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第109回  『 右脳インタビュー 』  (2014/12/1)


戸田 博史 さん  

前 駐ギリシャ共和国兼キプロス共和国特命全権大使
UBS証券株式会社 特別顧問

  

1951年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。ノムラ・バンク・スイス・リミテッド社長、野村證券債券部長、金融市場部長、野村ホールディングス取締役・執行役副社長、野村證券執行役副会長等を歴任。2010年、駐ギリシャ共和国兼キプロス共和国特命全権大使着任。現在、UBS証券株式会社 特別顧問。
 

 
片岡:

 今月の右脳インタビューは戸田博史さんです。早速ですが、キプロス危機についてお伺いしながらインタビューをはじめたいと思います。宜しくお願い申し上げます。
 

戸田

 キプロスは小国ながら200kmにもおよぶ国境線をトルコと接し、ギリシャ系住民とトルコ系住民の衝突が絶えません。1974年にはギリシャへの統合を望むギリシャ系武装勢力がギリシャの支援を受けてクーデターを起こします。この際、トルコ系住民の保護を理由にトルコ軍が北部に侵攻し、国土の 37%を占領、1983年、“北キプロス・トルコ共和国”の独立を宣言しました。これは唯一トルコだけが承認していて、現在でも紛争は続いており、中立地帯には国連キプロス平和維持隊も派兵されています。これも現実で、要するにトルコが本気になったらキプロスは飲み込まれてしまう。だからキプロスが自分たちの存在意義(レゾンデートル)を考えるときに、最大の問題となるのは、如何にトルコに飲み込まれないか、つまり安全保障です。
 そのためにも、キプロスは、西欧、西ヨーロッパとくっつくことが必要です。元々キプロスはイギリスの植民地で、イギリス空軍やNATOの基地が置かれています。更に必死になって、無茶苦茶してEU、ユーロに入った。あの国力で、EU、ユーロに入るのは、本当に大変で、自分自身も相当な無理をしただろうし、想像ですが、EU側にも「俺たちを入れないとトルコに乗っ取られる。欧米の中東政策を考えた時、最前線基地を失うことになる…」などと強引な交渉を水面下でしたことでしょう。
 そしてロシアです。ロシアはトルコと犬猿の仲、ずっと戦っています。敵の敵は味方。キプロスにとってはロシアを取り込むことがとても重要です。では如何にしてロシアを取り込むか。キプロスには、ロシア人が憧れる“果物”と“太陽”と、“青く泳げる海”がありますし、更にキプロスもロシアも東ローマ帝国以来の正教会(東方正教会、ギリシャ正教)を継承しています。この影響は大きい。実際、プーチンは正教の熱心な信者で、ギリシャ領内ですが、正教の聖山、アトス山を毎年訪問しています。そしてロシアを取り込む最大のチャンスとなったのがベルリンの壁の崩壊です。これを機にロシアから富裕層の観光客がドッと押し寄せ、更に莫大なお金も持ち込もうとします。その中には国家資産をタダ同然で手に入れて莫大な資産をえたオルガリヒと呼ばれる人たちもいました。私は1991年から93年までノムラ・バンク・スイス・リミテッドの社長でした。そこにもロシアやウクライナ人が鞄に現金をつめてやってきました。スイスはアカウントオープニングがまだ厳しいので彼らの多くは口座を作れなかったのですが、キプロスはそれを国是として受け入れます。元々イギリス植民地だったキプロスは、イギリス法とイギリスのアカウンティングシステムを最大の武器として、タックス・ヘイブンへと向かいます。勿論、彼らは絶対にタックス・ヘイブンだとは言いませんが…。
 

片岡:

 ロシアにしてみれば、キプロスを通じてシティーとも繋がる。だから飲み込み過ぎない方がいい…。勿論、米英との安全保障上のバランスもある。実にキプロスは戦略的ですね。
 

戸田

 キプロスの人口は約100万人。100人の優秀な人がいれば、絵を描けます。人口500万人のシンガポールも、事実上、国を動かしているインナーサークルは100人といわれています。さて、キプロスの変革を主導したのがアンドレアス・ネオクレウス弁護士です(注1)。ネオクレウスは南東及び中東ヨーロッパ最大の弁護士事務所の創業者で、ロシア人が非常に多いキプロス第2の都市リマソールに20階建てくらいのビルを建ててオフィスにしています。今のニコス・アナスタシアディス大統領も元々はネオクレウスの部下だった人で、キプロス危機の時は一刻一刻ネオクレウスにアドバイスを求めていました。私が赴任した当時、ネオクレウスは既に70歳を超えていたのですが、私は彼に惚れ込んで、外務省の内規を曲げさせ、在リマソール(キプロス)名誉総領事になって戴きました。
 さて、面白いことに、今でもロシアの最大資本輸出国はキプロスで、キプロスの最大資本輸出国はロシアです。つまり何が起きているかというとブーメランです。ロシアのお金を一回外に出してキプロスに持ち込み、イギリスのアカウンティングシステム、準拠法で守られるようにして、そのお金をもう一度ロシアに持って行って再投資する。キプロスは、いわば中継基地、カネの形、リーガルストラクチャーだけが変わる。つまり、普通のタックス・ヘイブンのようにお金を隠すのではなく、投資なども絡めながら寄って立つ根拠だけを変える。これはイギリス法のキプロスだからできる完璧なモデルでした。またこれくらい一つの国とバイでやっているのも極めて特殊です。
 さて、バブルって面白いと思うのは、キプロスはこうして法律業、会計業、観光業が凄く儲かり、お金がどんどん入ってきて、預金総額はGDP比376%、銀行資産はGDP比718%と、ユーロ加盟国の3倍にもなっていった。しかし、法律業や会計業はお金がかかりません。国内だけの運用では間に合わないこともあり、ギリシャ国債を買う、そうしてギリシャに連座し、崩壊しました。当時のキプロスの預金全体の6割は、最後の本当の保有者までいくとロシア人だったといわれています。ロシアは国として融資もしていましたし、個人・企業からは多額の資金がキプロスに入っていましたので、もしロシアが怒ったらキプロスは吹っ飛んでしまう…、ニコス・アナスタシアディス大統領は個人的にもプーチン大統領を非常に恐れていました。だからこそ、議会で否決されることが分かっていながら、全預金の一律カットをメルケル首相らに公然と約束したのでしょう。しかし、ある時点で、プーチン派のお金がないことが分かって、突然、高額預金だけを対象にカットした。この高額預金者は殆どロシア人です。今でも誰がこの情報を出したか、どこからとってきたかは、分かりません。
 

片岡:

 ロシアに合わせて設計されたタックス・ヘイブンに、プーチン派の資金だけが入っていなかったとは考え難く、水面下で、何らかの取引や処理がなされ、それをまったと考えるのが自然ではないでしょうか。
 

戸田

 そうしたことも、あるかもしれませんね。残念ながら本当の事はわからない…。あと10年ぐらいしたら、色々な話が出てくるかもしれませんね。エンロン事件も、リーマン・ショックも、フィナンシャルタイムズが素晴らしい大特集を組んでいました。フィナンシャルタイムズにはそうした力があります。しかし、キプロス問題では何故かその大特集がない。書けない、事実が分からないのでしょう。
 

片岡:

 タックス・ヘイブンは闇が深い…。次に、実際にギリシャやキプロス危機を大使としてご経験された目から見た日本についてお聞かせ下さい。
 

戸田

 ギリシャに行って思ったのは、日本はバブル崩壊後、良いか悪いかは別にして、補正予算をバンバンやり、結果、当初100兆円にも満たなかった国・地方の借金は現在1000兆円を超えるようになりました。いわば次世代に付け替えたわけですが、そのお蔭で、日本の銀行は今では全世界的に見ても強くなり、ヨーロッパの銀行も日本に資産を売りに来ています。もし20年前、日本の銀行が塗炭の苦しみをしている時に、財政を出動しなければ、どうなったか? 今のヨーロッパのようになってしまったのでは…。バラマキなど問題もありましたが、ある意味で、日本はやることはやった。
 

片岡:

 一方、そうした財政出動は、削るべきところを削らせ、その後の事も余程注意しない限り、結果的に“強者の過去・現在”から“民衆の将来”への付け替えを伴う。尤も、対策をとろうとしても、実際は難しいのですが…。
 

戸田

 それは間違いない。でもできない…。だからこそ、日本の銀行はちゃんと税金を払うべきですし、あの時財政出動しなかったら銀行がどうなったか、日本の金融システムがどうなったか、きちんと検証し、共有するべきです。
 ギリシャやキプロスの場合は、次世代に付け替える余裕もありませんでした。それで、まさに緊縮、カット…。そうして昨年、ギリシャは基礎的財政収支も経常収支も黒字化しました。しかし、そこで何が起きていたかというと、銀行貸出の多くがノンパフォーマンスになっているといわれています。結局、すべての矛盾が国から民間に移管した。ギリシャ経済はヨーロッパ全体の2%ですから、ヨーロッパ自体の経済が浮揚すれば、十分に吸収する能力があるのですが、今のような状況がずっと続くと銀行セクターの不良債権比率がじわじわ上がり、これがボディーブローのように効いてくる。そういう中で、ギリシャが耐え切れなくなると深刻です。またギリシャは来年3月の大統領選前に総選挙が予想されます。この際、急進左派が政権をとる可能性が高いそうです。彼らは、借金の棒引きを掲げており、これが、どういうシナリオになるのか。ギリシャ国内だけの問題であればいいのですが…。ヨーロッパ全体へのネガティブインパクトが広がる可能性もあります。
 さて、私が、ギリシャにいて一番感じたのは、国家に対する考え方、国家観の違いです。ギリシャ人やキプロス人の多くは「国家は嘘つきで、自分たちのための事はしてくれない」と、国家を信用せず、自分の財産は自分で守るという意識が非常に強い。ギリシャ・キプロス危機の後、「色々な法律ができて大変だろう」というと、「いくらでも抜け穴があるから大丈夫」といいます。特に金持ちは骨の髄まで染み込んでいる。一方、日本の為政者は非常にラッキーだったと思いますが、戦争に負けて、一度、ある意味でデフォルトしているのに、それでも日本人はどこかに盲目的に国家を信じているところがあります。日本人のように多少の不満を言っても、国家に対する根源的な疑念がない国民は他にいないのではないでしょうか…。だから、財務省の官僚にはメインシナリオでの危機感がなく、政治家にもこの素晴らしい環境を所与のものとして真剣さ生まれない…。日本のファンダメンタルな危うさを好機と見て、過去、世界の名だたる投機家が仕掛けてきましたが、皆敗退していきました。他の国であれば、国民は逃げていったのかもしれませんが、日本では、普通とは、逆のことが起こる、盛り上がって、日本人は団結して買うでしょう。本当は日本国民にとっては良くないのかもしれませんが…。
 

片岡:

 ところで、日本人は国を盲信しているとのことでしたが、嘗て、ノーパンしゃぶしゃぶ事件で官僚に対する信頼が失墜したこともあります。こうしたことが再度起こる、或はそう仕掛けることも出来るでしょう。金融に加え、情報戦、更に武力やテロが連動すれば…。中国人将校、Qiao LiangとWang Xiangsuiは著書「超限戦」の中で、新しい戦争の原理が「武力と非武力、軍事と非軍事、殺傷と非殺傷を含むすべての手段を用いて、自分の利益を敵に強制的に受け入れさせる」ものになったと指摘しています。金融のインパクトの大きさを考えると、こうしたことも想定しなければいけない時代になっているのではないでしょうか。
 

戸田

 ノーパンしゃぶしゃぶの時は大蔵省への信頼が確かに傷ついたかもしれませんが、まだ根幹は揺らいでいないと思います。中国では、失脚した周永康中央政治局常務委員は1兆6000億円にも上る膨大な蓄財をしていたと言われます。なぜあれほど、海外に膨大な資産を持てるのか…。日本の官僚はまだしっかりやっている。信頼に足る。今はまだ金融市場という意味では、国民が動揺さえしなければ、情緒的に日本人は頑張ろうとなるでしょう。しかし、戦略的・長期的にボディーブローのようにやってこられれば…。何れにしましても、日本で何かあった場合、資産2、3億円くらいの層が集中的にやられるのではないかと思います。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

   
 〜完〜 (敬称略)


インタビュー後記

 全世界のタックス・ヘイブンの預金総額は21-32兆ドルに達するとも言われ(注2)、また米財務省はタックス・ヘイブンのために米国は毎年1000億ドルの税収を失っていると報告しています。更に米英の金融センターもまたタックス・ヘイブンと同等とも言われます。世界各国は、同時多発テロやリーマン・ショックを経て、タックス・ヘイブンに関する議論を活発化させていますが、タックス・ヘイブンには個人、ファンド、企業(日本の著名企業も多い)は勿論、国家権力者、国家機関も深く組み込まれており、熾烈な駆け引きが表裏で続きます。「タックス・ヘイブン ― 逃げてゆく税金」(志賀櫻著)(注3)によると、日本国内でも申告納税者の所得税負担率(H22)は、所得が1億円までは28.3%まで上昇しますが、その後は下降し100億円では13.5%となり、更に租税回避、脱税の実態まで考慮すると、負担率の低下は実質的にもっと著しい…。本当の富裕層には、はるかに複雑で専門的な節税商品が売られていて…そうした個人富裕層や同族会社には専門のチームが付き、その指導の下、資産運用や節税対策が行われていたりする…と。キプロス、ギリシャ問題はこうしたベールに隠れた内外のパワーバランスの一端を垣間見させてくれます。
 

聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。


脚注  
   
注1

http://www.neocleous.com/

注2

http://www.taxjustice.net/2014/01/17/price-offshore-revisited/

注3

http://www.attorney-shiga.com/

   
  (リンクは2014年12月1日現在)
   
   
 


右脳インタビュー

 

 

 

 

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更新日:2016/03/29