙って来ます。勿論、不正を実際にしているのですが、例えば、不正の場を作る、つまりおとり捜査が行われ、それにのってきた企業を捕まえる場合もあります。それで「談合していた」と莫大な罰金が科されます。証拠はあるし、相手は政府ですから…。更に、その後には集団訴訟が待っています。またeディスカバリーを、はじめからターゲット企業の情報を取得する目的で活用してくるものもいて、提出した情報がライバルに渡るということが現実に起きています。日本企業はこうしたことにあまりにも無防備です。日本にはeディスカバリー制度がない。訴訟が嫌だと言っていても、未来はありません。
そんな中、日立金属が、同社の希土類焼結磁石に関する米国特許が侵害されたとして、製造業者及び米国への輸入業者など29社を、米国際貿易委員会(ITC)に提訴しました(注3)。一度に29社も訴えるということは大変です。すべての会社をディスカバリーし、それぞれの会社とカードゲームのように互いに出せ出せとやりあうわけですから、本当に大変な作業です。日立金属が勝つと日本人に大いに勇気を与えるでしょう。
ところで今、知財訴訟などに、成果報酬でリーガルサービスを提供することも考えています。例えば裁判で勝って賠償金を受け取ったら、そのX%を…というような形です。こうすればハードルを下げることができます。まだ決めたわけではないのですが…。尤も日本の弁護士はあまり成功報酬を用いません。今まではどちらかというと和解が多く、「切った、張った」は意外と少ない。勝つためには勝つためのやり方が必要になります。それにとれるとしても、日本での知財訴訟は米国に比べると賠償金が1ケタ小さく、発明者側の勝利も少ない。ですから今は日本の弁護士にとってビジネススケールはまだ大きくありません。しかし、時代の流れはこうした方向に向いています。
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片岡: |
貴重なお話を有難うございました。
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〜完〜
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