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片岡:
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第9回の右脳インタビューは根上卓也さんにご登場いただきます。本日はご多忙の中、有難うございます。根上さんは神戸製鋼所(注1)で数々の海外プラントを手がける一方、画期的な次世代の製鉄技術の開発も指揮しておいでですが、いわゆる『文系』のご出身とお聞きしております。
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根上:
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元々は近代経済学が学びたくて国際基督教大学(注2)へ進学しました。私が学生の頃はどこもマルクス経済学ばかりで、一橋大学と国際基督教大学だけが近代経済学をやっていました。そして神戸製鋼所に入社、機械畑に進み、米国勤務ではエンジニアの同行なしに一人で全米を営業して回りました。相手企業のエンジニアと話しても最初はチンプンカンプンでしたが、その都度、懸命に勉強しました。そうして10社程回って再度同じエンジニアに会った時には、詳しくなっていて『よく勉強したな』とビジネスに結びついたり、他社のエンジニアを紹介してくれたりしました。これは部下でも言えることですが、一般的に技術者は付き合いやすい人たちだと思います。こちらが一生懸命であれば必ず応えてくれます。
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片岡:
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そうして米国での基盤を切り開いたわけですね。それでは発展途上国でのビジネスは如何でしょうか? 商慣習が未成熟なため、特にプラントのように巨額のビジネスでは特有の難しい問題があるものと思います。
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根上:
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そういった国々でも評判や信頼が大切な要素となります。例えばイランのケースでは『どうしてもやりたいから何とかして欲しい』と既に商談をしていた企業がありながら先方から依頼に来ました。勿論そういうことだけでなく政治献金やリベートを求められるケースもあり、そういう場合は現地の弁護士等に任せる事になります。我々には選挙でどちらが勝つかなど判りません。彼らが適切に『ばら撒く』ことになります。国際ビジネスをやっていこうと思えば、相手国の事情に合わせることも必要です。例えばドイツではリベートが認知されており、税法上も10%までは経費として組み入れることが出来ます。こういった会社にリベートを払わせるというようなこともあり、リベートを支払うために海外からの調達比率が50%を超え、自然と国際化することもあります。
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片岡:
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競争という観点から見れば、日本の税法は国際ビジネスの現状に十分な対応ができていないわけですね。
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根上:
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更に日本の税制では実質的には事前に判断を示さず、後から問題を見つければペナルティーを課します。やってみるまでわからないというのでは税務リスクを背負いながらのビジネスになります。またこういった制度では官僚の裁量が大きく、天下りの温床にもなります。ですから企業が税に関して役所と丁々発止やりあう事は必要だと思っています(注3)。
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片岡:
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米国では、事前に合理的な判断に基づく算定が成されていればペナルティーの適用を免除するという制度もあるようです。日本の税制にもそういった現実的な競争力をつけて欲しいと思います。さて、話は変わりますが、根上さんは工学の博士号をお持ちですね。
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根上:
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博士論文(注4)はアメリカ企業の買収をきっかけにこれまで関わって来た還元鉄について纏めたものです。元々はカタールの豊富な天然ガスを利用してアルミ精製を行なうというプロジェクトに日本軽金属株式会社と取り組んだのがきっかけです。このプロジェクトは同社の大株主であったアルキャン社(カナダ)の反対で白紙に戻りましたが、カタール政府から提案があり、同政府とのジョイント・ベンチャーで天然ガスと還元鉄を使った製鉄プロジェクトをはじめました。この時に直接還元鉄プロセス(注5)として採用したのがMidrexプロセスです。これはカタールのような発展途上国では従業員のレベルや部品供給など完全な操業が難しく、古くて効率に劣る技術でも実績の多いものの採用が望ましいと考えたからで、このプラントは現在でも定格の40万トンを越える年70万トン近い生産を行なっています。その後Midrex社(注6)の親会社であるKrof Industry社の資金繰りが悪化、同社に投融資していたクエート政府系の投資機関からMidrex社売却の非公式な打診があり、最終的にはクエートが半分資金負担することでMidrex社の買収に合意致しました。そして1995年頃の事ですが、オペレーターが間違って炉の温度を上げた事が発端となって発見が生れました。通常、温度を上げすぎるとFeOが精製され炉を傷めてしまいます。しかしこの時、10分程で溶解し鉄とスラグが分離するという新しい現象が起きました。そこに可能性を感じ実験の指示を出しました。とっぴな考えで納得できなかったのでしょう。しっかりした実験をしてくれるまでに2年近くかかりました。鉄の世界は保守的で原理原則には触れることが難しく、イノベーションが起き難い傾向があります。日本でやれば反対が出ますので既に100%子会社と成っていたMidlex社を活用し、1996年に特許を取得、更にミネソタ州政府や米企業等から30億円の投融資を募り大規模な実証実験をミネソタ州で行ないました。こうして生れたのがITmk3(Iron-making Technology MarkV)(注7)という次世代の製鉄プロセスです。簡単に言えばITmk3は粉鉱石と粉炭を回転炉床炉に投入し還元鉄を製造するプロセスで、これまで数時間以上かかっていたものが僅か10分で出来、更に設備費なども従来の半分以下ですみます。今のところ生産能力は一機当り50万〜100万トン程度までですが、1トン当たり1000ドル程度かかるコストを300ドル、更に原料費で100ドル下げる事が可能です。
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片岡:
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既に初期実験でも良好な結果が出ており、大きな可能性は見えていたものと思います。単独でやる事は考えなかったのでしょうか?
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根上:
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我々は原理についての国際特許を取得しています。これは非常に強いものです。ですからできることの証明に特化し、広く公開してみんなの意見を取入れ実用化の技術開発を促進したいと考えました。勿論、実用化したときにはパテント料として1トンにつき5ドルを受取ります。
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片岡:
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実用化に掛かる厖大なコスト負担や時間を短縮し、知財で利益を生み出すわけですね。さて現在、資源価格の高騰やミタル・スチール社(蘭)(注8)による巨大M&A等による国際的な再編が紙面を賑やわせております。こういった技術革新はどのようなインパクトを与えるのでしょうか?
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根上:
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巨大高炉を前提としたミタル・スチール社のような展開は時代遅れではないかと思っています。これまでは炉を大きくしながら効率を上げて来ましたが、高炉には非常に良質な原料が必要です。鉄は地球に存在する最も量の多い資源であるにもかかわらず、実際には純度の高い僅かのものだけしか使われていません。我々の方式では残りの莫大な資源を有効に活用する事が可能で、また50万トンという小さな規模でも高い効率を実現しました。このため例えば、鉱山の隣に設置するなど誰でも製鉄事業に参入できるようになり、中小の製鉄所の発展が期待されます。丁度、巨大化したメインフレームからPCへ移行するようなものです。鉄の取引では、こういった中間層が弱く巨大高炉の支配力が強いために相対取引をベースとしてきましたが、そこに市場を生みだすことが可能です。既にアルミニウムや銅は汎用性の高い半製品である地金の取引がLME(London Metal Exchange)(注9)で行なわれ、国際的な指標となっています。これまで鉄は地金の流通が殆どありませんでした。銑鉄は地金に近いものですが流通量が少なく、スクラップの流通量は十分ありますが厳格な品質規格ができません。そこで我々の手法でできたアイアンナゲット(地金に近い)を直接取引せずに、一旦マーケットを通させることで市場を創ることができます。
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片岡:
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どの程度の量が必要なのでしょうか?
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根上:
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これまでの事例をみれば2000万トンほどあれば良いでしょう。
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片岡: |
プラントの引き合いはどの程度来ているのでしょうか?
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根上:
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一機150億円程度のプラントですが、既にインドで10社、その他ロシアなどで10社の引き合いがあります。
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片岡: |
可能性が既に見え始めているようですが、実際に市場が出来るとどういった影響が生れるのでしょうか。
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根上:
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例えば、造船会社では船を受注後してから3年後の引渡しとなりますが、(その原料費の大部分を占める)鉄は相対取引であり受注時に価格を決める事が出来ません。このため造船会社はその変動リスクを抱える事になります。先物市場があれば、同時に売りのオプションを購入することで、そういったリスクをヘッジできます。また金の先物へ向かっていた投資が産金会社へ流入したように株式市場も同様の役割を果たすようになります。一般に原料が動けばその10倍の金融市場が生れます。新しい技術の開発は必要な事ですが、それは一部で、産業や市場の構造を変えるようなビジネスモデルまで創ることが大切だと思います。
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片岡: |
素晴しいお話を有難うございました。
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−完− |
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インタビュー後記
会社や国、技術の枠に捉われることなく、鉄の未来を自由に描き創り上げる根上さんの挑戦は、同時に100年の歴史を持つ巨大鉄鋼メーカーを研究・開発型(ビジネスモデル等も含めて)の企業体へと変質させる組織改革の試みでもあります。アルセロール・ミタルを打ち破る新しい企業体の誕生が期待されます。
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聞き手
片岡 秀太郎
1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。 |
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脚注
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注1 |
株式会社神戸製鋼所(東証1部)
http://www.kobelco.co.jp/
日本の4大鉄鋼メーカーの一社。他社に比べて鉄鋼事業の比率が低く、電力卸供給事業、アルミ・銅関連事業、機械関連事業、建設機械関連事業等の複合経営を行なっている。2002年、新日本製鐵、住友金属工業と3社間資本・業務提携を締結。
創立
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1905年(1911年設立)
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代表取締役社長
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犬伏泰夫
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資本金
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2,333億円(平成18年3月31日現在)
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売上高
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連結 1兆6,673億円(平成17年度)
単体 1兆347億円(平成17年度) |
従業員数
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連結29,068人(平成18年3月31日現在)
単体 8,673人(平成18年3月31日現在、出向者を除く) |
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また同社ラグビー部『コベルコスティーラーズ』は社会人ラグビーの名門として著名。
http://www.kobesteelrfc.com/
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注2 |
国際基督教大学 International Christian University 東京都三鷹市 1953年4月1日、日本で最初の4年制教養学部大学として発足。
http://www.icu.ac.jp/
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注3 |
国際ビジネスに於ける税務リスクについては、読売新聞による下記の記事を参照下さい。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/special/47/naruhodo254.htm
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注4 |
ITmk3プロセスの開発に関する研究』2006年
指導教員 東北大学教授 日野光兀
http://www.material.tohoku.ac.jp/~tekko/hino.html
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注5 |
直接還元鉄については下記のページを参照下さい。
http://www.kobelco.co.jp/p108/dri/index.htm
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注6 |
Midrex Technologies, Inc.
本社: アメリカ合衆国ノースカロライナ州シャーロッテ市
設立: 1983年8月
社長: James D. McClaskey
資本金: 1,614千ドル(神戸製鋼所100%出資)
http://www.midrex.com/
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注7 |
ITmk3については神戸製鋼所の下記のページを参照下さい。
http://www.kobelco.co.jp/column/topics-j/messages/244.html
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注8 |
Mittal Steel Company(オランダ:CEOラクシュミ・ミタル)
http://www.mittalsteel.com/mittalMain/splash.htm
インド人の実業家ラクシュミ・ミタルによって1976年に設立され、その後世界各国の鉄鋼メーカーを相次いで買収、特に旧共産国の元国営鉄鋼会社の買収と再建でも成功を収め、世界最大の鉄鋼メーカーへと成長した。現在、同社の株式の90%近くをミタル一族が保有している。
2005年度 売上高280億ドル 従業員数224000人
尚、同社は、世界第2位の鉄鋼メーカー、アルセロール(ルクセンブルク)に対するTOB(株式公開買い付け)を実施し、8月1日付で取得手続きを終え、アルセロールを傘下に収める。これにより粗鋼生産量が1億1000万トン、世界シェア10%の巨大鉄鋼企業『アルセロール・ミタル』が誕生する。
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注9 |
London Metal Exchange 1877年、ロンドンの金属商人たちによって設立された。現在、銅、錫、鉛、亜鉛、アルミ、ニッケル等が上場されている。
http://www.lme.co.uk/
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(敬称略) |
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片岡秀太郎の右脳インタビューへ |