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孫崎享のPower Briefing

参議院予算委員会公聴会 安全保障

2011/3/23
 

孫崎 享
(twitter)

 2月13日琉球新報は次の報道をいたしました(注1)。「鳩山前総理、普天間で証言」「抑止力は方便」「断念理由後付け」「官僚抵抗、県外交渉せず」。
 「抑止力は方便」は日米関係の根幹に触れる問題です。先ずこれを論じたいと思います。抑止力とは一体何か。一つには核の抑止力、一つには日本領土の防衛、特に係争地の防衛です。
 核の抑止力から見てみたいと思います。安全保障の大家、キッシンジャーは著書『核兵器と外交政策』で、モーゲンソーも著書『国際政治』で核の傘に懐疑的に述べています。より鮮明に述べたのは、1986年6月25日付読売新聞に次の記事が出ました。「日欧の核の傘は幻想」「ターナー元CIA長官と会談」「我々はワシントンを破壊してまで同盟国を守る考えはない。アメリカが結んできた如何なる防衛条約も核使用に言及したものはない。日本に対しても有事の時には助けるだろうが、核兵器は使用しない。」
 中国が米国に対して大規模に核攻撃出来るようになった時には、中国の核に対する「核の傘」は基本的にありません。
 次ぎに島の防衛を見てみたいと思います。昨年NHK日曜討論で普天間問題が論じられ私も参加しました。その時辺野古移転を主張する人が次のように言われました。
「日本には領土問題がある。日本側の主張を貫くには米軍が必要だ」
 本当にそうなのでしょうか。
 安保第5条は「日本国の施政の下にある領域における武力攻撃に、自国の憲法上の規定及び手続に従って対処する」と言っています。
 北方領土、竹島いずれも日本の管轄地でないので安保条約の対象外です。 
 では尖閣諸島はどうか。今は安保条約の対象です。しかし、2005年の「日米同盟未来のための変革と再編」の役割の部分で、島嶼防衛は日本となっています(注2)。共同ではありません。
 中国が攻めた場合を想定してみたいと思います。ここで自衛隊が守りきれればいい。しかし守りきれなかったらどうなるのでしょう。管轄は中国にいきます。尖閣は日本の管轄地でなくなります。そうすると安保条約との関係でどうなるでしょうか。対象から離れます。
 アーミテージ元国務省副長官は著書「日米同盟vs中国・北朝鮮」で次のように言っています。
「日本が自ら守らなければ、(日本の施政下でなくなり)我々も尖閣を守ることが出来なくなるのです」
 アーミテージは元国務省副長官として責任ある立場にありました。結局どちらにしても米国は出てこないのです。
 それだけではありません。軍事的に出ることが可能であろうか。
  2010年10月3日付産経ニュースは次の報道をしました(注3)
「日米両防衛当局が、大規模な統合演習を実施することが明らかになった。
  第1段階では、尖閣諸島が不法占拠された場合日米両軍で制空権、制海権を瞬時に確保
  第2段階は、陸上自衛隊の空挺部隊が尖閣諸島に降下し、投降しない中国軍を殲滅。」
 この計画には大きい欠陥があります。何が問題か。「日米両軍で制空権、制海権を瞬時に確保する」部分です。
制空権、制海権を確保するということは中国の軍艦を撃沈し、中国の戦闘機を撃墜することである。それは米国が中国との戦争に入ることを意味する。
 米国は「尖閣諸島は係争地である。領有権問題で米国は日中いずれ側にもつかない」との立場です。中立とみなしている島の防衛に米国軍が中国と戦う、このようなことを米国議会が認めることは困難です。
かつ、これは軍事的に実現出来ない。一つだけ言及します。 
 2010年11月4日付ワシントン・タイムズ紙は「中国のミサイルは米軍基地を破壊できる(80の中・短距離弾道弾、350のクルーズ・ミサイルで在日米軍基地を破壊できる)」と報じた(注4)。中国は米国と対峙する時に、日本の米軍基地をミサイル攻撃して、滑走路や管制機能を破壊すればよい。いかに優れた航空機の数を揃えても、基地が機能麻痺になれば、利用不可能である。
 こうしてみると、米国の抑止力がどこまで強力かを見ると極めて疑問です。その意味で鳩山元総理が「抑止力は方便」と言ったのは概ね正しいことです。普天間問題は新たに見直すべきです。沖縄は県内移転を認めることはない。ありえないことを、あたかも実現可能とすることこそ、長期的に日米関係を損ないます。
 米国の対応を懸念されると思います。しかし普天間問題で日米軍事協力が根本的に壊れることはない。従って日米関係がおかしくなることはない。外交的に適切に処理すれば基本的に問題ない。米国にとって日本の軍事基地は極めて重要です。財産価値で言えば世界の米軍基地の約30%です。受け入れ国の基地支援は、日本は全世界の50%以上、全NATO諸国の1.6倍以上です。在日米軍基地は米国にとり世界で最も重要です。米国はこれを損なう訳にいかない。普天間基地は財産価値で見ると、日本での全米軍基地の20分の1にも達していません。
 台頭する中国に対して、日本には軍事的に対応する選択肢はありません。まずこの事実を冷静に認識することが必要です。だとすれば、いかに平和的に処理し相互に発展する方途を模索する他に、道はない。
 ではどうするか。
 一つは係争地、すなわち尖閣諸島では武力衝突をしないよう工夫することです。すでに枠組みはあります。
 尖閣諸島を係争地と認識すること
 米国ですら「尖閣を巡り日中では係争である。米国はどちら側にも組しない」としています。
 第2に棚上げについての日中の了解を尊重すること
 1978年のケ小平副首相・園田外務大臣会談をみれば、園田外務大臣が棚上げ方式を実質的に認めたことは極めて明確です。かつ棚上げ方式は日本の実質支配を認めること、中国が武力行使をしないことを暗に認め日本に有利なものです。
 第3に漁業協定を尊重することです。多くの人は認識していませんが、先般の漁船衝突事件を防ぐシステムがすでに存在しています。
 河野太郎氏は2010年9月28日のブログで次のように記載しています(注5)
 「尖閣諸島を含む北緯27度以南の水域では、お互いが自国の漁船だけを取り締まる。海上保安庁は、尖閣諸島周辺の領海をパトロールし、領海内で操業している中国船は、違法行為なので退去させる。操業していない中国漁船については無害通行権があり、領海外に出るまで見守る。」
 9月の事件の際、海上保安庁の行動がこの日中漁業協定の精神に完全にそっていたか疑問があります。
 第2に経済的結びつきを強化し、武力紛争は結局自国に不利に働くという仕組みをお互いに作ることです。今日誰もフランスとドイツは戦争すると思わない。しかし両国は第一次大戦、第二次大戦と戦った。では何故今誰もフランスとドイツが戦争すると思わないとしているのか。
 独仏はヨーロッパ石炭鉄鋼共同体条約(1952年)(注6)を契機に「憎しみあい」から「協力による実利」に移行した。
 アデナウアー西独首相は次のように言った。
 「この石炭鉄鋼連合が口火となり(一部省略)、他の分野でも類似の過程が進むであろう。そうなれば欧州のガンともいうべきナショナリズムが壊滅的打撃をうけるであろう」
 終戦当時の独仏の憎しみ合いは日中関係の比でない。日本・中国関係も憎しみ合いを越え、「複合的相互依存関係」を樹立したフランス・ドイツ間の歴史を学ぶべきである。
 最後に安全保障とともに日米関係の大きい課題であるTPPについて言及したい。
 もし、TPPに入ることによって、国民健康保険の枠組みが壊される可能性があるとしたら、TPPに賛成しますか。もしTPPに入ることによって、保険でカバーされる範囲が狭まる可能性があるとしたら賛成しますか。
 12月1日日本医師会はTPPに対する見解を公表しました(注7)。この中で次のように言っています。
 TPPへの参加によって,日本の医療に市場原理主義が持ち込まれ、最終的には国民皆保険制度の崩壊につながりかねない面もあることが懸念される。具体的な懸念事項としては、日本での混合診療の全面解禁による公的医療保険の給付範囲の縮小、を指摘しています。
 TPPは慎重に検討すべきである。
2009年の時点ですら、(JETRO地域別統計によれば)日本の輸出は東アジアは298億ドル、米国101億ドル、ASEAN 52億ドルである。日本が今最も考えるべきは米国市場ではない。東アジアです。中国、韓国のもTPP参加には慎重な姿勢を示しています。
 有り難うございました。

 


脚注
 
注1 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-173438-storytopic-53.html
 
注2 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/henkaku_saihen.html
 
注3 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110110/plc11011002320029-n1.htm
 
注4 http://www.washingtontimes.com/news/2010/nov/14/chinese-missiles-can-ravage-us-bases/print/
 
注5 http://www.taro.org/2010/09/post-814.php

 
注6 http://ja.wikipedia.org/wiki/欧州石炭鉄鋼共同体
 
注7 http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20101201_1.pdf
 
   
   
   
 

 

 

 

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更新日:2012/09/15