日本製無国籍医療ビジネス
日本医療ビジネスの国際化と可能性
2012/4/1
Yutaka Niihara (新原 豊)
とにかく日本製と言うのは評判が良い。機械類、衣類、器具等など、あらゆる分野において、日本人が作るものは、性能が良いだけではなく、斬新なアイディアや、未来を見据えた感覚に優れ、また何より耐久性がいい。安心して買え、長く使うことが出来ると世界中の人々に思われていると言っても過言ではない。そういった日本製品の優れた特性は日本文化の影響なのか、特別な遺伝子のお陰なのか、その両方なのか、どちらでもないのかは今のところ証明するつてはないが、その特徴自身を否定することは難しい。
そんな中、一つだけ不思議に思う分野がある。それは日本の医療分野である。この小論では医薬品、治療法に焦点をおく。しかしそれだけでなく、医療全体において、日本人の特徴と言うべき、群をぬいた高性能さ、効率の良さ、新鮮さと言ったものが、他の分野と比べて不釣合いに思えるほど発揮されていない。どちらかと言うと、製薬類はほとんど外来品に頼り、日本独自のものはどうも最前線から取り残されている雰囲気がある。それはどうしてなのだろう。
最近ある事実を発見をした。別にそれほど苦労をして見つけたわけではなく、探してみれば、簡単に見つかる資料の中に、多くの医薬品開発における日本人らしい活躍を見つけたのである。医薬品開発において、日本人の能力は他の分野に決して劣ってはいない。それどころか目を見張るような結果を多く残しているし、いまでも多くの日本人が最前線医療の開発にかかわっている。
例えば、Statin系の薬剤(注1)開発を挙げてみよう。この種類の薬は今世界で年間3兆円の売り上げを出している。歴史上最大の経済効果をもたらした薬である。もちろん、多くの患者を高脂血症や心臓疾患から救っている薬でもある。一般的には、この薬はアメリカで開発されたと思われているようであるが、原型を発見し、応用し、臨床治験まで持っていったのは日本人なのである。遠藤章博士(注2)率いるチームがその効能を理解し、劇的な高脂血症の改善能力を示した。しかしである。その治験が誤まった危険性の懸念を理由に日本では止められ、研究開発はアメリカに引き継がれてしまった。その結果、今アメリカ発の薬として世界中の患者に処方されている。
なぜこれほどまでの薬が治験まで進められたのに、日本ではそこで止まってしまったのか。本当におかしな現象だが、日本の製薬開発の現場にいる方々の話によると、新薬を開発するため、治験を先に進めようとするとき、「前例が不足している」という理由で当局に却下されることが多いとのことである。開発する側にとっては前例が無いからこそ新薬、新製品なのに、前例が無いため、危険、あるいは十分な裏づけが無いと先に進められないとなれば新薬が開発できるはずはない。
皮肉な話であるが、アメリカでStatin系薬剤の開発を引き継いだ2人の研究者ブラウン博士とゴールドスタイン博士はその研究でノーベル賞を受賞している。それでいて、遠藤章博士は日本国際賞に甘んじた。われわれ日本人にとっては非常に残念な話である。
今でも、日本人の開発している薬品や治療法には革新的なものが多くある。その例をいくつかあげてみよう。まずワクチンである。日本人特有の綿密な方法で副作用が少なく、効果の高いワクチンが開発されつつある。それらが日本発のものとして世界に広めることができればいいのだが。これまでの例を鑑ると、先行きに不安が残る。
もう一つの例は岡野光夫博士が開発した細胞シート技術による再生医療である(注3)。この治療法は全くの新しい医療分野を切り開いた。不治と言われてきた目の疾患や心臓の疾患を、比較的簡単に改善し、併発する問題も最小限に抑えるという、驚くべき技術である。これはヨーロッパをはじめ、世界が注目している。しかし、一部の初期ステージ治験以外は、日本ではなく、欧米において大掛かりな治験も含め始められている。しかも欧米の政府に支援されている事実を挙げておく。この数年、日本経済の落ち込みにより、世界に対する日本の役割を私たちが見失っているように感じる。せめてこの技術が生まれたのが日本であると世界の人々に認知していただき、忘れないで欲しいと日本人として切に思う。
本来あるべき姿のためには、日本の企業がこれらの開発を請負、政府の監督官庁がしっかりとそれらを支援し、効能、安全性を確かめ、世界市場で得られた経済的利益を日本にもたらすことができるような制度を構築すべきである。そしてその利益をさらに素晴らしい技術を日本から発信するために有効利用することが日本の世界に対する責任なのではないのだろうか。
決して、日本だけで甘い汁を吸うと言うのではない。日本人の持つ開発能力を医療の面でもしっかりと使い世界に貢献することが日本の責任であり、あるべき姿だと私は確信している。
以上
編集者注