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第104回  『 右脳インタビュー 』  (2014/7/1)


縄田 和満 さん

東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 教授
 

  

1957年、千葉県生まれ。1979年、東京大学工学部資源開発工学科卒業。1986年、スタンフォード大学経営学部博士課程修了。1986年、シカゴ大学経営学部助教授。現在、東京大学大学院工学系研究科・工学部システム創成学科教授。Ph.D.(Economics)

主な著書
「理工系のための経済学・ファイナンス理論」 東洋経済新報社 2003年
 

 
片岡:

 今月の右脳インタビューは縄田和満さんです。本日は下請けを中心とする福島原発の労働問題についてお伺いしたいと思います。
 

縄田

 福島原発は嘗ての日本原電等と違って、成り立ちから米国メーカーにおんぶに抱っこできました。その一方、原子力損害賠償に関する法律(注1)があって、原子炉の運転等に係って原子炉で起こった事故は基本的にすべて事業者、つまり電力会社が責任を負うことになっています。導入するときに強いプレッシャーがあったようで…。だから今回の事故でも、米国メーカーや日本の原子力関連企業などの世界を代表するような大企業は責任を問われていません。その点でいえば、下請けにも責任がありません。そうしたこともあって、東電は法律で決められたところ以外は殆ど下請け会社(協力会社)に丸投げ、その下請けも丸投げ…。東電にとって、これほど楽なことはありません。計画書を示せば、元請からその下請けまで、すべてやってくれる。組合から見ても現場の作業員とホワイトカラーは分離した方がやり易いし、本社の賃金体系では高すぎます。更に作業員に問題が起きても、下請け会社の問題で済ませられます。また原発では13カ月ごとに数カ月間の定期検査が数千人の体制で行われ、検査が終われば大量の人員が不要となります。この幅が大きく大変なのですが、東電の場合は原発が17基もあったのですから、ローテンションを組み、もし法律で定められた被ばく量の限界値に近づけば、火力発電所など他の職場に回せばいい。本来、大きい会社ほど、自前主義になってもよさそうなものですが、そうはなっていません。また米国のように、一つの会社で抱え、その代わり職種ごとに分かれた階層にしたり、韓国のようにメンテナンスの子会社を作るというような方式もあります。
 

片岡:

 日本は下請けであるだけでなく、それが何層にもなっていますね。その理由はどこにあるのでしょうか。
 

縄田

 ある原子力発電所では、暴力団のフロント企業が下請けに入って摘発されました。そういうものや利権、地元対策が絡むとどうしても重層になってしまうようです。東電が調べて3次の下請けまでだったといっていても、実際は4次の人が上の会社として登録していたというような偽装下請けの例も多く見られます。平時は、それでも皆、大きな不満は持たずにやっていましたし、何とかまわっていました。しかし、非常時になると、まったく機能しません。東電には指揮命令権がなく、下請け会社の社員に対して命令できず、マニュアル通りの事しかやれない。下請け会社の社員には契約内容にないことをやる義務はないし、業務以外の事を頼まれてやれば、そもそも労基法違反です。もし、そこに行って被爆したらどうするか、責任は誰がとるかも曖昧です。更に現場の情報は、まず下請け会社の中で上にあげて、発注元に戻さないといけない。ポイントが増えるほど、情報の伝達、指揮命令、作業の速やかな実行に問題が生じ、有事には対応できなくなってきます。チェルノブイリでは軍隊が投入され、逃げれば厳罰という命令が出ていたそうです。それがいいのかどうかは別として、原発事故とはそういう面もあります。
 

片岡:

 現在の福島は?
 

縄田

 今も非常事態が続いています。月当たりの被ばく平均線量を見ると、一見、落ちついたように見えるのですが、原子炉が安定したといわれている6か月以降だけをみると、被ばく線量は殆ど変化しておらず、月当たりの平均被ばく線量は1.0-1.5mSvくらい、同じく月当たりの最大被ばく線量10-20mSvくらいと高い数字が続いています。事故前は、年間5mSv以上被爆した人の割合は東電の社員では1%未満、下請けの社員でも7%程度で、20mSvといった被ばく例はごくわずかでした。因みに電離放射線防止規則では被ばく量は5年間で100mSv以下、1年間でも50mSv以下にしなければならず、且つ事業者はできるだけ被ばくを少なくするように努めなければならないとされています。今後、被ばくが劇的に減るとは考えにくく、この状況がずっと続く、更に崩壊した1号機、2号機、3号機の処理もはじまっていきますので、被ばくのリスクは高くなるでしょう。そうなると辞めていく人も、被ばく線量が一杯になって原発では働けなくなる人も増えてくるでしょう。結果として専門家やベテラン作業員が後継者を育てる前に抜けてしまう。例えば配管職、彼らは特定の作業場で作業をしなければならないので益々放射能を浴びてしまう。これまでは工具の名前も分からないような人が入ってきても親方が何とか纏めていました。その親方がいなくなってしまう…。だんだん作業の質が落ちていかざるを得ない。的確に指示をしないとヒューマンエラーが増え、それは余分な作業を増やし、益々被ばく線量が増えます。
 また福島では作業の最適化、効率化も進んでいません。指揮系統も情報も分断されているのですから…。仮に一つの下請け会社の中で最適化してもそれを他社に伝える理由はない。日本の得意とする改善が起り難く、ノウハウも蓄積されません。ですから、例えば、水を移してまたそれを別のタンクに移すようなことが意味もなく行われ、またロボットを導入しても、その回収のために作業員が被ばくしている。原子炉建屋内で動くロボットを作っても、それを免震重要棟まで持ってくるところが自動化されていないからです。鉱山等では巨大なトラックを自動で動かしています。そうした既存の技術を応用すればいいだけの話なのですが…。こうしたことが起きています。
 本来は合理化して作業を効率的に行い、特に作業員の被ばく線量をできるだけ下げなくてはなりません。そのためにはコストがかかっても事前に訓練したり、被ばく量を精緻に管理することも必要でしょう。状況は日々刻々と変わりますので線量計にGPSと通信システムをつけてリアルタイムに管理することも今の技術で十分に出来るはずです。そうすれば、実は4000人の作業員自体がセンサーにもなります。危険なところが正確に分かれば、指示して、そこを避ければ良い…。また動きが把握できますのでテロ対策にも良い。尤も状況を把握し、その場で命令をすれば労基法違反になってしまうこともあるのかもしれませんが…。だから、ある程度、そういうことを柔軟に許す法律が必要です。
 

片岡:

 例えばどういったものでしょうか?
 

縄田

 少なくとも発注元の誰かが全員に命令できる体制にしないといけない。尤も、今の東電では、いきなり管理しろと言われてもその能力がありません。だから困っています。長期的には、東電に労務管理をやる人が足りなければ、各メーカーから募集して、そうした専門家を置くということもあるでしょう。しかし今、下請け禁止、或はそこまでいかなくても3次下請けまでしか認めないというようなことをやってしまうと、作業がストップしてしまいます。だから例えば派遣を認め、下請け会社を派遣会社にしていくことも必要でしょう。あまり良い案だとは思わないけど、今よりはまだ良いはずです。
 

片岡:

 確かに派遣に切り替えることができれば、問題を複雑にしている利権等の現実的なハードルをいったん回避したまま、この危機に対処できますね。
 

縄田

 今は戦時が続いているようなものですから、一般の労働体系とは切り離し、原発事故のみに適応する特別法を作るしかないでしょう。しかし原発は色々な官庁が関わっている。労働者の問題は厚労省、原子力の問題等は原子力規制委員会、文科省、監督官庁は経産省、警備は警察庁、ゼネコンは国土交通省。日本のシステムは複数官庁に跨ると総理が決断しない限り動きません。また総理直結で話をできるような人間をトップにおいて、必要に応じて各官庁から出向させて…そういう組織が必要です3年たっても東電が変わっていないのだから、東電だけではだめだということはわかっているはずです。
 このままでは、ある日突然、作業ができなくなるかもしれない。人が集まらなくなってくると、作業員は更に過大な作業を強いられ、離職したり、働こうにも被ばく線量がすぐ一杯になってしまいます。悪循環が始まります。これが結構な確率で起り得る状況にあります。特に今は復興需要がありますし、アベノミクスやオリンピックの影響で他の仕事もある。下請け会社は原発だけやっているわけではなく、土木関係は需要がありますから、どんどん原発関連の仕事から撤退しています。これまではモラルに支えられて何とかなってきました。「この危機をどうにかしなくてはいけない」「原子力産業にずっとお世話になってきたので…」等と。しかし、それは限界に達しています。今なお非常事態で、それがこの先、何十年もさらに続きます。
 

片岡:

 そうしたことを事故の前からご提言されていましたね。
 

縄田

 2007年から労働経済、労務管理問題の延長として原発を調べはじめました。電力業界というのは非常に特異な業界で、例えば、殆どの他の業界が経験している人員整理も経験していません。総括原価方式ですから…。そうなると普通のモデルは当てはまらない。巨大な業界なのに外部の人間による客観的な科学的データによる分析が殆どありませんでした。勿論、原発村が内輪で行ったものはありましたが。私は原発村の人間ではないし、原発に反対でも賛成でもない、ただ科学的にこういう事態になっていると、先ほど話したような問題点を指摘したのですが、他の業界とは比較にならない反発がありました。そうやって原発問題は完全に二つに分かれるのですね。絶対反対か絶対賛成、その間の人は厭になってしまう。しかも、私が2,3年に渡って、この問題を議論した相手が事故当時原子力安全問題の責任者となられていた先生でした。しかし「確かにそういうことがあるから、電力会社はしっかりしないといけないね」で終わってしまいました。キチンとしたルートがあっただけに、前に進めなかったことには悔いが残ります。
 さて、原発については、私以外にも「津波をかぶったらだめだ」「米国メーカーの設計は地震対応になっていない」といった指摘が3.11の前からなされていました。日本人はセキュリティーにお金を掛けず、被害が出るまでやらない。最悪の事態を考えず、最悪の事態を考えると弾かれてしまいます。
 

片岡:

 そして実際に3.11が起き、問題が現実のものとなりました。
 

縄田

 3.11直後の福島原発では消防車を持ってきて水で冷却するのが唯一の手段でした。しかし、東電の社員は消防車が運転できず、下請け会社に頼んだのですが、なかなかうんと言ってもらえず、一刻を争う中、注水作業に手間取りました。なかにはきっぱりと拒否した会社もあったそうです。下請け会社としては現状では致し方ないところで、また先ほど話したように、他にも色々な弊害が出ています。普通は自分の学説が証明されると嬉しいものですが、こればかりは…。
 

片岡:

 さて、フクシマではこれまでの常識では考えられないことも起こっていますね。
 

縄田

 例えばベータ線は比較的簡単に遮断できるとされてきました。しかし、1000トンのタンクに数万ベクレルを入れてみると、タンクの周りでも放射線量が高くなってしまうというような、実験室では起こらなかったことが起きている。色々なことを計算して対策を行っていますが、計算モデルというものは非常に単純化しているので予期しないことも起こります。そうしたことへの対応は殆ど考えられていない。何が起こるか分からない、だからこそ柔軟に対応できる体制でなければいけません。汚染水は1000トンのタンクを作っても3日も持ちません。更にあわてて作ったタンクは老朽化して壊れるし…。そうはいっても流すなんて言ったら国際問題となる。東電を潰せない一つの理由は、国が表に出ると、国が損害賠償の対象になる可能性があるということもあるからではないでしょうか…。
 今、原子炉本体もかなりダメージを受けているし、配管も傷んでいる。日本は、今後、大地震も、津波も、大型台風も来ないというような安定した地域ではない。その対応ができていません。更に崩壊した原子炉の核燃料も、どういう状況になっているか分からないし、絶対に再臨界に至らないという保証はありません。何らかの原因で内部の構造か崩れて一部が集まったりすると…。皆、もう、ないことにしたいのですね。口にしなければ起らないと信じているのでしょうか…。
 もしかしたら今のままでも何とかなるかもしれません。但し、うまくいかない時のコストは莫大です。どのような事態になるか予想もつきません。それでも、まさに3.11前と同じで、対策をとれば、どうにかなる可能性もあると思います。だから、どうしても聞いて欲しい人が一人いるとすれば安倍総理です。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

   
 〜完〜


インタビュー後記

 「先日、1リットル当り“2.3億”ベクレルの水が100トン漏れる事故が起こり、新聞の片隅で小さく報じられました。3.11の事故の前であれば1リットル当り“数千”ベクレルの水が100トン漏れたというだけで一面記事となっていたでしょう。今、フクシマでは、本当であれば一面記事になるくらいの出来事が毎日のように起こっています。皆慣れてしまっている。大きな問題であるということを忘れてしまうことが、一番の問題です」と。慣れや無関心は利権の強力な武器といいます。
 原発の下請け問題は、科学的手法で的確に予測され、多大なる犠牲のもとに実証され、今なお甚大な危機にも直結しています。危機を回避するためにも、そして慣れや無関心に押し潰させないためにも早急な議論と決断が必要です。
 

聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。



脚注  
   
注1

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO147.html

   
  (リンクは2014年7月1日現在)
   
   
 


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更新日:2016/03/29