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リスクと保険の広場

成長戦略を活かす「リスク・マネジメントと保険の手配」(その6)
重大事故/事件に学ぼう − 各PL事故の教訓

2015/4/1

森島知文
Sunnyforest
 

 円安の最大の享受者である自動車や電気/電子産業が絶好調だが、S社のトリプトファン2,000億円やBF社3,000億円等、過去に米国で日本企業が起こした巨額PL賠償事故例だけでなく、つい最近もT1社のエアーバックやT2社の薬剤訴訟の今後の行方が心配されるところであろう。このように、品質管理に少しでも油断をするとPL(Products Liability=製造物責任賠償)やリコールといった莫大な損失や企業の危機をも招きかねないリスクと常に向き合っていなければならない。


 日本において、1995年に施行された製造物責任法で「製造物の欠陥によって第三者に身体障害または物的損害が生じた場合の、製造業者等(*)の損害賠償責任」を定めている。従来は、製造物の欠陥により損害を被った消費者が製造業者の過失を立証しなければならず、またその立証は非常に困難なものだったが、製造物責任法ではこのような事態を回避するため、製造業者が無過失責任を負うと定められており、立証責任は製造業者に課されるようになった。
*「製造業者等」には、当該製造物を製造・加工・輸入した者、または当該製造物に氏名等を表示する
OEM供給先の業者等まで含まれる。(製造物責任法 第三条に該当)


 それでも、平成18年(2006年)に内閣府がまとめた「製造物責任法の運用状況等に関する実態調査報告書」によると、PLセンターで受け付けた製品事故相談事例は、法施行当初の平成7年(1995年)から平成16年(2004年)までの全相談累計件数で、7747件であり、他方、内閣府が把握したPL訴訟件数は90件である。ここから提訴件数の実数を推測することは困難だが、平成7年(1995年)から平成18年(2006年)までの11年間で、1000件はない、と見て間違いないであろう。なお、東京海上日動リスクコンサルティング株式会社の調査によれば、平成7年(1995年)から平成22年(2010年)までに同社が把握したPL訴訟件数は121件であり、このうち請求金額が1億円を超えたものは28件であるという。
 しかしながら我が国においてもここ数年間の間に、消費者活用製品安全法(消安法)が暫時改正されるようになり、「人身事故を起こせば刑事責任をも追及される」事態を招くように社会環境が大きく変化してきて、責任が問われる製造物の範囲も食品や人体に直接触れる製品だけでなく、消費者が直接使用する自動車をはじめ機械/電機/家具/玩具等あらゆる製造物(完成品)並びに、それを構成する部品や原材料に至るまで、そのメーカーや販売業者(輸入業者を含む)が「製造物責任(PL)」のリスクにさらされるようになってきていることに気づいておられるだろうか・・? (下図参照)



 次に、日本企業の主要海外マーケットである、米国・欧州・中国についてもみてみよう。

1)米国のPL訴訟状況の特長

1965年にPL法が施行。※各州法による
PL訴訟提起件数:年間十数万件(数・規模ともに世界でも群を抜いている)。
「弁護士費用の成功報酬制度(*1)」と、弁護士の数(全人口に占める割合が1/265、約105万人。日本の約20倍以上)も訴訟増大の一因。
「集団訴訟制度」や「懲罰的賠償(*2)」のリスク

 米国全体のPL訴訟提起件数は、年間十数万件といわれ、連邦地方裁判所に対する提訴件数だけでも年間1万件を超えるといわれている。賠償金額について、M社のコーヒーカップ事件(熱いコーヒーカップをこぼしてやけどをした老婦人に80億円)という想像を絶する高額賠償をもたらした懲罰的賠償(Punitive Damage)制度のある米国では、近年、上限の設ける州や事例が一般的になってきたとはいえ、米国司法省司法統計局(Bureau of Justice Statistics)が調査した結果によれば、平成8年(1996年)度の統計で、懲罰賠償の中央値は46万200ドル(1ドル≒約80円として3700万円)、賠償金が認められる判決中、懲罰的賠償が認められる割合は約3割とのことである。「集団訴訟制度」並びに「懲罰的賠償(Punitive Damage)」には特に注意が必要である。
 訴訟制度が全然違う日米なので、単純な比較はできないが、どちらの国において訴訟リスクが高いかと言えば、答えは明白である。日本のPLセンターへの相談件数(年平均1000件以下)と、米国におけるPL訴訟提訴件数(年平均10万件以上)を無理矢理比較しただけでも、100倍以上の差がある。
*1「弁護士費用成功報酬制度」とは、弁護に成功した場合、その勝ち取った賠償金または和解金の一定割合(通常3〜5割)を報酬として受け取ることができる制度。この制度の下で、「Ambulance Chaser」と呼ばれるように弁護士は数多くの訴訟を起こし、多額の賠償金を得ようとする傾向がある。
*2懲罰的賠償(Punitive Damage)とは、被告が故意または悪意に基づいて、原告に損害を与えた場合や、重大な危険に対して著しい注意義務違反があった場合など、被告の行為が強い非難に値する場合に認められる賠償責任であり、米国における訴訟制度の中でも、企業の賠償責任リスクを高める大きな要因となっている。PL保険では、当該懲罰的賠償(Punitive Damage)を明確に免責としている保険が社と、そうでない保険会社がある。また、州法によって当該懲罰的賠償を保険で保証してはならないと規定いる州とそうでない州があるので、米国で製品を製造・販売している日本企業は、現在手持ちのPL保険がどのような内容になっているか精査されることをお勧めする。


2)欧州のPL訴訟状況の特長

1985年に「製造物責任に関するEC指令」が採択。
EU加盟国は上記指令に従い、PL法が義務化され、現在27カ国がPL法を立法化。
欧州各国の司法制度や訴訟手続きが加盟国ごとにさまざまである。
PL訴訟の件数は、アメリカほどは多くない。

 EU域内の統合は前進しているものの、民事訴訟制度の標準化はまだ先のことになると考えられており、PLクレームの処理に際しても、各国の事情をしっかりと把握した上で対処することが肝要であろう。

3)中国のPL訴訟状況の特長

2010年7月1日に「権利侵害責任法(*)」が施行(中国で初めて個人の権利を認めた法律)
PLにおいては、製造業者同様に販売業者/運送業者/倉庫業者にも連帯責任を負わせている。
PL並びにリコールに米国同様の懲罰的賠償の権利が明記。
近年、人身損害賠償の範囲が拡大、死亡・後遺障害慰謝料と逸失利益が認定されたことにより、賠償金額も高額になりつつある。
PL関連のクレーム件数は、1985年は8,041件/年だったのが、現在約70万件に急増。

*「中華人民共和国権利侵害責任法」の注目点
@ プライバシー権を明確に保護
A 精神的損害に対する賠償を初めて明確化
B 使用者責任と労務派遣会社、労務派遣先使用者の責任明確化
C インターネット上の権利侵害行為を規制
D 施設等の安全保障義務違反による権利侵害行為の責任を明確化
E 製造物責任(PL)において連帯責任として販売業者も運送業者も倉庫業者も、製造業者同様に権利責任を負うことと求償権、更に米国同様の懲罰的賠償の権利が明記
F 普遍的な製品(自動車、食品、児童玩具、医薬品、家電等)のリコールについても規定
G PL同様リコールの実行性を高めるため「懲罰的賠償制度」を導入
H 賃借、借用した自動車での事故、自動車譲渡手続き中の賠償責任の明確化
H 中国経済発展における優先課題として「環境汚染責任」を権利侵害責任の角度から規範化
「権利侵害責任法」の施行により、 中国の弁護士曰く「今後は米国並みもしくはそれ以上の訴訟社会に変貌する可能性もある 」とのことに特段の留意が必要であろう。

 以上のような「製造物責任」に対応する保険としての生産物賠償責任保険(日本での商品名、英名=Products Liability Insurance/略:PL保険)は、第三者に引き渡した物や製品(Products)、業務の結果(Completed Operation)に起因して賠償責任を負担した場合の損害を、身体障害または財物損壊が生じることを条件としてカバーする賠償責任保険である。
 しかしながら、自社の製品の用途形態や製品の欠陥や瑕疵によってもたらされる事故には様々に異なるケースが顕在化してきたことで、単純にPL保険だけを手配すれば自社の製品の製造物責任を補償できなくなってきている。そこで、それらの事故形態に合わせて開発された主な「特約」について概括してみよう。

*製造・販売した製品自体の損害 ⇒「Itself特約」(当該製品の取替/修理費用等を補償)

*リコール損害 ⇒ 「リコール担保特約」 


*不良完成品損害/不良製造品損害 ⇒ 「不良完成品/不良製造品担保特約」


*対人/対物損害を伴わない経済的損失 ⇒「Financial Loss Cover/Manufacturer’s E&O」

 
 昨今の社会環境の変化並びに経済環境下において従来のビジネス慣習が崩れ、対人/対物と言った事故が起こらなくても、その製造物自体の欠陥(瑕疵)が見つかった時点で当該製品の回収/交換/修理(リコール)や、消費者に届く前の中間/完成品メーカー段階での様々な事故事例に対し、中間/完成品メーカーのコスト管理責任意識の増大および部品メーカーへの責任追及強化により、部品メーカーが中間/完成品メーカーから求償されるケースが増加している。

 また、多くの国が法律で保険の自国加入(付保規制)を義務付けているため、海外展開および海外に製品販売の拠点を有している日本企業におけるPL保険の手配には、特にその点への注意も必要である。

表)PL保険における主要国の付保規制とローカルポリシーの発行 参考例 

  中国 台湾 米国 シンガポール タイ マレーシア 香港 フィリピン 韓国 チェコ
付保規制
製造拠点        
販売拠点            
ローカル証券発行 必要 不要 必要 不要 必要 必要  不要 必要 不要 必要

※保険種目、製造/販売拠点とで付保規制の強制力は異なります。※ローカルポリシー発行は、個別案件によっても異なります。

更には、従来の製造物責任法が想定している被害者には「消費者」だけとの認識であったが、2012年1月30日の東京地裁判決によると、「法人としての国も賠償請求の主体になり得る」として陸上自衛隊のヘリコプター墜落事故の原因がエンジンの欠陥が原因と認定し、メーカーのK重工業に約2億3千万円の損害賠償支払いを命じた。
この判決により一挙に製造物責任のリスク範囲が増大したことになる。
ここで注意しなければならないのが、一般的な「生産物賠償責任(PL)保険」には通常
下記の特約が付帯されていることをご存じであろうか? 
〈PL保険の航空機用部品等除外特約参考例〉

AVIATION PRODUCTS EXCLUSION
It is understood and agreed that this policy shall not apply to personal injury or property damage arising out of products hazard and/or completed operations hazard in respect of the following aircraft products.
“Aviation Products” means:
(A) aircraft including missiles or spacecraft and any ground support, control equipment or ground handling tools and equipment used therewith,
(B) aircraft component parts furnished for installation or installed in aircraft including spare or replacement parts,
(C) training aids, instructions, manuals, blueprints, engineering or other advice and services and labor relating to (A) and (B) above 

 当該特約が付帯されているPL保険ではこの「ヘリコプター事故」は補償の対象外となってしまいます。特に、部品メーカーは自社の製品が何に使われているか、その用途をしっかりと把握し、万が一「航空機関係」に使用されている場合には、上記特約を削除するか別途航空機用生産物賠償責任保険(Aviation  Products Liability Insurance)に加入する必要があることに留意しなければならない。

 最後に、海外と取引を行っている日本企業で、国内のみの損害を補償する「国内PL保険」と海外での事故を対象とする「海外PL保険」を、別々に手配している企業が今でも圧倒的に多いのに驚かされる。このような事態は多分その企業と親しい保険会社の引受能力に拠る事由だとは思うが、PL保険の補償地域を国内外で分ける理由は全くなく、常識的にも経費的にもWorldwideで補償される「Global PL保険」に統一するべきであることを含めて、現在加入されているPL保険が、自社の想定リスクに適合しているのか、支払限度額は十分満たしているのか、海外付保規制に合致しているのか、弁護士対応等保険会社の選定に問題はないか等々、これを機会に再確認されては如何であろうか。

 日本国内または海外において、ひとたび、製造物賠償責任事故を発生させると、その影響範囲と損害(損失)は企業にとって財務インパクトや社会的信用を含めて甚大なものとなることを肝に銘じ、リスクコントロール(品質管理や事故軽減策等)並びにリスクファイナンス(保険を含めた合理的なリスクヘッジ策)をしっかりと構築していただきたい。

 

筆者
Sunnyforest 森島知文
1969年早稲田大学政治経済学部卒、保険会社AIUに入社。一貫して企業保険分野を担当し、経営者リスクの保険を日本に初めて紹介・導入する。その後、2001年に保険代理店シー・アイ・エス・ホールディングを設立、2009年、銀泉リスクソリューションズ(株)と事業統合し取締役支配人となる。損害保険会社/米国駐在員での知見を活かし、現在はフリーで企業のリスク・マネジメント/リスク・ファイナンス構築の啓発および実践を行っている。 



 

 

 

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更新日:2015/04/01