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片岡:
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第23回の右脳インタビューは劇画家の さいとう・たかを
さんです。本日は、ご多忙の中、有難うございます。それでは漫画家としての歩みを始めた頃の話などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。宜しくお願いします。
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さいとう:
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私が漫画家となった52年前は、少年向けの漫画しかありませんでしたが、映画館で見る映画がとても面白く、映画のような作品を描こうと考えました。その時、一番困ったのが絵で、ディズニー調の絵ではリアルなドラマを描くことができません。見本もありませんし、悩みました。20代初めの頃で、自分には才能がないのだと落ち込み、仕事の依頼はあっても描けない日々が続きました。その状況を突き破ってくれたのはある一言で、工藤一郎さんという先輩が『さいとう君は、この仕事のために生まれてきたみたいだ』と。そのような見方をしてくれる人がいるのだ。まさに天からの声で、とにかく描けるだけ描いてやれと吹っ切れました。今では自然と絵が出てきます。ところで、私は自分で描きたいものを描いたことはありません。趣味に走るのではなく、10人が見れば8,9人は面白いと思うものを考え、すべて計算して作っています。ですから私の作品は、一度読んでもらうまでは大変かもしれませんが、読み出したらハマる人が多いようです。
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片岡:
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マーケティング・リサーチについては、どのようにお考えですか。
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さいとう:
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本当に難しい問題です。私が始めた頃はまだ貸し本屋の時代でしたので、貸本会社の社長さんたちに聞いてみましたが、全く分かりません。そこで頼み込んで店に居座り、どんな人が借りていくのか観察しました。また、読者からの手紙などもありますが、手紙を書く時には必ず意識が働きますので、これを純粋な反応と考えると大変なことになります。結局行きついたのは、自分が面白いと確信できなければ出さないということです。顧客のことを考えながら、結果的に一番、顧客のことを無視しているわけです。またその時代の社会的な常識で描かないようにしています。正義か悪かは時代とともに変り、迎合すれば、作品も、その時だけで終わります。時代の風潮を無視し、あくまで私自身の善悪の判断で描いています。
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片岡:
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ゴルゴ13は1968年から連載が始まり、そのリアリティー溢れる劇画とストーリーはまったく色あせることがありません。その作品を支える体制についてお聞かせ下さい。
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さいとう:
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制作の方は、私を入れて9名。脚本は外部でやっていて、延べ45人程がかかわってきました。脚本家は公募したこともありますが、先方から持ち込まれることもあります。例えば、銀行家の話では明らかに内部告発としか思えないような内容で、聞いてみると現役の銀行マンが持ち込んだものでした。
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片岡:
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四菱銀行と東亜銀行の合併の話(第89巻『BEST
BANK』)ですね。ゴルゴ13のストーリーはフィクションとして仕上げてありますが、それでも圧力を受けることがあるものと思います。弁護士などの対策をとっているのでしょうか。
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さいとう:
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その辺は基本的に編集サイドの問題ですが、最終的な判断は私が行っています。やれKCIA(注3)のネタだとか…面白い話が入ってきて、ホメイニ師が偽物だったというストーリーでは、イラン大使館から抗議があり、結局お蔵入りになっています。そういった作品が4本ほどあります。
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片岡:
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脚本を書くには、かなりの調査を必要とする作品も多いものと思います。事前に調査費用などを負担することもあるのでしょうか。
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さいとう:
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出版社サイドで脚本家と話し合うことはありますが、私のところでは完全に出来上がったものを買い取っています。その際は、小学館とうちが折半で買い取り、版権は完全に私どものものになるようにしています。私が脚本家に期待しているのは、どれだけ面白いネタをとってくるか、それにつきます。ドラマはどんなにひどくても、私の方で料理すればいい。そして、脚本家は全くの新人でもかまいません。寧ろ長いと、だんだん、私が描きやすい内容を書くようになってしまいます。それではいけません。描き難いネタこそ重要です。例えば、私には、コンピューターはチンプンカンプンですがその方がいい。また『ゴルゴ学校』などと言われているのですが、脚本家の中にはゴルゴをやることで何かを掴み、船戸与一さんのように、実際に作家となった人もいます。
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片岡:
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ゴルゴ13の多様で、深みのあるストーリーはこうして生み出されているのですね。新しい脚本家が次々と参加しているそうですが、初刊と最新刊を比べてもしっかりした統一感がありますね。
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さいとう:
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今の脚本家は、ゴルゴ13を見て育った人が多いということもありますが、面白いもので、みんなそれぞれのゴルゴを持っています。ですからセリフの一つ一つに至るまで、私が手を加えています。ある時は、その脚本家の書いたゴルゴ像が大変面白かったので、そのキャラクターは残し、そこに私のゴルゴを新たに登場させたこともあります。
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片岡: |
分業体制はいつ頃から敷いていたのでしょうか。
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さいとう:
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最初から一人でやるべきではないと考えていて、4,5人の『スタッフ』でやっていました。私の場合ラッキーで『描けない時代』にかえって原稿料が値上がりし、2番目の人の倍近い価格になっていましたので、当初からこうした体制をとることができました。私は漫画も、映画製作のような形で、それぞれの才能を持ちよって作ることが必要だと思っています。ですから、私のところでは『アシスタント』という呼び方をしません。手塚治先生のように劇画と脚本の両方できる天才もいますが、それは例外で、基本的にこの二つは全く別の才能です。みんながチャップリンでなくてもいいし、みんなで作った方がむしろ完成度は高い。私が分業体制を作った当時は、一人でやるべきだという風潮がありました。それでいてネタの盗用が日常的な時代で、分業しようという考えがなかったのだから不思議です。また締め切りを守らないことが人気作家のステータスだといった風潮もありましたが、私は締め切りを守ることはプロの最低条件だと思っています。もっとも、この業界は契約システムが整っておらず、うけないとすぐに打ち切られてしまいますが…。
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片岡:
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そのような中で、業界でもずば抜けて高い給与体系と長期雇用を続けておいでとか…。
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さいとう:
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その点には気を配って、精いっぱい出すようにしています。また勤続年数は長い人は40年、短い人でも15年ほど勤めてくれています。
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片岡:
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素晴らしいですね。さて、早くから組織的な思考を実践しておいでですが、次の“さいとう・たかを”といいますか、新しいスターは育ったのでしょうか。
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さいとう:
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これは私の思い通りにならなかった点で、組織の中で監督を中心に核分裂をおこしていってくれると思っていたのですが、『“さいとう・たかを”の“さいとう・プロダクション”』であって、『“さいとう・プロ”の“さいとう・たかを”』にはなりませんでした。みんな私のように悩んでいるのでは…などと考えていたのですが、結局この世界に入ってくる人間は、自分を天才だと思っています。私どもの業界では、本当の意味のプロデューサーがもっとも不足しています。これはサラリーマンではできません。かといって、私自身も、描き手を辞めてプロデューサーに徹することができませんでした。
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片岡:
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大変な長寿作品を続けておいでですが、今後、取り組んでみたい点などは如何でしょうか。
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さいとう:
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描き手としては常に新しい挑戦を求めています。ですが出版社はそうさせてくれません。ゴルゴは38年、鬼平犯科帳も14年たちますが、出版社からは、一度も新しいものを…と依頼されたことがありませんし、残念ながら今の仕事で手一杯です。
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片岡:
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出版社にとっては、固定ファンも多く、また顧客層を幅広く維持する上でも不可欠なのですね。ところで、お話の随所に『映画』が出てきました。大変な映画ファンだったそうで、子供の頃、しょっちゅうタダ見を決行していたそうですが…。
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さいとう:
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大変な悪餓鬼で、近所のおばさんが、『あなたの行くところは刑務所しかない』と言っておりました。この一言が少年時代のすべてを物語っています。勿論、今でも映画は好きで、週に10本くらい見ています。
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片岡:
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ゴルゴ13も何度か映画化されたことがありますが、残念ながらその世界感を十分に表現できていないように思います。この映画を作るのであれば、巨大資本を投入し、ハリウッド的なスケールで作ると面白いですね。
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さいとう:
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初めからゴルゴ13の映画化には反対していました。というのは、この作品はもともと映画を作りにくいように仕上げています。例えば、映画では各地をロケで走り回るにはお金がかかって大変ですが、漫画であれば簡単です。私は、映画の王道はSFだと思います。『風と共に去りぬ』が、なぜ素晴らしいか。西部劇と恋愛だけではありません。ある時代を完璧に再現しているからです。反対に『寅さん』は、とても良い作品ですが、これはTVでも十分な作品で、映画でなくてはならいないというわけではありません。また漫画は、どんなことでもできるので、SFでは、かえってリアリティーがなくなってしまいます。もし私が映画を作るのだったら、マニア向けに安くて面白いSF作品を作ってみたいですね。
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片岡:
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貴重なお話を有難うございました。
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(敬称略) |
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−完− |
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インタビュー後記
さいとう・プロダクションには沢山の資料や精巧なモデルガン(作画のための)などが溢れ、昔ながらの手作業を重んじ、熟練したスタッフが一作ずつ丹念に、こだわり抜いた作品を制作しています。さいとうさんは、そうした職人集団と先鋭的な外部の脚本家を束ね、高い完成度の作品を生み出し続けています。どの作品のテーマも毎回まったく異なり、世界や社会の裏面を独自の視点から深く抉り出すものです。まさに一作一作が新しい挑戦で、誇り高い匠の大航海魂がここにあります。
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聞き手
片岡 秀太郎
1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。 |
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脚注
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注1 |
株式会社さいとう・プロダクション
http://www.saito-pro.co.jp/index.htm
所在地 〒164-0001 東京都中野区中野1-55-3
電話 03-3366-9511
資本金 4500万円
創業 昭和35年4月
設立 昭和39年9月
従業員 19名
代表取締役社長 斉藤發司
専務取締役 斉藤隆夫
関連企業
株式会社リイド社 (出版社)
http://www.leed.co.jp/index.html
所在地 〒166-8560 東京都杉並区高円寺北2-3-2
電話 03-5373-7001
資本金 7,500万円
創業 1960年4月
設立 1974年11月
従業員数 45名
代表取締役社長 斎藤 發司
取締役 斎藤 隆夫 他
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注2 |
超一流のスナイパー、ゴルゴ13(デューク東郷)の活躍を描く劇画アクション。実在の人物や組織を多数登場させながら、国際情勢、社会の裏側などを描き出している。政財界にもファンが多い。
1968年10月(1969年1月号)から雑誌に連載開始。以来一度も休載せず、現在もビッグコミック(小学館)」にて連載中。
詳細については下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ゴルゴ13
http://mail.golgo13.com/index.html (ゴルゴ13インターネットサービス)
http://www.bigcomics.shogakukan.co.jp/golgo13/ (ゴルゴーマニア)
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注3 |
KCIA 大韓民国中央情報部
(Korean Central Intelligence Agency)
詳しくは下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/KCIA
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(敬称略)
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片岡秀太郎の右脳インタビューへ |