日本製無国籍医療ビジネス
アミノ酸
2012/11/15
Yutaka Niihara (新原 豊)
たんぱく質の素材であり、それ以外でもわたしたちの新陳代謝におけるあらゆる面で必要とされているアミノ酸の生産を産業化したのは日本である。明治時代に池田菊苗博士(注1)が昆布などから採られるの「うまみ」の成分がグルタミン酸ナトリウムであることを発見し、抽出法により、大豆や昆布からその成分を引き出すことからアミノ酸産業がはじまった。1950年代には木下祝朗(注2)と鵜高重三(注3)らにより、さらに効率のよい醗酵法を利用して、選出されたバクテリアに質の良いアミノ酸の大量生産させる技術を開発し、日本でのアミノ酸事業は揺るがないものとして確立された。
現在では、あたりまえのように20種類すべてのアミノ酸を栄養素、医薬、研究材料として生産できるようになっている。しかし、そのような中、世界で医薬品として米国FDAに認められる質の高いアミノ酸をつくれるのは、現時点でも、日本の味の素社と協和発酵バイオ社だけなのである。
非常に残念に感じるのだが、このアミノ酸の生産が徐々に外国に移されていっている。それだけでなく、最高質のアミノ酸へのこだわりがやや薄れてきているようにも見える。味の素社はブラジルをはじめ多くの国々に工場を設け、協和発酵バイオ社は中国を中心に生産の拠点を日本の外に移している。現在の経済の流れ、為替の動きを考えると、『賢い英断』なのかもしれない。でも長い目で見たとき、それは日本にとっても世界にとってもあまり有難い話ではないのではと思われる。
まず日本にとってであるが、アミノ酸生産には糖分やでんぷんを豊富に含む植物を必要とする。積極的にアミノ酸事業を日本で営んでいくことは農作物に付加価値をつけ、需要に追いつくためには農業の活性化に繋がるはずである。その上、アミノ酸を生産する段階でエタノールなどの副産物も比較的安く作ることができる。話が飛躍してしまうかも知れないが、ある意味これは植物性有機物を原料とした触媒産業開発の基となるのではとも思われる。実際、サトウキビからゴムを作る触媒技術もすでにあり、今実用化されようとしている(注4)。
次に世界にとってである。日本で産業化されると、どういうわけか世界で最も優れたものが次々と開発されると世界では思われている。たとえ、一部の工場などを世界の各地に置き、現地生産を可能にする計画を立てたとしても、主体はやはり日本に置き、そこで生産と開発を日本人の手に任せることが世界にとっても一番有難いシナリオなのでは、と今までの産業の歴史を見ると感じてしまう。
私の個人的な意見であるが、これからアミノ酸の需要は世界中でさらに増え続けていくと確信している。余談になるが、わたしどもの開発している鎌形赤血球の治療法もアミノ酸を中心とした治療法である(注5)。経済的に日本でアミノ酸を原料から、製品まで持って行くことには難点もある。確かに、これから益々伸びていく産業として、世界各国に拠点を持つようになることを視野に入れるべきであるし、すでにそのようになってきている。ただ、残念なのは、原料生産、製品化がどんどんと日本を離れていっていることである。アメリカが必ずしもすべてにおいて正しいわけではないが、やはりアメリカの強さは食料とエネルギーの自給を大切にしていることだと感じる。アメリカもあらゆる産業を世界各地の経済性の良い場所に移しているが、農作物とエネルギーの自給だけは譲らない。
日本も世界に拠点を構築しながらでも、このように、農業や他の産業を活性化させる可能性のある事業は、独自の想像力、開発力、耐久力を生かし、何とか日本に本拠地を残し成長させて欲しいものである。これから、薬品、化学製品、農産物を基盤とした触媒、再生可能エネルギー生産において、日本が世界をリードすることは責任だと思う。そして、その第一歩として、この素晴らしいアミノ酸生産を原料から最高品質の製品生産までを日本でもっと拡大する工夫をできることを願う。
以上
編集者注