アベノミクスでデフレ時代に凍結されていたベースアップもやっと実現した日本企業において、マーケットはもはや国内より海外に活路を見出さざるを得なくなっているようだ。そうなれば、世界のライバル企業と伍して行くためには「リスク・マネジメント」に鈍感ではいられない。
1. リスク・マネジメント戦略
左図のプロセスのように、リスク・マネジメントの概念には、事故防止や軽減を図る手段の「リスク・コントロール」と、それを行ったとしても残るリスクをどのように処理するかを考える「リスク・ファイナンス」に大別される。地震への対策として建物や機械設備等の耐震補強や最近の鉄道各社がホーム転落防止のための防護壁を設置しているのが「リスク・コントロール」である。また、社有車を多く抱えている会社で実施されている「ドライバーの安全運転研修」なども、事故軽減策の一つである。地震という同じ自然災害に対する日米同業種企業で「リスク・コントロール」の顕著な違い事例があるので紹介しておこう。
東日本大震災において、日本の三大ビール会社の工場が被災した1か月後に発表された損失(特損)と復旧見込みをまとめたのが下図である。
それに対して、米国の著名なビール会社が行った「リスク・コントロール」の結果が下図。
5年かけて行った地震リスク軽減プログラム(=リスクコントロール)により、終了直後の3か月後にノースリッジ地震が起こり、500億円(回避された財物損害額200億円、回避された業務中断による損害額300億円)もの巨額損害が回避されたことに注目してほしい。営業成績に結びつかない16億円ものコストをかけるのはバカバカしいと考え、未だに耐震補強もせず地震保険にも加入しない姿勢の日本企業の多くの経営者は、この日米企業の「リスク・コントロール」に対するトップ・マネジメントの取り組みの違いで、このように損失(特損)を被るか、損失を回避できるか、まぎれも無い事実として真摯に受け止めていただきたいものである。
<「リスク・ファイナンス」プロセス>
「リスク・コントロール」を行っても、当該事業からの撤退等の「回避」をしない限り、事故や災害がゼロになることはなく、その残ったリスクを自社のアセットやキャッシュフロー/融資コミットメント等を勘案し「自家保有(=自己負担)」するか、妥当な保険料でリスクを商業移転(=保険)するかを考えるのが「リスク・ファイナンス」である(左図参照)。従って、リスクを正しく認識をした後その分析の結果としての最終手段が「保有か保険」であり、間違ってもリスク即保険検討の「保険ありき」としないことが肝要である。得てして、日本企業の多くで、当該プロセスを経ずに、必要もないリスクへの保険加入や特約で肝心のリスクへの補償が免責となっていたり、中途半端で不適切な補償内容になっていたり、無駄な保険料支払いに陥っている保険加入事例が散見される。このような事例に遭遇するたびに、親密保険会社/保険代理店の説明を鵜呑みにせず、セカンド・オピニオンとしてでも専門家に意見を求める姿勢、または社内体制つくりの必要性を感じる。
2.自家保有の代替手段としてのCaptive Program
キャプティブ保険会社とは、ある企業によって、自社または自社グループのための保険を引き受けるために海外に設立される再保険子会社のこと。
概念イメージ図は上記の通りで、日本においては海外直接付保規制(日本に所在する企業または人は、金融庁の認可した保険会社の保険商品を購入することとして、海外保険の直接購入が禁止されている)ため、国際再保険市場に自らアクセスしたい場合には、一旦国内保険会社と契約し自己が設立した再保険会社(Captive)への再保険システムを通じて行う方法しかない。
【キャプティブ保険会社設立/レンタ・キャプティブ利用の主な理由・目的】としては、
・ 独自のリスクマネジメント・プログラムの実施
・ 保険コストの節減・安定化
・ 国際再保険市場への直接のアクセス
・ 損害準備金の積立て(自家保険の代替)
・ 保険の購入が困難なリスクへの対応
・ 保険事業からくる利益・運用益
等考えられており、世界では、6,000社以上の企業が活用しているCaptive
Programが、日本企業においては大企業で僅か100社以内に留まっていることが不思議でならない。
<参考>日本の主なキャプティブ設立会社
東京電力/JXホールディングス/出光石油/花王/住友化学/アステラス製薬/JT/大塚
製薬/日立/ソニー/富士通/横河電機/矢崎総業/トヨタ自動車/日産自動車/本田技研
工業/富士重工業/タカタ/デンソー/クボタ/コマツ/YKK/三菱商事/三井物産/住友
商事/丸紅/伊藤忠商事/双日/*オリックス/JCB/日立キャピタル/日本郵船/商船三井/川崎汽船/神原汽船/日本航空/全日空/日本旅行/近畿ツーリスト/阪急交通社、等々
Captiveの発祥地は、日本からはかなり遠い大西洋上に浮かぶTax
Heavenの島・バミューダであったが、今や日本企業/日本人には馴染みの深いHawaiiやSingapore並びにMicronesia
が数々の特典を設けて熱心に日本企業のCaptiveを誘致している。
更に、海外に子会社を設立するには資本金負担や保険料ボリュームの点から躊躇する中堅企業のために、既存の再保険会社の1室を借りて同様の効果をもたらすRent
A
Captiveの仕組み(下図参照)も出来ているので、地震保険やリコール保険等日本での加入が難しい保険について、このCaptive
Program乃至Rent A Captiveによる解決を図るのも一考に値するものと考える。
<Rent A Captive概念イメージ図>
Rent A
Captiveを運営する再保険会社は、所謂大家にあたり、それぞれ独立勘定の個室(セル)を貸し出して、家賃に相当するセル使用料を受け取り、大家としての業務収支(コア勘定)を構成している。
当然、Captive化に向けては、下記の点に留意しながらFeasibility Studyが必要なのは言うまでもない。
1.透明性の確保
・自社の性格上、当局をはじめとするステークホールダーへの説明責任
・キャプティブ化の目的とキャプティブ設立地/スキームの健全性
(税効果目的とみられないことが肝要)
2.リスク分析に基づく保険設計とキャプティブ化
・プロ集団による適正保険料の算出とRisk Transferの確立
(再々保険の手配/サポートがポイント)
・元受保険会社の引き受け能力の限界
3.キャプティブ化の安全性
・キャプティブ運営会社の選択
・税務上想定しうる論点整理
今や、従来にないリスクが顕在化してきており、その対応策について幅広く選択肢を持つ必要に迫られている日本企業も、当該Captive
Program乃至Rent A Captiveの検討の時期に来ているのではないかと思う次第である。
3. 保険手配の工夫 − 高額免責設定による巨額危険への保険対応
どちらの企業も、High
Hazard
Riskの処理には頭を悩ませていることであろう。その時に有効な手立ての方法として高額免責の設定がある。日本の保険手配の歴史には、個人も企業も同様の思想が根強いのか、免責金額の設定に難色を示す傾向がある。企業規模にもよるが、ある程度内部留保や金融機関のコミットメントを有する企業であれば、保険付保の原則は「自家保有と保険」の組み合わせで考えるべきである。アセットやキャッシュポジション等で抱えられるリスクは自家保有(免責額の設定)し、それを超える金額のみを保険化するのが妥当である。
更に保険手配の仕組みにおいても、日本企業では未だ護送船団時代同様、株主(自社の株式を保有する保険会社)尊重が幅を利かせ、その率によって幹事会社以下シェアー配分する共同保険方式が一般的に行われているのが現状である。この方式(リスク引受の縦割り)では、共同保険を構築する全社は小額から高額の保険金対応に備えなければならない。となると、再保険手配が難しいHigh
Hazard
Riskにおいては、保険料が高くなるだけでなく、とても共同保険に参加できない保険会社が出てくる状況によっては、顧客の満足する保険手配ができない可能性もでてくる。
上記共同保険方式に対して、Layer方式(リスク引受を横割り=積み木方式)での引き受け方式が欧米では一般的に採用されている方法である。これに、高額免責を加味することによって、高額なHigh
Hazard Riskに対しても、妥当な保険料で無理なく保険設計が可能となる。
では、具体的な数字を置いて検証してみよう。
予想損害額50億円とし、そのうち10億円は保有しても耐えられる(免責額)とした場合、土台(Primary)の保険会社は、大きな引き受けは好まず小さな引き受けを得意とする保険会社で損害サービスもしっかりとできるところA社に10億円を引き受けてもらう。A社はたとえ大損害(40~50億円)が発生しても10億円を支払って終わりで、さらに10億円の免責額があるので、根っこからの10億円よりも損害Hit率が下がるので保険料もその分下がる。Primaryの上に1st LayerとしてB社に10億円の引き受けを依頼する。B社も、Primary同様どんなに大きな損害が発生しても10億円の支払いのみで完結する
10億円とすれば引き受け易く、免責額(自家保有)+Primaryの合計額20億円が実質免責となるので、Primaryよりも更に損害Hit率が下がり、根っこからの20億円よりも損害Hit率が下がるので保険料もその分更に下がる。次に、2nd Layer
としてCapacity(引受能力)の大きな保険会社C社に依頼すると、C社は自家保有(免責額)+Primary+1st Layerで合計額30億円が実質免責となるので、Capacityに自信があるから20億円を容易に引き受けてもらえるし、根っこからの20億円よりも損害Hit率が下がるので保険料も更にその分下がる理屈になる。このようにして積み上げていけばHigh
Hazard Riskの高額な保険設計も構築できるようになるのである。
共同保険方式では、幹事会社1社とだけ交渉すればよかったのが、このLayer方式で保険設計するためには、保険会社の強み弱みを熟知し、どのLayerに参加できるかを勘案し、それぞれの保険会社との個別交渉が必要になるところから、保険の専門家(保険中立人=保険ブローカー)に委ねないと構築は難しいであろう。
日本企業も、下記世銀レポートにもあるように「保有」を上手に組み合わせた「最適な保険プログラム」の構築を目指して欲しいと願って止まない。
Combining insurance, contingent debt, and
self-retention is an optimal corporate risk-financing
strategy
(Author: E.Gurenko & O. Mahul, World Bank)
保険と緊急災害融資と自己負担額の組み合わせこそ最適な企業リスク・ファイナンス戦略である
(論文著者: E.グレコ/O.マハル 世界銀行)
以上
筆者
Sunnyforest 森島知文
1969年早稲田大学政治経済学部卒、保険会社AIUに入社。一貫して企業保険分野を担当し、経営者リスクの保険を日本に初めて紹介・導入する。その後、2001年に保険代理店シー・アイ・エス・ホールディングを設立、2009年、銀泉リスクソリューションズ(株)と事業統合し取締役支配人となる。損害保険会社/米国駐在員での知見を活かし、現在はフリーで企業のリスク・マネジメント/リスク・ファイナンス構築の啓発および実践を行っている。