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原田靖博の内外金融雑感

スペインの金融混乱と我が国の金融再編

2012/9/10
 

フューチャーアーキテクト株式会社
取締役
 フューチャー経済・金融研究所長
原田靖博

 スペインでは、2008年の不動産バブルの破裂により、カハと言われる中小規模の貯蓄銀行が不良資産の増加から経営困難に陥った。これを受け、カハの経営統合が進められたが、本年5月25日、こうした統合の結果設立された金融機関バンキア(Bankia、資産規模スペイン第4位)がスペイン政府に対し、巨額(190億ユーロ、1兆8715億円)の緊急援助を要請するなど金融混乱が続き、国全体の債務危機に発展している。本稿では、@スペインにおける金融再編過程の問題点を整理するとともに、A米国における銀行統合の状況を自らの体験をも交えて振り返り、最後にB我が国の金融機関再編について、考えてみることとする。

  1. スペインの金融混乱

    1. カハと不動産バブルの破裂

       カハ(caja)とは、スペイン語で銭箱を意味し、中小規模の貯蓄銀行を指す。元来は、庶民の貯蓄を集め、零細商工業者に資金を融資する役割を担っており、経営組織としても、株式会社ではなく、慈善組織または財団の形態を取っている。
       当局による監督も、通常の商業銀行とは、別の枠組で行われており、経営陣は、地元の有力者で構成され、カトリック教会の関与も大きい。こうした背景から地域社会との結びつきは強く、ビジネス上はリレーションシップ・バンキング注1が中心。スペインでは、金融セクターに占めるカハのウエイトは非常に大きく、2009年時点で、49%と商業銀行の43%を凌駕していた。

       スペインでは、統一通貨ユーロの採用および人・物の移動の自由化等一連のEU一体化措置の恩恵を受けるかたちで、2000年以降、北・西欧諸国から地中海沿いのリゾート地域への不動産投資の盛行に加え、マドリッド、バルセロナ等大都市圏でも、住宅ブームが出現。つれて、カハ等金融機関も不動産融資を急拡大したが、2008年のリーマンショックを引鉄として、不動産バブルが破裂し経済全般も停滞局面に陥って行った。

    2. カハの再編成

       カハは、地域経済への密着度が高いことに加えて、規模が小さく、審査能力・融資・ガバナンス面で、問題含みであったことから、バブル破裂により、貸出資産の質が大幅に劣化した。
       一方、サンタンデール、BBVA(ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行)の二大銀行をはじめとする商業銀行は、海外展開を行っていること等もあって不動産融資における痛みは、相対的に軽いとみられている。
       スペイン政府は、こうしたカハの資産内容の悪化を受け、そのリストラクチャリング、統合、資本再構築等を目的とする銀行再建基金(FROB)を2009年に設立した。FROBを活用して、カハの再編成が進められ、2009年時点の45行から、2011年には17行まで減少した。
       しかし、カハ立て直しの過程は、不良資産の評価基準がバラバラのままであるなど、必ずしも厳格に進められていなかったようで、2010年5月には、カハスール貯蓄銀行が公的管理下におかれた他、2011年7月にEUレベルで実施されたストレステストでは、カハ17行中8行が不合格となった。

    3. 大規模カハの破綻とソブリン・リスクへのインパクト

       こうしたスペイン政府・金融当局の再建努力にもかかわらず、二大カハの一つであるバンキア(マドリッド・セゴビア・リオハ等カハ7行の合併により2010年12月設立)が、2012年5月にスペイン金融史上最高の190億ユーロ(1兆8715億円)の公的資金の投入を申請した。
       バンキアに対しては、FROBから既に44億6500万ユーロ(4400億円)の支援を受けていたうえ、スペイン政府の第1副首相およびIMF専務理事を歴任したロドリゴ・ラト氏が経営者を務めていたこともあり、その突然の破綻は、政府および中央銀行の対応能力に疑念を抱かせるとともに、スペインのソブリン・リスクに重大な悪影響を及ぼしている。
       今回のバンキアの破綻等スペイン貯蓄銀行組織の再建失敗は、

      1. 効率性の低い中小規模金融機関の経営統合が、不動産バブルの破裂を見た後に行われるなど、タイミングの面で大きな遅れがみられたこと、

      2. 合併後のコーポレートガバナンスも、大物政治家の権威に依存し、個人投資家等市場関係者の関与が限定的であったこと、

      3. 貸倒損失の認定、デフォルト時の回収率の推計、利益による損失吸収の考え方等不良債権処理に係る一連の作業において統一性の欠如がみられたこと、

      等、金融再生の基本原則から大きく乖離した点に、その原因があったとの見方が支配的である。
       

  2. 米国における金融機関の統合

    1. 最近の銀行合併

       米国の預金受入金融機関の経営は、リーマンショックによる大混乱および低迷期を経て、最近では緩やかであるが、着実に立ち直りを示している。連邦預金保険公社(FDIC)の報告によると、2012年第2四半期の純利益は、前年同期比20.7%増の345億ドルの水準まで回復している。これは、業務収入が、貸出金の伸び悩みにより、前年同期比0.8%のプラスに止まっているものの、貸倒償却等の信用コストが、前年同期比20.7%減と、5年振りの低水準に止まったことが寄与したもの。
       こうした状況を受け、地域金融機関の間で営業基盤の拡充および経営の効率化を狙った前向きの合併がみられ始めている。
       例えば、本年8月に、五大湖沿いのニューヨーク州バッフォロー市に本店を置くM&T Bank(1856年創業、全米第20位の中堅銀行、資産規模808億ドル[6兆4700億円]、支店数700、以下 “M&T”)が、ニューヨーク市に隣接するニュージャージー北部のパルメラ市が本店のHudson City Bancorp(1868年創業、資産規模436億ドル[3兆4900億円]、支店数135、以下 “Hudson”)が合併することを発表した。
       双方とも、創業150年前後の老舗であるが、M&Tは商業用不動産融資および企業向け貸出を主要業務としているのに対し、Hudsonは、個人預金を集め、それを基に住宅ローンを供与する貯蓄銀行タイプと、業務内容および業務エリアも大きく異なっており、補完関係にある。業務拡大意欲は、M&Tが旺盛で、2009年以降小規模な地方銀行3行を合併している。
       M&Tは、リーマンショックの後、流動性確保の目的から取り入れた公的資金TARP(Troubled Asset Relief Program)3億82百万ドル(300億円)を今回の大規模合併を推進するため返済を実施。一方、Hudsonは、ゼロ金利政策に伴う利鞘の縮小およびバブル破裂に伴う住宅ローン需要減退から減益傾向に転じ、つれて株価も低下(金融危機直前9ドル→本年8月下旬6.44ドル)。
       こうした財政状況および株価を眺め、M&TがHudsonに対し、友好的TOBを仕掛け、37億ドル(直近株価に対し、16%のプレミアム)で買収を成立させた。この合併により、M&Tは、ニューヨーク市近辺に業務エリアを拡大し、法人向け融資の増大を狙っており、一方Hudsonは、預金受入先の個人に対し、M&Tが提供している多様な金融商品を提供することが可能になる。このように、米国においては、長い歴史を持ち、健全な経営内容の銀行でも、先行きを展望して、株式市場での評価を基に、win-winの形で合併を推進している点が印象的。

    2. Chase Manhattan Bank(以下 “Chase”)とChemical Bank(以下 “Chemical”)との合併交渉

       ChaseとChemicalは、マネーセンターバンクとして、米国のみならず、欧州アジアの金融拠点でお互いに激しい競争を展開していたが、1995年8月突然、両行が合併することを発表した。両行の財務内容は共に健全であったが、より高いROEを追求する機関投資家からの合理化圧力に直面していた。Chemicalの頭取シップレー(Shipley)が仕掛け、Chaseの頭取のラブレック(Labrecque)が応じるかたちで、この合併は実現した。
       これにより、2行合計で75,000名(グローバルベース)の職員は、12,000名削減され、年間15億ドルの経費の削減効果をもたらした結果、合併後の新銀行は、Citicorpを凌ぎ質量とも米国一の金融機関となった。

       私は、1994〜96年の間、日銀ニューヨーク事務所長を務めており、たまたま事務所が、Chase本店と同じビルに入居していたこともあって、両行が経営統合を行うプロセスを具に見聞きすることが出来た。
       まず、驚いた点は、合併が公表された当日から、Chaseビル地下1階の20台程度の公衆電話ブース(当時は個人用の携帯電話は未だ普及していなかった)が、転職先を探すChase職員で全て占拠されたことである。彼らは、自分の職歴を整理したノートを膝の上において、長時間交渉を行っている様子であった。
       また、シップレー(Chemical)、ラブレック(Chase)の両頭取にお目に掛かり、合併の狙い、統合の進め方について親しくお話を伺うことが出来た。シップレー頭取は、父親も銀行(ブラウン・ブラザーズ・ハリマン)のトップであり、二代続いて日本の銀行とも緊密な関係があったため、さらにラブレック頭取とは、大家―店子の間柄で時折同行パーティーに招待を受けていたこともあって、お二人との間では打ち解けた雰囲気で、意見交換を行うことができた。株主である有力機関投資家との関係およびROEの引上げ等経営効率の改善策に関して、彼らの意見を聞いたが、最も印象的であったのは、両頭取が口を揃えて、“機能・店舗網等で重複度の高い両行を可能な限り速やかに統合することが、我々トップの最大の任務であり、それに最大限のエネルギーを注いでいる”と明言した点である。
       さらに、シップレー頭取は、“機能が重複している外国為替、債券等の市場関係部門および海外主要拠点については、遅くとも60日以内に、新陣容を全て決定する。徒に決定を先送りすることは、不幸にして新銀行に残れなかった職員から、新しい職場を見つける権利を奪うことになる。これは、合併銀行の経営者として是非とも回避すべきことである”と語っていた。また、ラブレック頭取は、“当行は、合併を仕掛けられた立場であり、自行職員に新銀行でのポストを何とか確保してやりたいとの気持ちは強いが、最終的には、新銀行をベストの布陣でスタートさせるとの観点から選定する”として、苦しい胸の内を披瀝。
       両頭取の個別銀行の利害を乗り越えた判断・行動により、新銀行Chase Manhattanは円滑にスタート、その後も順調に発展し、2000年には名門J.P.Morgan銀行を実質的に吸収合併し、J.P.Morgan Chaseとして世界第1位の銀行となった。
       両行の合併成功の背景を探ると、

      1. ROE改善を強く要求する機関投資家を中心とする市場の強い圧力

      2. トップの迅速な決断と果断な実行力

      3. 余剰部門の整理・合理化を可能にする弾力的な労働法制(ただし、個別の従業員を合理的な理由なく不平等に取扱うことは厳禁)

      が挙げられ、いずれも、現在の我が国の金融界には欠如している。
       なお、ラブレック氏は、合併後のChase Manhattan銀行で社長兼COOとして活躍していたが、2000年10月突然逝去。原因は、肺がんとのことであるが、同氏はタバコを一切吸わなかった。銀行の合併とは、トップが生命を賭けて取組むものと見るのは、考え過ぎであろうか。
       

  3. 我が国金融機関の再編

    1. 我が国金融機関の経営

       全国銀行の2011年度決算をみると、大手行の当期純利益は、債券・株式関係損益の増加・改善や信用コストの低下から税引前の段階では増益となったものの、税金関連費用の増加から、前年対比で若干の減益となった。一方、地域銀行の当期純利益は、信用コストの大幅な低下に伴い、前年度比で約1割の増加となった。
       もっとも、コア業務純益をみると、国内業務部門の貸出利鞘の縮小傾向に変化がみられない中、資金利益の減少を主因に大手行、地域銀行ともに、2006年度以降減益傾向が続いている(“2011年度銀行決算の概要”注2日本銀行金融機構局)。
       このように、我が国金融機関は、資産バブル破裂による不良資産を処理した後、新たな信用不安要因も発注していないことから、安定的な経営に立ち戻ったと言えよう。
       もっとも、中長期的には、少子・高齢化に起因する低成長の持続および取引先企業の海外進出の盛行等、その経営環境は、盤石とは言い得ない状況。
       この間、大手銀行に関しては、バブル破裂後の金融再編成を経て、2011年度末時点で12行に集約されたが、地域銀行については第2地方銀行協会加盟行を中心に再編がある程度進んでいるが、現在なお106行を数えている。これに加えて、信用金庫が271、信用組合が154ある。

       冒頭検証した、スペインの貯蓄銀行(カハ)業界の経営不振、破綻にみる如く、単純に合併を推進するだけでは、問題の解決にならないのは当然である。
       まず、個別の銀行において、職員の資質の強化およびITの積極利用により、経営効率を最大限に引上げることに努めるべきであろう。しかし、その過程において、合併の気運が高まって来た場合には、これに果断に取組んでいくことが要請されよう。
       もっとも、我が国においては、米国のように合併を推進する条件、環境が十分に整っていないのも事実である。

    2. 金融機関の統合・再編についての我が国の取組み

       金融審議会は、本年5月“我が国金融業の中長期的な在り方について(現状と展望)”注3を公表し、金融機関の統合・再現に関しては、以下の2か所で次のように言及している。

      1. 第2章 金融機関の在り方  2.企業向け金融サービスのローカルな展開について  (4)課題への対応
        B(イ)統合・再編は、(中略)経営リスクをかえって高めたり、地域金融機関の強みでもある地域密着度を低下させたりする可能性もある。(中略)さらに、統合・再編を通じた営業基盤の広域化は、地域集中リスクの分散に有効な手段となり得る。

        第3章 政府の役割  1.企業向け金融サービスの発展のために求められる政府の役割  (2)企業向け金融サービスのローカルな展開
        B(イ)(中略)かねてより、地域においてはオーバー・バンキングではないかとの指摘がある。(中略)金融機関が統合・再編や広域連携を目指す際には、金融当局としても、積極的に情報提供や各種調整等の支援を行うことが必要となる場合もある。
        (ロ)(中略)金融当局としては、金融機関が一定の規律付けの下、新たな課題にチャレンジしやすい風土づくりを目指して、市場競争、ガバナンス、金融規制、それぞれの質の向上のため必要な見直しに取り組んでいく必要がある。

       ここでは、上述のChemical・Chaseの合併に関連して指摘した@市場からの規律とA経営トップの責任については、極めてマイルドな表現ながら言及されている。
       しかし、第3の論点、すなわち、金融機関に限定した労働法制の弾力化については、指摘が全くない。この点は、本年7月末に政府が策定した“日本再生戦略”(金融に関しては‘金融戦略’という形で、‘ふるさと投資プラットフォーム組成ファンド総額50億円’などの計数目標を羅列)では、“競争の徹底”、“効率化の推進”という言葉が一切使われていないという現下の政治風土を考慮すると、極めて実現が難しいのは理解できる。しかし、私は、この労働法制の弾力化なしでは、本格的な金融再編成は実現し得ないと堅く信じている。

       なお、余談になるが、米国大手投資銀行ゴールドマンサックスは、2010年7月、米国SECと、証券化商品の投資家への販売に関連して過失による不正行為があったか否かについて争い、550百万ドルの和解金を支払うことで結着した。ゴールドマンサックスに関しては、これ以外にも証券化商品の販売に関して不正行為があったのではないか、ブランクファイン社長が上院査問小委員会で不正な証言を行ったのではないか、という点につき、米国SECおよび司法省が捜査を続行していたが、先般(2012年8月9日)、両者はいずれの嫌疑も十分な証拠がなく、訴追を断念する旨の声明を発表した。
       この点に関しては、ファイナンシャルタイムズ、ニューヨークタイムズが報道したのみで、日本の各紙は、550百万ドルの和解金支払の際には、大々的に取り上げたが、本件については一切報道がなかった。
       米国では、現在、金融規制に係るドッド・フランク法の実施規則の制定を巡って、金融界と監督当局の間、および議会において議論が続けられているが、金融取引の実相を見極めることなく、表面的な取引形態のみにこだわり規制を強化すると、角を矯めて牛を殺す結果になる点を引続き懸念している。

以上

脚注

注1

http://kotobank.jp/word/リレーションシップ・バンキング (最終検索2012年9月12日)

注2 http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2012/data/ron120713a.pdf (最終検索2012年9月12日)
注3 http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20120528-1/01.pdf (最終検索2012年9月12日)
   

 

 

 

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更新日:2012/09/15