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リスクと保険の広場

成長戦略を活かす「リスク・マネジメントと保険の手配」(その8)
役員の責任 「Directors & Officers Liability 」

2015/8/1

森島知文
Sunnyforest
 

 このところ毎日のようにマスコミに取り上げられているT社の不正会計問題は、いずれ役員責任の追及所謂株主代表訴訟(しかも集団訴訟の恐れ)を含む様々な役員訴訟へと発展することは間違いないところであろう。経営上の失敗だけでなく法律に抵触するような不正会計/粉飾決算/税務処理/独禁法違反等で、過去にもそうそうたる日本企業の役員の責任が問われてきているが、なかなか役員責任の重さに対する認識が改まらないのは欧米に比べて株主の追及の甘さにも一因があるのかも知れない。筆者が1991年「役員賠償責任保険(Directors & Officers Liability Insurance)」を米国から日本へ導入するのにあたって、当時の経団連国際会議場でセミナーを開催したところ、150社ほどの経団連所属の出席企業の役員の方々から、「欧米では当たり前でも日本において役員個人が訴えられることなんかあり得ない」と総スカンだったが、今やそのように悠帳に構えていられないことを、企業の役員の方々は肝に銘じて経営にあたってもらいたいと念じている。
 そこで、役員訴訟リスクについて、保険を絡めて言及してみたい。
1. 役員賠償責任「Directors & Officers Liability 」

 日本企業の役員の方々が誤解されているのが、役員訴訟は「株主代表訴訟」だけだと思い込んでいる事である。上記の図の通り、役員の責任は「株主」だけでなく「第三者」に対しても責任を負っていると言う事をゆめゆめ忘れてはならない。役員訴訟の恐ろしいところは、「言いがかり」であっても一旦訴えられると、会社の顧問弁護士等も使えないだけでなく役員個人が弁護士費用等を負担して対応しなければならないし、役員訴訟の役員当事者が死亡した場合には、損害賠償責任も相続されることで、家族をも巻き込まれるというとんでもないリスクが潜んでいる事である。更に、自分の担当管轄外の役員が起こした不祥事が基で役員訴訟に巻き込まれた場合にも、役員に課せられた「善管注意義務」「監視義務」違反で、例外なく善意の役員個人も損害賠償の責めを負わされることである。役員訴訟は、会社の規模の大小(上場企業/未上場企業)を問わず、また実質役員だけでなく(多くの日本企業で活用されている)国内外子会社等における名目上の役員についても、法律上の役員責任に変わりがないことにも留意が必要である。
次に掲げる役員訴訟事例をみていただければ、単純な株主代表訴訟以外にも様々な形での役員訴訟がある事がお分かりであろう。

1) 当事者間役員訴訟
*F社の元社長が「虚偽の理由で辞任を強要された」として、F社の取締役・監査役に対して3億8000万円の損害賠償請求訴訟を提起。
*死亡退職した代表取締役の退職慰労金について、取締役会決議の放置と減額に対して、相続人が取締役会構成役員5人に損害賠償請求訴訟を提起。
*未上場企業の代表取締役が借入金を原資に株式投資して失敗。約3億円の損害を発生させた代表取締役だけでなく、他の取締役2名に対しても、代表取締役の監視を怠ったとして、株主が代表訴訟を提訴。

2) 従業員からの役員訴訟
労使間のトラブルにより、従業員から訴えられるのは会社だけでなく役員個人も訴訟対象となる可能性がある。
*営業ノルマを達成できなかった従業員へのパワハラで、精神的苦痛を被ったとして、当時の上司4人と会社に対して訴訟を提起
*秘書として安心してプライベートのことまで踏み込んで対応していたところ、帰国の段になっていきなりセクハラで訴えられた。T社の米国社長の場合1.90億ドルの訴訟額
⇔秘書との対応は日本企業の海外駐在員の一番陥るスキであることを自覚するべし。
*外食チェーン店に勤務していた従業員が急性心不全で死亡。その遺族が死亡原因は長時間労働にあるという事で会社および取締役を提訴
⇔会社と共に役員の責任も追及、認定(最高裁判決で確定)された。

3) 会社からの役員訴訟
役員は、株主や第三者のみならず、会社から訴えられる可能性もある。訴えられる理由は自らの行為のみならず、他の役員に対する監視義務違反を怠ったことで訴えられるケースもある。
*O社の損失計上先送り等の一連の事件に対し、取締役/監査役責任委員会から会社に提出された調査報告書に基づき、会社は現・旧取締役19名並びに現・旧監査役5名に対して損害賠償請求訴訟を提起


4) 名目上の役員訴訟
*本社では経理課長だったA氏は、海外子会社が買収した孫会社の名目上の役員を拝命していたところ、そこで進めていたProjectのトラブルで第三者からA氏を含む孫会社の役員数人と海外子会社の役員並びに本社の担当役員が提訴された。A氏の(訴訟対応のための海外出張費を含む)訴訟費用はすべて個人負担となり、最終的に500万円近い出費を強いられた。

5) 役員の相続人が被告となった役員訴訟
この事例は有名なのでご記憶の方も多いかも・・。
*K社は借入金で取得した自己株式を、取得価格と同額で100%子会社に譲 渡したが、この子会社が安値で他に売却したため、子会社は7億円以上の損損害が発生したことで、K社に当該子会社の株式評価損として1億5千万円が発生した。それに対して、株主から当時の代表取締役社長と取締役に代表訴訟が提起されたが、代表取締役の死亡により相続人である妻子5人が被告となり、1億5千万円の責任が認定された。

6) 海外事例に絡む役員訴訟
*精密機械メーカーの海外子会社の役員に不正取引があったとして、子会社の役員に加えて親会社の取締役も同時に提訴され、600万ドルの支払いを余儀なくされた。
⇔現地役員に任せきりにしておくと親会社の役員にも火の粉が・・・。
*メーカーA社の米国内の販売強化のため米国企業B社へ独占販売権をあたえることとしたが、その後A社はグループ会社との取引を重視し、B社への発注量を減少させた結果、B社はA社の社長を含む役員に対して契約違反があったとして、総額2,000万ドルの損害賠償が提起された。
⇔海外(特に欧米)は契約社会であることを自覚すべし

7) 不祥事を防止できなかった(内部統制構築義務違反)としての役員訴訟
*営業部門のカルテルが発覚。課徴金を支払ったが、会社が支払ったこの罰金分を役員が会社に埋め合わせろと株主が役員全員の責任を追求
*米国で大規模なPL事故が発生し、クラスアクションが起きたことで
多額の訴訟費用を特別損失として計上。この損失を役員個人で埋め合
わせるよう株主が責任追求

 役員訴訟とは、取締役や監査役が会社のために良かれと思って判断し行った 行為が結果として間違っていたと、株主やら第三者から会社でなく役員(経営陣)が経営Professionalとして個人の責任が追及されることで、すべて役員の個人財産からの対応を強いられるという大変恐ろしい訴訟であるが、従業員(社員)から持ち上がりでなるケースが圧倒的に多い日本企業の取締役(役員)に、その自覚が乏しいことに懸念を感じざるを得ない。

2. 役員賠償責任保険(Director’s & Officer’s Liability Insurance)

 このように役員(取締役/執行役員/監査役等)にとって恐ろしい役員訴訟から身を守ってくれるのが、役員賠償責任保険(略:D&O保険)である。
そこで、基本的内容を次に概説することにする。

D&O保険とは・・・、
 会社の役員(被保険者)が、役員としての業務の遂行に起因して損害賠償請求を受け、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る財産的損害に対して保険金が支払われる保険である。














 上記紹介した特約の一部の有無だけでも、「被保険者の範囲」や「補償の範囲」や「免責事項の無効=有責」が劇的に改善されるが、この特約の種類や内容においては、国内保険会社と外資系保険会社とでは相当の差が歴然としてきている。
 そこで、D&O保険に精通したProfessionalな保険代理店または保険ブローカーに、現在会社が契約しているD&O保険の実効性はどうなのかを確認して、役員の現状リスクに見合った最適/最良なD&O保険にしておかれることをお勧めする次第である。
 功成り名を遂げた暁に、役員訴訟という損害賠償相続で家族を悲劇のどん底に巻き込むことのないよう、日本企業の役員の方々に「役員責任」について今一度真剣に向き合ってもらいたいと念じている。


筆者
Sunnyforest 森島知文
1969年早稲田大学政治経済学部卒、保険会社AIUに入社。一貫して企業保険分野を担当し、経営者リスクの保険を日本に初めて紹介・導入する。その後、2001年に保険代理店シー・アイ・エス・ホールディングを設立、2009年、銀泉リスクソリューションズ(株)と事業統合し取締役支配人となる。損害保険会社/米国駐在員での知見を活かし、現在はフリーで企業のリスク・マネジメント/リスク・ファイナンス構築の啓発および実践を行っている。 



 

 

 

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更新日:2015/07/31