中国ビジネスの行方 香港からの視点
「世界の工場の産業高度化」から「世界の工場の単なる崩壊」に
2012/5/1
湾仔
珠江デルタ(PRD)注1は中国全体の輸出の1/3(2000年37%、2011年28%)を占める、中国で最も経済が発展した地域だが、ここにきて、また、工場閉鎖など暗い材料が続出している。広州紙によるとPRDだけで数千社が倒産したという。香港紙でもデニム製品工場が2000社以上ある仏山市では1000社以上の工場が既に閉鎖となり東莞市でも玩具工場の6割が操業停止と伝えている注2。PRDのみならず長江デルタなども同じ悩みを抱えているが、今回は、悪い材料のうち賃金の急騰と激化する労働争議を中心に見てゆきたい。
# 輸出不振の根本原因
世界的な需要低迷とか、人民元の切り上げ、賃金の上昇、環境規制強化によるコスト増などいろいろあるが、労働集約型の輸出のコスト競争力の低下はこれで説明がつく。問題は産業の高度化が進まない点にある。政府は技術移転の強制とか新規工場建設の条件に技術移転をのせるとかいろいろ対策を講じている。しかし、技術移転しようにも定着した熟練労働者が確保できなければ何もできない。
中国のGDPに占める輸出の割合は2006年の36%を最高に2011年には26%にまで下がったとはいうものの、依然として大半は労働集約型に属するもので産業の高度化には程遠い。労働集約型はもともと欧米の企業が、衣料品・履物・家具・カバンなどを安い労働力を使ってこの地域で製造し輸出していたが、PRDでも上記の品目以外は電子・電器機器の組み立てが主体で一部の自動車部品などを除けば加工賃収入が主体の産業が多い。
欧米のブランド企業は素早く委託生産先をベトナムなどに移転し、更に最近ではミヤンマーなどを次の候補地として調査している。この点では繊維製品主体の香港系企業も早く、ベトナム、インドネシア、バングラディシュなどに移転した。他の香港系は元々広東省出身が多いのでそれなりに各地の政府と好関係が構築可能で度重なる制度改定なども都度うまく処理ができ今日まで生き延びたと言える。ここで急激な賃上げなどにより利益が全く出なくなったのが実態であろう。
進出企業は当然内陸への移転も検討したが、何れ内陸の人件費も急速に上昇するであろうし移転費用などを考えると無理だと判断したのだろう。EMS(電子機器受託製造)主体の台湾企業の一部には既に内陸に移転しつつあるものもあるが、自動車・建機・EMS工場では内陸でも3〜4000元の月給は普通となっているので内陸移転も考えものだ。
# 労働者の確保
今年の春節後も農民工が戻らないとか新規募集しても集まらない状態が更に悪化した。一般に農民工の不足とはいうが、香港紙によると16歳以上で就職希望を持つ人(経済活動人口)と就業人口との差は1998年に1500万であったものが2010年には2300万人となっている。従って労働力不足ではなく都市と農村を区別する戸籍制度の問題と、いわゆる3Kを嫌がる若年農民工の増加(大学の入学人員の急拡大もある)によって農民工不足がおこっていると見るべきであろう。
一方賃金引き上げは中央政府にとっては中間層を育てたいがための政策だが、生産委託する側の販売価格にも上限があり、当然下請けの売り上げの上限も限界がある。そのなかで売上高人件費が5割を超える状態では経営上無理がある。
# 沿海部はもはや低物価地域ではない
2012年の月額法定最低賃金を見ると深セン市 1500元、広州市 1300元、北京市 1260元などとなっているが華東地区が深セン市を追いかけ、更に沿海部各都市が続き、また内陸部でも賃上げが始まっている。政府発表のCPI(消費者物価指数)は3月が3.6%であったが、一般には野菜類の高騰などもありインフレ率は賃金上昇を上回っていると言われている。従来の労働集約型産業も賃金の他に政府補助による安い広大な土地利用とかエネルギー・水などの安価な提供(安いインフラコスト)があったがそれもいつまでも続く保証はない。更に、健康保険、年金などの会社側負担が賃金上昇に追い打ちをかけ労働の生産性は低下すると見られている。Boston
Consulting
Groupの最近の報告では中国製造業の圧倒的なコスト競争力は確実に低下している、米国の産業効率化などで中国の輸出の内30%、パソコン・家電製品・金属製品・機械製造・電子製品・化学繊維・家具などはいずれ米国に生産拠点が戻るであろうとしている注3。
# 過激化するデモ・スト
PRDでは2004年ころから労働争議が急増したが、全国の労働争議の40%はこの地域に集中しているという。
当初は日系・台湾系工場でのストが報じられたが、今ではほぼ全土で海外・国内企業を問わず発生している。勿論インターネットによって給料と共にあらゆる情報が瞬時に流れることも一つの原因だろう。
既に日本でも報道されているが深セン市の日立のハードディスク駆動装置の部品工場では半月以上に及ぶストがあった。日立はこの事業を米国のウェスターンデジタルに売却を決めた注4。ところが従業員は売却後の雇用や給与の基礎となる勤続年数が引き継がれるか否かを不安に思い、現在の雇用主からできる限り搾り取ろうとの作戦に出た。従業員が参考にしたのがペプシコの中国各地の工場で起きた2011年11月のストだ。ペプシコは中国での飲料事業を台湾の康師傳に売却したが、従業員は勤続年数に基づく一時金を得る権利を獲得した注5。
工場移転といっても売却によるものか、奥地への移動か、破産による操業停止なのかいろいろあるが、簡単に工場閉鎖はできない。進出時には地方政府が全ての手続きを手伝ってくれたが、撤退となると煩雑な手続きを(場合によっては何年もかかる)自らがやらねばならない。一旦、撤退のうわさが出ると従業員の権利主張が激しく経営陣を取り巻き暴力行為に至るケースが多発している。
日本企業には無理だが、香港、台湾、韓国系(実際には温州、長江デルタ、青島など沿海各部分に及んでいる)では経営者の夜逃げが多い。破産法が不備なので破産手続きがとれず、夜逃げが最も合理的な解決策だ。地方政府は破産後の未払い給与の支払いなどに応じたケースもあったが、財源問題もあり最近では一切干渉していない。
一方、中央政府は緩めたり、絞めたり通貨調整を繰り返すがこれは金融上のねじれを生み金融混乱を引き起こす。国営大銀行は国営企業には貸付けるが、民間、中小企業には見向きもしない。これが多くの破産を生むわけだ。
# スト解決への新しい動き
日系とか外資系のみならず深セン市では電子機器・自動車大手のBYDの工場とか、日本のシチズン向けOEM工場でのストなど全ての工場に労働争議は拡がっているが、地方政府が介入せず労働者の代表が企業と直接交渉するいわゆる「集団交渉」がまだ一部ではあるが始まりつつある。これは労働者の代理人だけを務める法律事務所(労維所)が出来たことにもよっている。ここで興味深いのは広東省政府の姿勢だ。省の党書記の汪洋は労働者の行動に理解を示し「労使間の問題は労使双方が交渉を通じて解決すべきだ。政府が治安維持のため武装警察などをもって介入すべきは避けなければならない」との見解を発表した。目下大騒動になっている失脚した重慶市の薄・前書記の対抗馬であった汪洋は広東省の烏坎村の事件でも暴動側の擁護に回っており、この種の懐柔策がどこまで通用するかは今後とも注視する必要がある。
今年の1月から「企業労働紛争協議調停規定注6」が制定された。労働者の権利意識の高まりから労働紛争が絶えないことから企業内で早期かつ自主的に解決する仕組みを考えたものであろう。だが早速、労働者側の代理人のみを務める法律事務所が出来るなどいかにも中国らしい。頻繁に新たな法律規定が施行され、施行した就業規則も運用を重ねてゆくうちに多くの矛盾や問題点が出てくるために多くの企業は苦しんできたが、またそれの繰り返しとなるであろう。
# それでもFoxconn注7は良いほうだ
話しが少し外れるが、深センでApple社の各種製品を作り,EMS世界最大手ブランドのFoxconnに触れてみたい。百万人の労働者を擁し、その1/4 24万人が深セン工場で働いている。5万人は工場内の宿舎に住んでいる。一時自殺者が出たり、自殺すると脅してストをしたり世間で評判になった企業だ。これがアメリカでも騒がれた。「低賃金で過酷な時間外労働」などと書かれ、Appleも調査に乗り出さざるを得なくなった。一般には大きなビルの中に寄宿舎、食堂、銀行、コンビニ、図書館などが設置されたものが最も進んだ形態で、繊維など1980年代操業の工場は、16人一部屋の蚕棚のような宿舎と食堂といった形態が今でも数多くある。Foxconnの場合は何しろ人数が膨大で工場全体が一つの都市のようなもので、設備も一般のものよりはましらしい。違う点は自殺防止用ネットが設置されていることだという。Foxconnが米国でも問題となりワシントンに本部のある国際機関Fair
Labor
Association(FLA)も調査に乗り出し報告書をまとめた。それによると過度な残業、不十分な補償、健康・安全面のリスク、労働者と監督者間のcommunication
gapなどが問題とされた。ところが、現地の人によるとFoxconnはまだまだ良い方だという。
問題は、台湾系・香港系の企業は労働者の扱いが極めて厳しい。これは日本企業ではできないことだが、各ラインに監督者を置き、作業中一切私語は厳禁。監督者は怒鳴り散らすことが仕事のようなものでミスでもあれば皆の前で叱り飛ばす。要は労働者を機械と同じと見ている。工員の定着率が悪いので新人が次々と入ってくるがそれによって流れ作業が狂ってくる。そこで監督者が更に怒鳴り散らす。といったことの繰り返しだが、それでもFoxconnが少しは良いのは給料が少し高いことと施設が少しはましということらしい。経営側は、現在1万台のロボットを3年後には百万台まで増設し、単純作業をそれに切り替えると言っている。すべてがロボットになるとまた雇用問題が出てくるがどうするのだろうか。何れにしても他の現地企業はそれ以下というのも気になる話だ。
今回はさらに、日本人の経営しているテクノマートについても書くつもりであったが、長くなるので次回に譲りたい。
以上