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中国ビジネスの行方 香港からの視点

港湾業の深センと香港の協力は可能なのか

2012/2/1

湾仔

 本稿は深セン(深圳)と香港との港湾業の協業の議論だが、中国発の海運不況の一端を窺い知ることができる。
 
1. 巨大projectと資金
 深セン市の5ヵ年計画の一部に“2015年までに深センをGlobal Logistic Hubに”という案が出された。昨年末に「前海深港現代サービス業合作総合開発計画(注1)」なるものが発表され、これが香港サイドで大きな議論を呼んでいる。
 一般に政府高官は、より大きな、よりカネのかかるproject が大好きで、この案件でも市政府のシンクタンクが次々と構想を発表している。
 この前海project は2850億元(約3兆4千億円)の巨大projectだ。資金があれば問題はないが深セン市の公式発表では2010年160億元の歳出過多となっており、これに充当すべき土地開発による収益は地価の下落によってかなり困難視されている。新たな財源の目処もないようで香港に(政府及び民間企業に)協力させようということらしい。
 深センは改革開放当初より港湾開発に巨額の資金を投じ既に深センの中に塩田、赤湾、蛇口、大鏟湾と4か所のコンテナターミナルを造っており、近くには広州の南沙ターミナルもある。いずれも水深15m級で広いターミナルと多くのGantry Craneを持ち、更に拡張中だ。(香港のHutchison Terminalは香港の巨大財閥である李嘉誠傘下のHutchison Port Holdingが開発した。同社は世界一の港湾業者だ。同じ華僑系のロバート・クオック傘下のKerry Logistic社なども世界中の港湾事業に根を張っているが、彼らのTerminal Operatorの経験を生かして珠江デルタの港湾は発展した。深センのターミナルも彼らの資金力と安い労働力を使っての運営で発展してきた。)
 深センでは本土貨物と海外からの本土向け原材料の荷役のみとなっているが、香港は労務費も高く、どのようにして深センと棲み分けするかを考慮した結果、通常のコンテナターミナルでの本船荷役では限界があるので珠江デルタからバージで輸送されてくる貨物の積み換え(transshipment)に注力した結果、現在ではこれが全体の30%にも上っている。
 
2. 前海project の概要
 香港の西側で珠江に面した深セン市側の前海湾に15キロ平方の特別区を設け、Supply Chain ManagementのGlobal CentreとしTariff-Free Zoneとするprojectだ。具体的には諸税の減免、特別銀行ローン、行政の簡素化などを謳っているが、要するにSupply Chain企業の呼び込みを目的としている。元々の構想は2010年8月に北京政府が「深セン・香港現代サービス業協力ゾーン(注2)」なる計画を出し珠江地区のマンハッタン化(New York/New Jersey両港の協業)のテストケースだと打ち出したが、あまりに野心的で実現の可能性は乏しいとされた。
 今回の構想では前海地区をsmall 香港として法体系も行政も香港並みとし、金融の独立、更なる自治権の付与も謳っている。更に香港並みの反汚職システムの導入まで踏み込んでいる。香港のICAC(Independent Commission Against Corruption;香港汚職対策独立委員会)は強大な権限を持っており、このため香港では汚職は少ないが、このような組織が果たしてできるのか、また前海独自の法制度を導入、その地区の高級官僚は収入と全収支報告の開示を義務付けよう、ombudsmanも起用と世界最先端の資本主義市場の香港と同じにしようという構想だ。
 
3. 香港サイドの反響
 前述の深センの一部地区に限っての改革案は過去にも何回か出たことがある。但し既得権益を持つ団体などの反対によって都度潰されている。今回も同じ運命をたどると香港側は見ている。特に汚職退治のICACのごときものが出来るはずがないと言う。
 資金面ではこの総所要資金は香港国際空港の第三滑走路建設に要する資金とほぼ同額なので緊急性からいえば滑走路に資金は回すべきだという意見もある。深セン側の本心は何とか上海港を追い越したい(地方政府は港とか空港とか鉄道網などで他地域との優位性を常に重んじている。珠江デルタの関東平野ほどのところに、香港、マカオ、深セン、広州と4つの大空港が競争しているのも一つの好例だ)ということだが、上海・深センは全く異なるマーケットからなっており競合自体が不合理だ。
 更に深セン港は基本的に香港と競合関係にあり、前述のように深センは中国本土貨物、香港は珠江沿岸地区からの貨物の積み換え港(transshipment)としての魅力がある。
 港湾事業は今後さらに発展が望める産業ではなく、香港独特のservice export(financing, marketing, supply chain management)に特化すべきである。更に民間資金(前述の華僑系)はすでに世界各地の港湾に投資しているので、さらに珠江デルタに投資するとは考え難い、等々。
 
4. 深セン側の動き
 一方深セン側は1月に入り世界最大のlogistic centerをつくるので是非香港も協力してほしいと香港政府に大々的に呼びかけを行った。
 即ち、市政府のFeasibility Studyではlogistic serviceの更なる増大が見込まれる。市はいくつかの多国籍企業から出資のコミットを得ている。(ただし、名前は明らかにできない)もし香港の協力を得られるなら上海を抜いて世界最大の港湾となる。税制面のみならず雲南、貴州、四川、重慶などと高速道路網を完備する。但し香港・深セン両市の法律と行政の巨大な違いを考慮すると実現には時間はかかろう。といったことを広東省副省長は香港政府のトップに伝えている。
 余談だが、深セン・香港の協力関係の一つとして“本土の妊婦が不法に香港に入国しないように”、深センで不法出国を厳重に取り締まるとまで好意を示している。これは近年香港で、本土籍の女性が香港の病院で子どもを産む(出生地主義なので子供は香港籍を得る)ケースが激増しており、香港人が産科の病院を確保できないこと、また、学齢期に至った子供も増え香港の小学校まで満員となり社会問題化していることを踏まえての発言のようだ。
 いずれにしても深セン・香港の港湾問題は更に議論を呼ぶであろう。
 
 少し冗長になるがこれらの議論の背景として中国全体の港湾事情を以下に見てみよう。
 
5. コンテナ船運賃の推移
 コンテナ船の出現は1960年台の画期的な出来事であったが、その後順調にコンテナ貨物も増え需給バランスが取れていた。90年台までは釜山、香港, 高雄が中国沿岸向けの3大積換港(ハブ港)として機能しており運賃もそれほど大きな変動はなかった。2000年になると中国経済の大きなうねりと中国特有のすべての面での過剰とがミックスして大混乱が起きるようになった。2005年頃までは中国からの輸出貨物の増大(組立型加工貿易なので日本からの部品輸入も同時に増大する)もあってコンテナ運賃は上昇基調にあったが中国の港湾・船腹・コンテナの過剰などにより2006年には運賃値下げ競争、2007年には資源高による回復2008年から下落と大幅なブレを繰り返していたが海運業全体としては不況に入っていった。
 2011年11月になるとアジア・欧州航路が30%以上の暴落という結果となった。コンテナ船は10年前の2倍の積載量を持つ大型船が導入され、更に市況悪化の際は新造船の船価も安いので2011年はコンテナ船発注が10年度の2倍にもなるという船腹過剰にも原因がある。
 一般には大型コンテナ船は中国・北米の太平洋航路および欧州航路に配船されているが最近では前者が10%以上、後者は40%以上の値下がりとなっている。(本稿では詳細は省くが大型バラ積船の傭船料は、中国が鉄鉱石とかグレインの輸入に走ると急騰、輸入を控えると急落となる)2006〜2010年迄は新造船ブームで上海から南の沿岸に次々と造船所が新設されこれが港湾とともに船舶過剰を生んでいる。
一方日中間は小型コンテナ船が中心で90%は中国船と思われる。1/3が日本からの機器の輸出、2/3が中国からの衣料、雑貨だが3、4年前には運賃ゼロとか現金でリベート付といった条件で中国の海運会社が日本の荷主集めに奔走し問題となったこともある。
 中国が世界の工場と言われた時代はまだ良いが、世界の工場の衰退とともにコンテナの世界での流れも大きく変わるものと思われる。中央政府は2012〜2014年にかけコンテナ量は年率9.5%の増加を見込んでいたがこのまま強気が通るとも思えない。
 
6. 中国の港湾の乱開発と過剰な造船所
 元々香港以外に深水港のなかった中国沿海部に今では上海、深セン青島、寧波、天津、大連、広州に深水港と大型バースが出現した。
 経済原則を無視した計画経済と言ってしまえばそれまでだが、この中で特筆すべきは上海の洋山港だ。揚子江の河口に位置する上海にはいくつかの港があるがいずれも水深10m以下で常時浚渫も必要で大型船は入港できない。そこで上海市の東南30キロ沖合の島に洋山港を建設した。陸地から長い道路、32.5キロの橋を経て港に入るが当初の所要資金は160億米ドル(当時のレートで1兆8千億円)であった。上海は揚子江流域内の流通で伸びており、当初の計画では2007年5バース、2010年16バース、2020年52バースとなっている。但し、東京湾内で東京、横浜、川崎、千葉の各港を集めるようなものでこの間に運賃値下げ競争が起こったが地方政府として運賃はともかく港湾設備利用料をとれればよいとしている。いずれにしてもこれだけ港湾がふえると、貨物の集荷と共に船に寄港してもらうよう港湾間の競争となっている。
 他方、造船所の過剰によって船主側は高い燃料費と厳格な環境基準にどう対処するかと言った高いハードル以外に船腹過剰問題に直面している。特に2010年から新造船ラッシュで拡張を続けた中国、韓国の造船所はすでに新規受注がほとんどなく船台余剰が起きている。ゴールドマンサックスなどは中国・南米航路が活況を呈するとみているがこれはコンテナ船ではなく、穀物などを運ぶ大型バラ積船のことであろう。
 
7. 主要港のコンテナ扱い量
 2004年まで香港とシンガポールがコンテナ扱い量の世界一を争っていたが、2005年に香港はシンガポールに抜かれ2007年には上海にも抜かれた。2007年と2010年の取り扱い上位を見ると

2007年    2010年  
シンガポール 27.9 上海 29.07
上海 26.2 シンガポール 28.43
香港 23.9 香港 23.63
深セン 21.1 深セン 22.51
(数字は百万TEU:TEU=貨物取扱数量の単位で20ftコンテナ換算、twenty-foot equivalent unit の略 )
以下順位のみ 
釜山   釜山  
ロッテルダム   寧波  
ドバイ   広州  
高雄   青島  
ハンブルグ   ドバイ  

 2011年の数字はまだ出ていないが上海の1位は変わらないであろう。ただ深センは香港を抜いて3位には至らなかったようだ。
 問題はコンテナの積み下ろしのあと空コンテナの集荷だ、香港は海運業の情報の最先端にあり、従って空コンテナの集荷を得意としている。コンテナ自体が過剰の状態で(コンテナの製造はほとんど中国なので、コンテナ自体の過剰もかなり前から起きている)既にidling container(稼働していない)は全世界のコンテナの5%にものぼる、港湾にparkした場合、費用がかかるので内陸の工場などにそのまま放置されているケースが多い。
 別の議論だが、かねてからコンテナ船大手は数社による共同運航を計ってきたが、集荷面でうまくいっていない。最終的にはコンテナ船はマースク(デンマーク)、MSC(スイス本社、イタリア資本)、中国中海集団など事業規模の大きな船会社が有利との見方とこれだけ過剰になるとLNG運搬船など特殊船に特化した方が有利との二つの見方がある。

8. 今後の動き
 香港・深センの協業の動きはコンテナ業界の不況のあおりを受けしばらく大きな動きはないとも思われるが、深セン側も港湾業のみならず産業の高度化など大きな問題を抱えており香港化は或る程度必要との認識もあるのでさらに彼らの動きを見守る必要があろう。


以上
 

脚注
 
注1

http://www.hkpost.com.hk/index2.asp?id=1465:最終検索2012年2月1日
 

注2

http://www.hkpost.com.hk/index2.asp?id=122:最終検索2012年2月1日
 

 


 

 

 

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更新日:2012/10/30