中国ビジネスの行方 香港からの視点
“食”が一番重要なのに(粉ミルク騒動はまだ続く)
2013/9/1 湾仔
本稿でも7月に暴動について書いたが工場でのストも頻発している。嘗ては給料をニセ札で配ったとか、給料の遅配などとともに食事が最大のストの原因であった。(最近では工場を閉鎖しようとすると大問題となる。そこで経営者は夜逃げしか解決策がないという困った問題が起きている)。食事に関しては、量、おかずから食後のフルーツに至るまで経営側も色々工夫を凝らしてきた。深圳などでは工員が工場外に何人かで住み、食事も外でという時代になったが、(勿論、賃金の上昇、工員不足の問題は深刻だが)シャワーの具合が悪いとか、排水が悪いとかトイレが汚いとかでストになったという話は余り聞いたことがない。要するに食さえ満足できればというのが中国人一般の考えなのだろう。ところがその最重要項目の食については全く不可思議なニセ食品・危険食品が次々と紙上を賑わせている。 1.いくらでも出てくる有害食品: 毒入り餃子、メラミン入り育児用粉乳、発がん性着色料スーダンレッド使用の食品、ニセふかひれ、ニセ卵、ニセ豆腐、劇薬使用のピータン,ニセはちみつ、廃油再利用の油、ネズミの肉を使った偽肉。毎日何らかのニセ食品が紙面を賑わせている。更にネット情報の発達により今まで表沙汰にならなかった情報迄出回るようになった。中華料理店で青菜の炒め物から大きなミミズが出てきたり、ゴキブリが出てきたりと枚挙に暇がない。一方、政府は毎年史上最高の豊作を謳うが、他地域に比べネット情報が比較的豊富に出回る広東省では野菜から高濃度の重金属検出とか、カドミウム汚染米が大騒ぎになっている。但しこれらも当局によってその後の報道が規制され他の危険食品同様うやむやになっている。 2.5月27日のThe Economistは衛星を宇宙に飛ばすことができるのに赤ん坊に安全なミルクを与えることすらできないと反体制芸術家アイ・ウエイウエイのことばを引用し、食品安全に関するスキャンダルにはすっかり慣れっこになっている中国でさえ乳製品は最も関心を払う食品分野だとして、海外企業にはこの分野でのチャンスがあることを示唆している。勿論ダノンが以前に飲料最大手のワハハに完全にしてやられ提携に失敗した例もあり次々と降りかかる難題があることも指摘している。食にこだわる中国人が何故食の安全を無視するのだろうという疑問を投げかけている。おそらく粉ミルクの場合は騒ぎが大きくなり国全体で問題となったことと、消費者が海外産確保に走った(本稿16回 育児用粉ミルク買い占めで揺れる香港)ことなどから粉ミルク事件が全国的に認知されていることもあろう。一方、種々のニセもの、危険食品は地域的には騒いでもまだ自分の地区は何とかなると考えているのか、危険食品に対する認知度が低いか安全性に対する啓発が足りないのか何れにしても海外から見ると不可思議な現象だ。これを国の行政上の観点から見ると一つの解がある。上述のエコノミストの記事にもあるが規制当局に一貫性がないこと、即ち時々少しだけ検査をしたり、時として恣意的に(特に外資企業に)厳しい検査を行うなど確かに一貫性がない。 そこで、海外で買い占めにあった粉ミルクについてその後の行政当局の対応をみてみよう。 3.中央政府が直接指導に乗り出す まず海外で中国人による買い占めが問題となると、「外国産崇拝信仰は予想以上に広がっている」として国内乳製品企業は信頼回復に努めよ、其の為には飼料から乳牛、検査、輸送、販売に至るまで品質管理システムを確立せよと人民日報などが書き出した。ところがこの管理システムは大企業も大多数の小酪農家も自ら構築し得ないものでそれこそ国家がやらざるを得ないであろう。既に国産粉ミルクの基準は外国を上回るものもありと人民日報は書いているが、中小酪農家は乳業会社からの買い付けもなく廃業に追い込まれている。誠にのんびりしたものだ。 一方、中国最大の乳製品企業たる蒙牛乳業(ヨーグルトで仏ダノン社と提携開始)は次々と中国内の大手乳業会社の買収に乗り出した。これは中央政府の行政指導のようなもので国内に巨大乳業会社をつくろうとするものだ。政府の意図するところは良く分かるが粉ミルクメーカー育成の前に畜産農家の指導から流通網の整備まで畜産業全体のintegrationが必要だ。おそらくこれには1世紀以上かかるだろう。一方6月終わりになると政府は乳製品業界に品質管理、外国産品に対抗すべき強力な規制を発表した。*育児用粉乳メーカー(以下メーカー)に対しても薬品メーカーと同様、厳格な生産管理規定を設ける*メーカーは添加物について事前に食品安全委員会に届け出ること*メーカーは生産工程のすべてを追跡できるように電子タグを使用すること*海外メーカーは中国への輸出前に北京政府に登録することなどとなっている。おそらく海外酪農国のやり方を其のまま移植したいのだろうが簡単なことではない。更に興味深いのは海外から粉ミルクを輸入し小分けして中国内で販売することを禁止となっている。既にニュージーランドからは大量の粉ミルクが輸入され小分けされて販売されているが(中国が輸入する粉ミルクの約80%)、実際に禁止となるとより安い海外産ミルクを子供に飲ませている母親は騒ぎ出すであろう。この問題とは別にNZ最大の乳製品輸出会社のFonterra社が自社製品のwhey proteinにボツリヌス中毒を起こす細菌が検出されたと発表した。 4.NZ産粉ミルク Fonterra社は問題の製品のlot numberなどを発表し販売先に廃棄処分を求めたので消費者迄製品が及ぶことはなかった。中国でもワハハ等大手飲料メーカーに原料として納入されていたが、原料段階でストップがかかり問題には至らなかった。ただし、この話の背景にはFonterraと中国当局の間でかなりのやり取りがあったように思える。当局としては国産メーカー育成が主眼でFonterra社も技術供与、中国メーカーへの出資など長年に亘り協力、その結果、NZ産粉ミルクが輸入品では圧倒的なシェアを執ったわけだが、上述のように当局は粉ミルクの輸入禁止措置を発表した。政府はその理由等一切公表してないが、Fonterra社は2008年のメラミン入りミルク事件に関与した一社Sanlu(三鹿)社にも出資しており、当時のFonterra社の会長は中国側の対応に極めて不信感を抱きNZでの最近の業界会議の席上で“中国でビジネスの際、中国人を絶対に信用してはいけない”とかなり強い口調で説明したようだ。中国ビジネスをやっている人なら常識のようなものだが、これが当局の逆鱗に触れ、最後には発言を撤回し謝罪したとNew Zealand Heraldは報じているが、明らかに輸入禁止に至る何らかの問題があったように思える。いずれにしても目下のところは闇の中だ。 5.独禁法迄持ち出す 一方、政府は海外ブランドの粉乳がメラミン入り事件のあと5年間で30%も価格が高騰したのは独禁法違反としてNestle, Abbott Laboratories, Mead Johnson, Danone, Wyethなどを国家開発改革委員会が立ち入り検査の結果上記6社に1.1億ドルの巨額の罰金を課したという。但し消費者は品質面で外国産指向なので当局の国産奨励策もどうなるのか見ものだ。2008年のメラミン・スキャンダル以来およそ中国内の育児用粉乳の5割以上は外国産とのことで政府も正面から輸入禁止とかの動きはできないであろう。いずれにしても中央政府内部でも各部署が勝手に動いているようで、消費者はどうすれば良いのか途方に暮れていると思う。一方、ミルクの包装パックの供給者たるTetra Pak社にも調査の手が伸びて居るようだ。包装パックを幾ら値引きさせても意味がないと思われるが、国産推進の際、高い海外の包装でなく国産でということかもしれない、但し知財権の絡む問題なのでそう簡単ではない、更に政府はミルク以外の海外薬品メーカーにまで手を伸ばしGlaxoSmithKline, Merk, Astellasなどに調査の手が伸びている。この際外資をまず徹底的に究明し、あわよくば国産に切り替えさせようとの魂胆か(薬品については稿を改めて解説したい)。香港紙では中国産有名ブランド3社の製品を検査したところトランス脂肪酸が検出されたと報じている。トランス脂肪酸は心臓病などの原因となるので包装に表示するよう日米欧では求めている。一方、香港で手当てした海外産粉乳には脂肪酸は一切含まれていないとのことだ。本土ではまだそこまで規制が及んでいないが育児用なので政府は値段とか国産推進などという前に手を付けるべき問題ではないかと思う。 政府も問題解決は不可能とみたのかある高官は香港紙に食品の安全問題とか大気の汚染問題などは中国に国際水準を押し付けるべきではない、中国は依然として発展途上国の段階なのだからと都合の良い議論を持ち出した。実際に高級幹部用の野菜などの特別の畑は北京近郊にもある。軍は広大な面積の畑を持っており、農民の代わりに兵士がただで働いている。いずれにしても庶民と権力者の食は異なりここでも二重の基準がある。 余談だが、深圳等豊かな南部では人工乳でない母乳を飲ませるべく乳母を雇うことが流行っているらしい。ところが赤ん坊だけでなく大人まで母乳を飲むと健康体になると言われて金持ちは高い母乳を求めているとの信じ難い話があるがこれも中国ならではの話だ。 食については中国人一般の考えでは自分さえ安全なら他人はどうでもということで中国における食の安全も“百年清河を待つ”なのだろうか。
以上
© 2006 知財問屋 片岡秀太郎商店 更新日:2013/08/31