中国ビジネスの行方 香港からの視点
China Modelの終焉と高齢化社会の到来
2012/4/1
湾仔
今年は胡・温体制の最終年なので3月の北京での全人代での共産党幹部の発言などがマスコミを賑わしていた。10年に一度の党最高幹部の入れ替えの時期でもあり、この稿でも経済などの先行きについて少しうがった筆者の考えを記して見た。
温家宝首相の政治活動報告注1も財務報告も、何時ものことながら特に新鮮味はなく、メディアでも言いたい放題で解決策はなしと失望の記事が多い。これは改革の加速を期待していたことと、より透明性の高い数字を求めていたことの裏返しともいえる。すべての問題点は中央政府も熟知しているが問題の一つでも解決しようとすると既得権益擁護派と反対派の対立となってしまい、政治問題となってしまうので解決はすべて先送りとなる。
1. 方向転換を迫られた中国経済
中国経済を見ると不動産バブル、投資・輸出依存型からの脱却、所得格差、環境問題、蔓延する汚職などどこを向いても解決困難な問題に突き当たる。最近欧米の新聞でもcrashとかhard
landing と表現する記事が目立つ。「2012年の経済成長を7.5%に」という数字で「高度成長から安定成長に(経済の質の改善)」などといろいろ解釈はあるが、そもそも7.5%という数字はどこから出たものだろうか。
20年前は政府発表のGDPから3%を引けと言われていた。最近では5%を引いた数字が実態に近いとも言われている。7.5%を目標としても地方政府は高度成長至上主義なので最終的には7.5%を大幅に上回る数字が集まると思われる。また、最低7%の成長がなければ雇用を確保できないというあまり根拠のない説が政府高官からも発信される。高騰する賃金、労働人口の減少などから輸出と固定資産投資が主体の高度成長が限界に達していることは自明で、産業の高度化とか内需拡大(新成長モデル)は何年も前から叫ばれていたが、実際には全く進んでいない。過去20年は先進国向け商品の輸出で過剰な生産設備を生んでしまったが、何とか旨くやり抜いてきたと思う。ところが先進国の需要にも限界があり過剰生産品を中国内及び中国以外の新興国で捌こうにも無理がある。更に賃金高騰などの国内問題もありChina
modelは転換を余儀なくされている。アメリカの著名なfund
managerなどは次の10年の経済成長は3%という人もいるが、まさか前述の3〜5%引きの成長率を当てはめた訳ではないと思うが。
2. 成長モデルの転換を阻む不透明性
10年くらいのスパンで見ると世界の経済は極論すればゴールドマンサックス(以下GSと略す)などの証券系金融会社が誘導してきたとみるのが実情かも知れない。中国経済の旗振り役はまさにこの連中であった。cheap
laborを使ってまず繊維産業を立ち上げ、次に中国を組み立て工場として日常雑貨を安く先進国にもたらす、いわゆるウオルマート効果の確立から始まった。GSが作ったBRIC’s(今では南アフリカを加えBRICSとしている)なる言葉で金融機関も次々とfundを立ち上げこれら新興国への投資を慫慂した。(BRICSはもともと英語のbrick=煉瓦からとったのだろう。日本では煉瓦は何か強力な印象があるが、英語では積木も意味して何かもろい、崩れやすいという感じもある。或いはこの言葉の発案者Jim
O’Neill注2はそこまで考えていたのかどうか?)但し、彼らは証券会社なので投資判断に視点を置いている。彼らの説明はある程度割り引いて考える必要がある。
統計の疑わしさは社会主義・計画経済の場合はある程度許されると筆者はみる。インフレ率などは南米諸国でもかなり疑わしいが中国でもエネルギーなど主要品目は政府の価格管理下にある。依然としてエンゲル係数の高い国なので食料価格の趨勢がインフレ率の高低に直接連動する。市場に至るまでの卸段階までは嘗ての糧油総公司などを継いだ国営企業が握っているので価格の操作は簡単だと思うが、実際には若干低めにCPI(消費者物価指数)を発表している。一般には政府発表数字よりインフレは進行していると見られている。(香港の老人が老後、生活費の安い広東省で暮らすケースが多かったが、最近では香港の方が安いと香港に戻るケースが多いという)
一方、中国の各月のGDP成長率の発表を見ていると、まず発表の数週間前からGSとかHSBCなど金融機関の中国系アナリストから予想数字が出る。これらの数字に大きな乖離はなく最終的に一つの数字に収斂するが、その数字が国家統計局発表の数字と近いものとなる。いうなれば彼ら中国系アナリストには御用学者のようなものも多く、中国系fundを売っているのであまり無茶なことは言わない。従って中国経済はいずれsoft
landingするであろうと楽観論を唱える。
最近では日本のマスコミも中国が失速すれば世界経済のリスクとなるといった論調が多いが、上記の中国系アナリストに後ろから煽られているのだろう。一時は4兆元の景気刺激策がいかに世界経済に寄与したかを説いていた人が、今ではそれによるマイナス面を(国営企業のみ潤い民営は撤退といった)たたいている。
実際には中国が失速しても、エネルギー・原材料は正常な受給関係に戻るのでかえって好都合となるかも知れない。
さて、中国系アナリストも政府発表のGDPではなく、独自に電力消費量とか、鉄道貨物輸送量などの数字を追って推計しているのだろうが、内需転換とか奥地への進出となると統計数字には頼れないので、いまだに、自ら現地で調査する以外に方法はない。いずれにしても統計などの不透明性が成長モデルの転換を阻害しているといえよう。
3. 国家統計局長の談話
人民日報のなかで馬建堂局長注3が中国経済の解説をしている。全人代での最高幹部の発言と内容は同じだが、従来、経済発展を高らかに謳っていたことを考えると明らかにトーンダウンしている。
中国経済の発展を制約する要素が強まっているとして
> 労働資源の総人口に占める割合が11年から下降を始めた
> 高齢化が進み人口ボーナスを失いつつある
> 依然エネルギー消費量が大で環境汚染は深刻化している
> 都市化が進んでおり、内需拡大の促進が必要 などなど
問題点の指摘は適切だが、一般が関心のある格差・汚職の蔓延には触れていない。統計とは関係がないということか、あるいは汚職は前の統計局長が汚職で逮捕されている注4ので触れるのはまずいのかも知れない。ただし、高齢化に触れているのは一つの前進だ。
中国の最大の問題は国が富む前に高齢化社会が到来してしまったことだ。
4. 未富先老(豊かになる前に老いる)待ったなしの老人社会
アジア全般に少子高齢化が進んでいるが、中国の場合、60歳以上の高齢者は現在1億7800万人で年平均16.55%のペースで増加しているという。2015年までに65歳以上の人口は2億人以上に達すると言われ、いずれにしても世界一の高齢化社会に一歩ずつ足を踏み入れている。不十分な年金制度なので自らの貯蓄だけが頼りとなる。
今まで余り注目されなかった公共安全費が政府予算でも拡大されている。一説にはアラブの春注5が最高幹部の危機感を深めたともいわれるが、時すでに遅しだ。問題は一人っ子政策によって一人っ子が両親二人と祖父母四人の(通称 421)面倒を見なければならない点だ注6。先進国でも老人用施設が完備していても孤独死とか痛ましい例は多い。一般住宅でさえ庶民には手が届かないところにどうやって老人専用の施設までつくるのだろうか。世銀の調査では、中国には老人用施設が38,000あり270万のベッドがあるが、60歳以上の老人人口の1.6%にも満たないという。使用できるのは党・政府・国営企業の幹部・軍人のみとのことだ。一方、中国で老人施設への投資が今後の有望ビジネスと盛んに煽っているが、対象はあくまで金持ちのみで、問題は大多数の貧乏人をどうするかにある。
話しは飛ぶが先日日本香港協会主催の香港の少子高齢化対策について外語大の澤田ゆかり教授注7の講演を聞いた。先進国の例だが、香港のケースは日本でもいずれ参考になるという。香港在住の香港人以外の外人で一番多いのは昔からフィリッピン人で33.3%、二番目に登場してきたのがインドネシア人で26.1%(以下インド、ネパールなどそれぞれ5%)となっている。フィリッピン人はもともと子供のベビーシッターと家事が役割だが、最近急増したインドネシア人は老人介護が主目的とのこと。インドネシア政府も老人介護の仕事を奨励しており彼らが今や香港で活躍している。日中、老人と1対1となって会話が途切れるなどの問題もあるようだが、日本もいずれこのようになるであろう。
さて中国に戻ると、今まで先送りしてきた問題のうちまず手を付けざるを得ないものは元々長幼の序を重んずる国なので老人問題のように思える。但しその解決策は国家予算の内容を大幅に変えるなどの大手術が必要だ。
以上