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第125回  『 右脳インタビュー 』  (2016/4/1)


神谷 秀樹 さん

非営利目的投資銀行家

  

1953年東京生まれ。1975年早稲田大学政治経済学部卒業。住友銀行入行。1984年よりGoldman Sachs(米本社)勤務。1992年Roberts Mitani, LLC創業 同社 Founder / Managing Directorに就任。2012年に営利投資銀行業務を終了し、以降非営利投資銀行家として活動。2014年より東京大学 生産技術研究所長及び医科学研究所長のシニア・アドヴァイザーを務める。

主な著書
『人間復興なくして経済復興なし!』 亜紀書房 2013年
『ゴールドマン・サックス研究』 (文春新書)  文藝春秋  2010年
『さらば、強欲資本主義』 亜紀書房 2008年
『強欲資本主義 ウォール街の自爆』 (文春新書)  文藝春秋 2008年
『ニューヨーク流たった5人の「大きな会社」―我々の仕事の仕方・考え方』  亜紀書房  2001年

 
片岡:

 今月の右脳インタビューは神谷秀樹さんです。本日は格差問題、そして非営利投資銀行家のご活動についてお伺いしたいと思います。宜しくお願いします。
 

.神谷

 まず格差についてお話します。お金持ちは、各国のゼロ金利政策を利用し、低率でお金を借り、レバレッジを利かして投機し、高い利回りを得ることができます。しかも、投機に失敗しても有限責任、ノンリコースにより「僕の得は僕のものながら、損は皆のもの」です。一方、99%の庶民は貯金があっても、極端な金融緩和で殆ど0%のような金利しかつかず、老後は貯金を取り崩さないと生きていけない。勿論、借金して投機するどころではない。ゼロ金利、マイナス金利に私がものすごく反対なのは、金融緩和では、増えるのは投機であって、一般消費者の実需が増えて、それにに応えるような投資は起こらないからです。投機家が儲けるだけで、中産階級が崩壊し、貧困層が増え格差は拡大する一方です。
 日本の現政権も景気対策を行い、株価の上昇で幾分景気が良くなり失業率は減ったかのように見えました。しかし実際は、重要の先食い、従業員の非正規雇用化、人口減の中で生産人口が特に減ったことによる失業率の低下であって、実需が増えて景気が良くなっているわけでもなく、産業構造も改められていません。安倍総理が信奉する「トリクルダウウン論」は幻想であり、富裕層ではなく、残りの8割の人に所得を増やしていかないと実需は増えず、ゼロ金利での量的緩和は資産格差を増やすだけに終わります。
 

片岡:

 そもそも放っておくと、時が経つとともに格差が広がるのが世の常。世の中に溢れる大口顧客向けの特別商品・サービスや、ウォーレン・バフェット氏が指摘した「自分の税率よりも秘書の税率の方が高い」といった現状を見ればわかりやすい…。そして今は、金融政策的にも後押ししているわけですね。また、そうしたマネーは有利な税・法制などを求めて世界中を動き回りますし、日本の場合、国内事業で上げた収益をグローバル化といって当然のように海外での買収にどんどんつぎ込む企業も多い。中々国内の景況の良化には反映されませんね。
 

.神谷

 アメリカであれば「雇用を国外にもっていくな!」というような意識は凄く強く、多分TPP法案も通らないと思いますが、日本企業は、国内ではコストが合わないといって、海外でばかりで設備投資をしたり、或は、国内マーケットには未来がないからと海外でのM&Aばかりに注力するなど、使えるお金は主に海外で使っていて、国内では大きな設備投資は起きません注1。日本は不思議なほどに、こうしたことに極めて寛容です。それに、そもそもM&Aは統計上7割が失敗するもので、そのリスクをとっている上に、更に大幅に安くなった円で高い企業や資源を買ったり、設備投資をしているのですから…。元々投資の世界には「日本人が入ってきたら、売り時だ」という格言もあります。日本の企業や機関投資家は「ブームを創る側」になるよりも、「ブームに乗せられる側」に回ることが多く、高値掴みさせられてきました。例えば資源への投機は、既に商社などで大きな減損を引き起こしていますね。欧米の投資家は基本的に自分の才覚で投機するのですが、日本企業は一般に自らの才覚で動くのではなく、「経済産業省のご指導のもと、資金は国際協力銀行から借りて」といった調子で動くからブームの後追いになるのです。いずれにしても「輸出ドリブンで景気が良くなるから円安がいい」というのは過去の話で、完璧なイリュージョンでしかありません。アベノミクスでは円が75円から125円に下がり、世界から見るとこの間に日本人は5割貧乏になったということです。購買力平価で図った一人当たりGDPは既に世界で27位まで落ちました。一般国民は、アベノミクスのお陰で、世界比較に於いて既に大きく貧乏になったのです。
 また製薬業界では、例えば1億ドルのコストをかけて新薬を開発したとします。その薬を誰かが2億ドルで買収する、そうすると開発コストは2億ドルとなり、それを回収するために薬価も倍となります。高値で買収するM&Aでパイプラインを創って行くと、薬の値段もどんどん上がっていく。なぜ、こうしたことがそこら中で行われているかというと、中央銀行が金融緩和でどんどんお金を刷り、低金利で借金しながら買っていくことをできるようにしたからです。しかし、世の中の80%の人は1日10ドル以下で、半分の人は2ドル50セント以下で暮らしています。いくら良い薬がどんどん生み出されても、世の中の2割の人たちしか使えず、残りの8割の人にとっては高い薬は存在しないのと同じです。そういう格差もあります。
 

片岡:

 イノベーションのための特許制度がほんの一部の投機家を利し、世界の一般市民に発明の恩恵が行き届かないという際の負の一面で、また薬の開発費用が膨大なため、そもそも発展途上国の特有の病気の治療薬の開発もあまり進みませんね。
 

.神谷

 今の経済の仕組みでは世界の8割の困っている人たちが必要としているものを生み出すことができません。どうやったら発展途上国に薬を届けることができるか…。そこで、考えたのが「日米産学官+寄付金」でのイノベーション推進です。昔はR&D の8割は企業で行われたといいますが、今は大学も大きな役割を担っています。それならば、大学と企業が世の未解決な問題の解決策を産みだすプロジェクトにできるだけ早い時点から一緒に働き、そこに公的資金も、大金持ちの寄付金も頂戴する。尤も日本の公的資金だけではどうしても足りません。例えば米国ではヒラリー・クリントン前国務長官が、アルツハイマーの研究だけでも年20億ドルを投入するといっています{日本の場合、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)全体でも1900億円}。ですからアメリカの公的資金にアクセスしないといけない。そのためには米大学や企業もパートナーとすることが必要となります。そうして日米の企業、大学、政府、寄付団体が一堂に集まって、最初から皆で世界が必要とするものを生み出し、安く提供するということをしていく。
 また、治療薬のように病気になった人を助けるものであったり、エボラのように病気が蔓延した時の対策には、公的資金も出やすいのですが、ワクチンのような予防薬には、驚くほどお金は出てこないものです。これは世界中同じです。ですから更に米国の寄付金へのアクセスも進めています。そんなことを少しずつやり始めました。そうすると、今まで日本の企業に自分でリスクをとってやって下さいといってもなかなか動かなかったものが、これはX大学が作っています、Y財団や国のお金ももらっていますとなると、それでは協力しましょうか、とイノベーションへの参加が起こるのです。杓子定規に利益率が…といっているようなことと、あわないものが世の中には沢山あります。私が今注力しているのは、そのような普通のやりかたでは動かないものを動かすようにすることです。そのためにはまず私自身が非営利で働く必要がありました。
 尤も、日本にはイノベーションにつなげる仕組みが十分にできていません。製薬やデバイスの素晴らしい技術者が光っているのですが、いい研究もそうした仕組みがないために、実際に人を助ける奇跡を起こすところまではいかない。イノベーションというものは「人より先にやるからこそ、イノベーション」であり、「一度始めたら待つという選択肢はない」のですが、日本人は、バスを企画する企画マンにもなりたくないし、運転手もやりたくない。でも、他の人が乗り込み始めたら誰が乗るのかを見ていて、また置いてきぼりにはされたくないから、バスが出発する直前に乗りこむ。それが一般的に賢いとされる意思決定の方法で、「俺がこの商売全部もらった、他の人が乗り込むなんてとんでもない」という積極性を持つ方は殆どいません。また大企業では人事の問題もあって、自分が役員になっていたり、或は競っている間は、まだ新しいこともやるのですが、同期の中に役員が出て、自分の芽がなくなると、リスクをとってまで新しいことをするインセンティブはなく、定年まで大過なく過ごそうとします。そうした人たちが本部長や部長に沢山います。そうした中でリスクなくやろうと考えると「業界全体でバスを仕立てるか、或は、監督官庁や内閣がプッシュしてくれないと自分の会社の中を動かせない」という発想になります。これが日本の産業界の大部分の状況で、誰かがボールを抱えて一人で突っ走ってイノベーションを起こすということが、殆ど起きない文化的背景だと思います。
 

片岡:

 そんな状況の中でプロジェクトを立ち上げるには、まさに投資銀行的な手腕が必要ですね。
 

.神谷

 投資銀行の役割は、事を起こすのに必要な要素を全部集めてくることで、営利であればそこでしっかりとフィーを貰います。しかし、日本で、私のような投資銀行家が大学の先生の所にいくと、「こいつは、俺の技術をとって大儲けするつもりだろう」と懐疑的に見られ、中々心を開いてはいただけず先に進みません。勿論、私も自分で営利投資銀行業務をやっていた時は稼がないといけませんでしたが、今は引退し、お金を儲ける必要もありません。今は無給の非営利投資銀行家です。自分を無給にした上で「こういう問題を、先生の技術を世の中に出して、解決して下さい」というと先生方は喜んで協力してくれますし、先生方は奇跡を起すことができます。私は、今、お金を稼ぐことよりも、そうした奇跡を起せる先生方のお手伝いをし、世の中の問題を解決することに歓びを見出します。無給の仕事というのは、人生のある時期までは、最悪の仕事でしたが、ある歳を過ぎますと、それこそが「最上の仕事」となりました。
 

片岡:

 具体的には、どういうプロジェクトを手掛けているのでしょうか?
 

.神谷

 例えば東京大学医科学研究所の清野宏先生等がコレラ及び旅行者下痢症を対象としたお米のワクチン(コメ型経口ワクチン)を開発しました注2。これは注射するのではなく、お米を食べるとワクチンになるというもので、ムコライスといいます。そこで、今度は発展途上国向けのマラリアのワクチンを作ろうとしています。1日2ドル50セントで生きているような人のところには、当然電気もなくてワクチンを保存することも難しい。勿論、注射器を捨てる仕組みも習慣もない。お米のワクチンにすれば、常温で保存でき、注射器もいりません。そうしたプロジェクトを東大と米国企業、そしてロックフェラー大学アーロンダイアモンドエイズ研究所の辻守哉先生、そして米国国際開発庁(United States Agency for International Development, USAID)の資金等を加えてLeidosという会社一緒になって進めています。先生方から治験のお話を伺うとびっくりするのですが、例えば、赤道ギニアという国では国民の半数がエイズにかかっていて、そういう人たちが更にマラリアにかかり、また別の病気にもかかる…。先進国のように健康である人が初めて一つの感染症にかかるのではなく、元々2つか3つ病気を抱えている人が新たな感染症にかかる。そういう人の治療法は、先進国とは全然違ってきます。
 日本などもどんどん暑くなっていますので、これからマラリアも発生するでしょうし、どんな熱帯病が日本に入ってくるかもわからない。日本はそういう事に対して何の構えもできていないのですから、世界の貧困の人たちの感染症というものを予防できるようにすることは、間違いなく日本の国民に対する防疫体制にも繋がります。また今、世界の半分の人は2ドル50セント以下で暮らしていて、難民も6000万人います。家も職もない人たちが沢山いて、こうした事がテロなどの要因の一つであることは間違いありません。ですから、テロをなくしていこうと思ったら、彼らが健康に働けるようにして、少しでも貧困と搾取を減らすことも考えていかねばなりません。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

   
 〜完〜 


聞き手

片岡 秀太郎

 1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家の道を志す。


   
脚注  
注1

https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2015/data/ron150810a.pdf

注2

http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/antibody-producing-rice/

   
  (リンクは2016年4月1日現在)
 


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更新日:2016/03/29