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第121回  『 右脳インタビュー 』  (2015/12/1)


中村 修二 さん 

カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授。ノーベル物理学賞受賞。

  

1954年、愛媛県生まれ。徳島大学工学部電子工学科卒。日亜化学工業株式会社に入社。1993年、世界初の高輝度青色LEDの開発に成功。本田賞、朝日賞、仁科賞、ベンジャミン・フランクリン・メダルなど、国内外で数々の科学賞を受賞。2014年、ノーベル物理学賞受賞。2000年2月より、カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授。工学博士

主な著書
「考える力、やり抜く力 私の方法」 三笠書房 2001年
「真相・中村裁判」中村修二、升永英俊共著 日経BP社 2002年
「負けてたまるか! 青色発光ダイオード発明者の言い分」(朝日選書) 朝日新聞出版2014年
 

 
片岡:

 今月の右脳インタビューは中村修二さんです。中村さんは現在、マテリアル分野で世界最高峰といわれるカリフォルニア大学サンタバーバラ校 (The University of California, Santa Barbara:UCSB)で教鞭をとる一方、UCSBの他の教授たちとベンチャー企業Soraaを設立、紫色LEDチップを武器に急成長させています。さて、世界中で頭脳の争奪戦が繰り広げられていますが、なぜ多くの研究者が米国を目指すのでしょうか?
 

.中村

 やっぱり司法制度の違いが大きいと思います。研究環境や給与なども、よく言われますが、結局、それらも司法制度に起因しますし、ベンチャーが活躍できるのも同様です。例えば、米国では大企業が悪いことをして裁判で負けると懲罰的な罰金が科されますし、ディスカバリープロセス(情報開示)等も整っていますので、個人やベンチャーであってもしっかりと証拠を入手でき、法廷の場で戦うことができます。日本ではベンチャー企業が大企業と争うと潰されかねませんね。また、メディアについても同じことが言えます。例えば、私がノーベル物理学賞を受賞した時、日本の殆どのマスコミは「赤崎氏と天野氏が青色LEDを開発し、中村氏が量産化に成功した」と報道していました。しかし、ノーベル財団自身が公表した授賞理由は「明るく省エネルギーの白色光源を可能にした効率的な青色発光ダイオードの発明」であり、「量産化」ではありません。そもそもアルフレッド・ノーベルの遺言では、「ノーベル物理学賞は、物理において、人類に多大な貢献をする、発見あるいは発明に授与するもの」と定義されているにも限らずです。また日本のメディアは、私が日亜化学工業を訴えたことは大々的に報道しても、その前に日亜化学工業が機密情報漏えいの疑いで私を米国で訴えたので、私も逆提訴したこと、そして米国での訴訟には私が全面的に勝ったことなどは殆ど報道しません。「訴えられたので、訴えかえしたことは知っています。残念ですが、そうした事を書いても読者は読まないですし、「金の亡者」という線ができていて、それを壊すようなことはできませんので…」とある記者が教えてくれました。それもこれも司法制度の問題ではないでしょうか? 米国ではメディアがいい加減な報道をすれば、すぐに名誉棄損等で訴訟されます。そして、個人でも大企業相手に訴訟を起こして互角に戦うすべがあります。日本はそれがないから、こんな報道ができてしまう。どうしようもありません。研究者としてはとても残念なことです。
 

片岡:

 日米両国で裁判をしたわけですが、どのような違いがあったのでしょうか注1
 

.中村

 2000年2月に日亜化学工業からUCSBに移りましたので、大学から書類にサインする時には必ず大学の顧問弁護士の承認を求めるように指示されていましたので、日亜化学工業からNDA(秘密保持契約)などにサインを求められたときも、英語の書類にして欲しいと依頼しました。日亜化学工業は英語の書類も出すことなく、2000年12月、NDAに署名しないから機密情報漏えいの疑いがあるとして私を提訴してきました。それで突然、私の弁護士が大学のオフィスに来て、「ディスカ バリープロセスだから」と部屋中の書類、本などを全部コピーして持って帰りました。段ボール箱を20箱ぐらいになったと思います。勿論、コンピュータなども全部持ち帰りました。ディスカバリープロセスでは証拠書類を原告・被告両方から出させます。相手側の弁護士はそれを入手して消去したメールなども復活させて徹底的に調査するわけです。このディスカバリープロセスには1年を要しました。その次はデポジション(証言録取)です。日本の証人尋問のようなものですが、米国では事実上拒否できないようになっていて、関係者が拒否すると裁判で不利になります。私は証人尋問を朝9時から5時まで延べ1週間受けました。横でビデオを撮られていますし、証拠書類も全部持っている。嘘を言えば偽証罪に問われます。こうして真実が徹底的に追求されます。この米国の裁判では、日亜化学工業は10人くらいの弁護士を送ってきて、私は顧問弁護士一人だけでしたが、結局、3年後に私の全面勝訴で終わりました。
 提訴されて一年程たった頃、先程申し上げましたように私は日本で日亜化学工業に対して特許訴訟を起こしました。最初は升永英俊弁護士も「勝っても裁判費用の方が高いから、やらない方がいい」といっていましたが、しばらくすると「貴方の場合、発明が大きいから別格。判例主義を超えるかもしれないから、やってみてはどうか」と。こちらは私と升永弁護士の二人だけでしたが、向こうはこの時も10人くらいの弁護団でした。日本の裁判は書類の書きあいです。こちらの意見書に対して、10人がそれぞれ同じ量で反証を書いてくる。やり手の升永弁護士も閉口していました。私は意地でも10人分の技術論を反論書き上げ、升永弁護士も「貴方が頑張っているから」と法律論をやってくれました。裁判自身は、そうした意見書を提出して「受け取りました」で終わり、10分もかからないようなことが多く、その繰り返しで長い年月がかかります。
 

片岡:

 大手事務所の典型的な手法ですね。一審は200億円という例を見ない判決でしたね。
 

.中村

 青色LEDの生産が本格化した1994年から特許期間満了の2010年までの日亜化学工業の青色LED関連売上高を1兆2086億円と算出、仮に特許の使用をライバルである豊田合成及びクリー社に許した場合、少なくともこの50%の売り上げが可能で日亜化学工業は20%のライセンス収入を得られる、この額を独占の利益を1208億円とみなしました。そして発明の貢献は、その50%の604億円であるとして、当方からの請求額の200億円を全額支払うようにというものでした。つまり、支払ったからといって会社が潰れるというようなものではありません。
 

片岡:

 そうした数字の算出方法についても、米国であれば、双方が経済学者なども活用するなど、徹底した議論がなされるでしょう。
 

.中村

 今の日本の司法制度では…。高裁では途中で裁判長が変わったのですが、新しい裁判長になるとすぐに6億円で和解するように言われました。時間的にみても、新しい裁判長がそれまで提出された準備書面を読んで理解するのは不可能に近いと思います。技術的な話もありますし…。尤も、十分な証拠が提出されないのですから、裁判長もどうしていいかわからない…。日本にはディスカバリープロセスやデポジションのような制度がありません。私は日亜化学工業をやめるとき、研究用ノートブックなどは全部置いてきましたし、当時の部下も実験ノートに経過などを全部書いていました。証拠は殆ど全て日亜化学工業が持っているわけです。それを出して欲しいといっても「嫌です」で終わりです。証人尋問請求しても、社長をはじめ、皆が「嫌です」といえばそれでよく、形式的に社員1人を証人として出して、しかも「2時間だけですよ」と。米国のように証拠を積み重ねて裁判をするのではなく、ある意味で、自分たちに都合のいい証拠書類だけ出しあって裁判をしているとも言えます。そういう意味で日本は証拠を重視していない。そんな中で、裁判をやって判決文を書くのですから裁判官も大変です。こうしたことは企業側に有利で、更に、判例主義で利益(比較)衡量論、つまり対立する諸利益を衡量するわけですから、相手が大企業、こちらが個人であれば、結果は明らかです。特許の裁判も米国で裁判できればよかったのですが…。いろいろ調べた結果、どうやってもできないということでした。
 ところで、実は、日本の特許の多くは問題だらけです。例えば、青色半導体レーザーダイオードは1995年に私が初めて発明したものですが、特許自体は1970年代から日本の大手メーカーや大学等が出願しています。特許の中では、皆、色々なデータを示して青色半導体レーザーダイオードができたとしていました。日本の特許はそれでも成立しています。米国でも特許をとることはできます。しかし、米国では、裁判になるとディスカバリープロセスや証人尋問と徹底的に調べられます。嘘のデータを使っていたのがばれたら厳しく処罰され…、勿論、特許は即無効です。ですから米国では嘘のデータで特許を取得しても意味がないし、大変な事態になりかねません。しかし、日本ではそうした仕組みが弱く、いい加減な特許も数多くあります。だからこそ和解が多い…。
 弁護士も、こうした司法制度の問題を自覚していて、悔しい思いをしている人も多いのではないでしょうか。日本弁護士会から講演を依頼されたことがありますが、私の口を通じて、そうした事を言わせたかったのでしょう。
 また日本でも判事は身分を保証されていますが、実は仕組み上、会社と同じ様に上司が人事権を持ち、その長たる最高裁判所の裁判長は首相が決めます。ですから、一審の200億円という判決を聞いた瞬間、升永弁護士は「こんな判決文はかつてない。凡例主義であれば生涯賃金の3倍がせいぜい、これはクビ覚悟の判決だ」と。そのせいかわかりませんが、判決文を書いた判事は一週間後に辞職したそうです。さて、その後、東京高裁で和解が成立します。それが2005年1月11日午後3時頃ですが、その日の夕刊にはもう記事が出ていて、しかも首相のコメントまで載っていました。升永弁護士は「おかしい。取材して、記事にして印刷して、配送して…どう考えても間に合わない」と。それ以外にも、本来秘密のはずの裁判の資料に基づいていると思える報道も多々見受けられました。やはり米国の司法は色々な意味でより公正で、その違いは大きいと思います。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

   
 〜完〜 


インタビュー後記

 司法制度は社会の根幹であり、社会の在り方にも影響を及ぼします。世界で繰り広げられる頭脳の争奪戦を勝ち抜くには、中村さんが指摘するように、小手先でなく、日本もそうした司法制度まで踏み込んだ議論が必要でしょう。そして、米国は、統計にもよりますが、40兆円を超えるともいわれるリーガルマーケットを持ち、急速な技術革新がリーガルサービスの分野でも進んでいます。そうした莫大なコストとテクノロジー等で司法制度を担保している、そういう国が、世界のスタンダードを作り、また日本にとって圧倒的な影響力を持っていることも忘れてはなりません。
 

聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。


   
脚注  
   
注1

日亜化学工業側の主張については、下記をご参照下さい。
https://www.nichia.co.jp/specification/about_nichia/ip/zuisou.pdf

 


右脳インタビュー

 

 

 

 

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更新日:2016/03/29