中国ビジネスの行方 香港からの視点
今年の秋は中国では「政治の秋」
“人々は秋の共産党最高幹部の人事異動に異様に注目している”
2012/3/1
湾仔
今年は3月の第11期全国人民代表大会第5回大会と秋の中共第18回全国代表会議と続く。既に色々な噂が駆け巡り共産党内の熾烈な駆け引きが外にも流れている。続発する農民の暴動とか、政治に直結する事件などからこれらの背景を探ってみよう。
1.続発する農民暴動
最近広東省で農民暴動が続いている。南部とはいえ内陸は厳しい寒さだ、従来暴動は春以降気温上昇とともに発生していたが、最近は春節前の賃上げとか、工場移転反対など生活に直接拘わるものは、厳冬といえどもストが起こっている。逆に言えば春以降更に暴動が増えるともいえる。一方、中国のネット人口はすでに5億人ともいわれ公安当局の懸命の情報規制にも拘わらず、完全に規制するのは不可能との見方もあり、これが中国は一体どうなるのかという議論に発展しているが、現状は極めて厳しい警察国家でもあり、現体制が簡単に崩壊するとは思えない。
既に北京政府も危機管理の一環として公安関係の財政支出を大幅に増大させている。実際の金額では6000億元を超えて国防費と同額かそれ以上と言われている。(但し軍隊と地方警察との間では利害関係が錯綜しており、更に待遇問題もあり軍と警察との衝突事件も多発している)これだけの軍、警察、民間の政府への情報提供者などに囲まれた社会でもあり、最近は経済成長に伴う既得権益を持った集団が体制の維持を図っているので暫くは現体制が維持されるであろう。それがためにも秋の人事異動が最大の関心事となっている。
2.暴動などの背景
北京政府は暴動を集団行動事件と表現するが、2010年は全国で9万件と報じられている。民間の報告では一日500件(年18万件)とも言われている。暴動の内容は(a)農地不法占拠に対する農民のデモ
(b)チベット、新疆ウイグール地区、内蒙古など漢民族以外の土地での暴動(最近は特に警官の発砲による地元民の射殺とか地元民の拘束などの事件が多発している)
(c)工場でのスト=外資系に特に多発=などがある。
(b),(c)については機会を見て別稿で説明したい。
何れにしてもこれらが大幅に増えている背景には都市人口が農村人口を2011年に上回ったということもある。ただ、「中国の経済問題もチャイナリスクもその源をたどればすべて人口問題に結びつく」という過去数十年来の同じ問題に行き当たる。
3.広東省の農民暴動 (烏坎モデル)
昨年、広東省の村で抗議行動が頻発した。汕頭市海門鎮では6千人の村民が石炭火力発電所建設反対運動を起こした。農業の他に漁業もあり、工場廃液で魚がとれない、窓も開けられないといった苦情から暴動に至ったが、一般に南部の農村は人口密集地帯でもありこの種抗議活動は次ぎ次と伝播する可能性はある。
昨年9月には広東省汕尾市烏坎村では農地を市の共産党書記がデベロッパーに売却し工業団地、別荘地などに転用するとしたことに対し農民が一斉に蜂起した。一説によるとこの開発は20年来問題とされていたもので、この間に市の幹部が巨額のワイロを受け取っていたとされている。
12月8日に農民が道路封鎖を行ったが、警察が直ちに鎮圧し、農民のリーダーと幹部を拘束した。ところが、リーダーは取り調べ中に死亡、警察は心臓発作と発表したため、村民は拷問によるものと怒りに火を注ぎ、14日には更にデモは拡大した。香港のマスコミなども現地入りして詳細な報道を流し始め、ネットの発達もあり、農民側も次々情報を得て数万人が参加し広場に座り込みを行うなどまさに反政府デモの色彩となった。
これに対し、秋には共産党トップの政治局常務委員(Politburo Standing Committee)入りを目指す広東省書記の汪洋(注1)は異例ともいえる農民の意向に沿った解決を支持した。その結果、今年に入り2月11日農民の要求に基づく村内の7地区でそれぞれの代表を選ぶ選挙が行われた。(村は共産党の最下部組織で直接選挙は許可されているが、候補者は当局から指名され、農民も選挙については知らないものが大多数で、選挙が実施されたことはなかった)
この選挙を民主化の第一歩と見る論調はほとんどないが、汪洋書記の早期収拾策は一応の成功と見る向きは多い。選挙も実行され、リーダーの遺体も2月16日頃村に返されたという。勿論遺体返還などで香港紙は親族の不満などを報道しているが、すべては公安に鎮圧されたとみる方が妥当であろう。
この事件から急に今秋の共産党常務委員候補に脚光が浴びるようになった。汪洋のライバルは重慶市書記の薄煕來(注2)で下記の事件からマスコミは連日「汪対薄」の記事一色となっている。
4.重慶事件
広州での騒動が一段落すると重慶市が薄煕来重慶市共産党書記の片腕といわれる王立軍副市長を解任するという事件が起こった(注3)。既に情報がいろいろ流れているので、簡単に流れを追ってみよう。
警察関係の職務を外し、教育・環境などの担当副市長とするもので、表向きは業務多忙によりストレスがたまり休養が必要なためとした。重慶市は中央政府直轄地でトップの薄書記は共産党常務委員の有力候補でもある。王立軍は薄煕來に重用され遼寧省の小都市の警察から突如重慶市の警察関係の副市長となり、悪名が高かった重慶のギャング団の一掃に成功した。ところが、解任される前に彼は成都(四川省省都)のアメリカ領事館を訪ね、一泊した。ネット時代なので映画のようにその時の実況報告が続々とネット上に流れた、香港紙によれば王副市長は春節前に中央規律検査委員会から接触を受け、汚職について査問されたらしい。汚職退治に成功した彼が汚職容疑で査問されるのもおかしな話だが、汚職をしていない政治家、官僚は殆ど皆無と考えれば納得がゆく。(2011年汚職官僚は14万人逮捕されたと公表されている。最近では解放軍の谷俊山中将、広東省共産党委員会周鎮宏部長など大物が捉まっているがあまり新聞種になっていない)そこで彼は身の危険を感じおそらく亡命を希望して、重慶から近い成都のアメリカ総領事館に2月6日夕方駆け込んだとされている。彼は翌7日午後6時ころ総領事館から一人で出て来て、8日朝北京に連れてゆかれた。重慶市も事態を重く見て7日数十台の警察パトカーなどで総領事館を取り囲み、それに対し成都の四川省警察も更に車両などを動員したため、近隣は大混雑となったようだ。このため、黄重慶市長も北京に事情説明に行くなど大騒ぎとなった。
一方薄煕來書記はマスコミなどに出ず消息不明の状態であったが、偶々カナダのハーパー首相が北京のあと広州と重慶に立ち寄り、薄書記と面談などがあったのでニューズで彼の健在が確認された。更に2月20日の報道ではヴェトナムからのミッションと重慶で会談したとなっている。但しこの件は更に尾を引くと思われるのは、亡命希望者を何故受け入れなかったのかという疑問が米国議会あたりからいずれ出てくると思われる。一説には米総領事は本件を北京の米大使に連絡、米大使は本国と連絡し習近平氏の訪米時でもあり亡命を断ったという穿った見方もある。
5.広東モデルと重慶モデル
一般には広東省の汪対重慶の薄がライバルとして、広東モデルと重慶モデルとして喧伝されている。重慶市でギャング一掃作戦を薄がやったが、前任は汪であった。香港紙は両者の違いをpro-reform
vs pro-socialism, cake-making vs cake-sharing, freewheeling
capitalism of Hong Kong vs the state controlled capitalism of
Singapore と解説しているが、両者とも共産党の枠内なのでそれほど大きな違いはないように思う。両者とも秋の政治局常務委員会入りを狙ったパーフォーマンスをいろいろやっているが薄煕來はいわゆる太子党ではあるが、打黒(ギャングなどの黒社会一掃)唱紅(革命歌を歌う)キャンペーンで名を挙げたので外部では左派勢力の支持を得ているとも言われている。汪洋が中国共産主義青年団[共青団]出身で共青団対太子党という構図を流す報道もある。王立軍を査問した中央規律委員会主任の賀国強は1999〜2002年まで重慶市党書記でもあり、薄の打黒運動に不満があったとか、重慶市の公安のトップが王立軍に代わり共青団出身の関海祥が起用されたとか、「薄煕來に対する共青団の勝利」と報道され目下のところ薄書記が不利だが何れにしても共産党内の権力闘争は想像を絶するもので部外者には途中経過は一切わからない。
1995年に北京市の陳希同書記、2006年に上海市の陳良宇書記と汚職など刑事事件で追われたが、重慶も含め中央の直轄地は狙われやすいようだ。
6.政権交代で最も困るのはビジネスの世界?
一般のビジネスマンにとっては共産党のトップ人事は雲の上のことでとなる。ところが、大プロジェクトから小さな商売に至るまで中央・地方両政府との普段からの関係が中国では最重要項目となる。現地に進出した工場のトップは地方の市などと関係を結び、税務署・警察・消防・税関など全てと良好な関係構築が必要となる。トップが毎日接待するわけにも行かず、大工場ともなれば「関係部」を設けて末端組織と良い関係を保とうとする。一方、中央・地方政府の最上層部と関係を付けなければ仕事は運ばない。そこで「関係」=guanxiが必要となる。
中国以外でも関係=コネはビジネスに役に立つ場合が多い。ただ、中国でいう「関係」はかなり複雑で筆者も解釈に苦しむが、中国では純粋なビジネス関係ということはあり得ない。少なくとも互いに利益を享受できる関係がなければ事業は一切進まないと見るべきであろう。そこで既得権益集団と共にコネは無限に増殖してゆく。
其の為、企業はguanxiつくりに奔走する。外資系の場合、この点は現地人に頼らざるを得ない。彼らは皆、副首相級に繋がっているという。但し似た案件でもそれぞれ別の副首相級となる。お互いに縄張りがあるのだろう。「関係」係が二人いて、同じような案件なら一人が一緒に持ち込めばと思うが、彼らは決して別の案件を担ごうとしない。要するに案件ごとに縦の長い線がありそこに多数の中央・地方の官僚が結びついて、それぞれ何がしかの利益(分け前)にあずかるとしか想像できない。
10年に一回の共産党幹部の移動によって、この縦の線は大きく変動することは過去にもすでに実証されている。一般に中国人は他人を信用することなく、同郷人くらいしか信用していないのだろうが、この時期、一番悩んでいるのは「関係」係りだろう。下手をすれば失職となる。と一般には考えられるが、何しろ利に敏い彼らのことだ、パイの分け合いを工夫して関係を続ける可能性もある。但し、経済がこのまま高度成長することが条件となるが。
そこで砂糖に群がる蟻のように長く連なった既得権益集団と「関係」係りの楔のどこかに繋がろうとこれから秋まで彼らの戦いが続く。
以上