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孫崎享のPower Briefing

大国化する中国にどう対応するか
『不愉快な現実―中国の大国化、米国の戦略転換―』

2012/3/28
 

孫崎 享 (twitter)

 3月16日、講談社現代新書から『不愉快な現実』を出版した。今東アジアで大きいパラダイム変換が起こっている。その中で日本はどう対応すべきかを書いた。その概要を説明したい。     
 世界は今、歴史的展開にあるようだ。
 米国にPEW研究センターという世論調査専門の研究機関がある。
 ここが2009年、2011年世界各国で「中国は超大国として米国を抜くか」という世論調査を行った注1。読者の方はこの問にどうお考えになるだろうか。
 「超大国として抜くは何を意味するか」、「何時抜くのか」を明確にしないと答えようがないと言われるかもしれない。
(1)この調査では仏、英、独等の欧州諸国は、2009年にすでに「中国が米国を追い抜く」とみなしている。2011年には「追い越す」が「追い越せない」とみるグループの二倍以上になっている(「追い越す」と「追い越せない」の比率は英国で65%対26%、ドイツで61%対34%である)。
(2) 米国は2009年の段階では「追い越せない」とみなすグループが多かった。2011年になり「追い越す」が多くなっている(46%対45%) 。
 調査をされたほぼ全ての世界の国で、「中国は超大国として米国を抜く」が多数となっている。かつ、2011年にはどの国も「追い越す」の方が増えている。
 この調査で唯一の例外がある。日本である。
「追い越す」と「追い越せない」の比率は、2009年に35%対59%、2011年に 37%対60%である。筆者がいろいろ場の講演等で質問すると大体、この比率である。
 筆者の問は「世界の潮流と反し、「追い越せない」と見なしている日本が正しいのか、日本が間違っているのか」である。もし、日本が間違っているとすると事態は深刻である。我々は世界一になろうとする隣国を過小評価して対応していることになる。危険な状況にある。
 日本の国力は一九世紀後半から昨年までの約一五〇年間、常に中国の上にあった。第二次大戦までは日本は軍事的に優位に立っていた。第二次大戦以降は経済的に優位に立っていた。日本は常に中国の上である。この状況は日本人の中に対中優越感を植え付けた。福沢諭吉の脱亜論が代表的見解である。
 「(支韓両国は)今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり」
 「其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり」
 「我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ」
 今日の日本外交や安全保障の考え方の思想的原点はここに示されている。
 我々が「隣国との伍を脱し西洋の文明國と進退を共にする」方針を決めた前提条件は何だったのか。それは中国の将来が「今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし」という厳しい状況にあったことによる。
 だが、「中国に未来がある」となれば、脱亜論の前提が崩れる。
 しかし、長年「その(隣国)との伍を脱して西洋の文明國と進退を共にする」思想に慣れ親しんだ我々日本人には「中国に未来がある」図が見えにくい。
 では、「中国は超大国として米国を抜くか」の可能性を考えて見たい。
 CIAのFACTBOOK注2は「中国の為替交換レートは市場ではなく、政府の法令により設定されている。したがって、中国のGDPを見るのに、公的交換レートを使用するのは正確な数字が出ない。中国の場合、多国との比較でGDPを求める際には購買力平価ベースを使用するのが最も望ましい」と記している。CIAのFACTBOOKは2010年のGDPを米国14.7兆ドル、中国10.1兆ドルとしている。2011年9月24日付「エコノミスト」誌は「GDP購買力平価ベースでは中国は2016年に米国を追い抜く」「中国の経済成長が10%から8%に、米国が2.5%では2020年に中国は米国を追い越す」「中国が6%の成長、米国が3%なら中国は2026年に米国を追い越す」と報じている注3
 いずれにしてもGDPで中国が米国を追い抜く可能性は高い。別のアプローチを試みたい。中国の人口は13億、米国の人口は3億、中国は米国の4倍の人口を有している。従って中国の一人当たりGDPが米国 の水準の4分の1であれば、国全体としてのGDPは米国を追い抜く。2010年時点で一人当たりGDPが米国の4分の1の国にはブルガリア、ルーマニア、トルコ、メキシコがある。中国の一人当たりGDPがブルガリア、ルーマニア、トルコ、メキシコ並みになればよい。それは充分に達成可能な水準である。
 では軍事はどうか。
 ゲルブ米外交問題評議会名誉会長注4はフォーリン・アフェアーズ2011年1月号注5で「地政学の中枢は軍事から経済へ ―経済の時代の新安全保障戦略を―」を発表し「いまや多くの国は外交路線を経済の律動に合わせ、国益を経済の視点から定義し、経済パワーを行使することを重視している」「多くの諸国は国家安全保障戦略を、経済安全保障を重視したものへと組み替えている」と指摘している。
 核兵器の出現により、超大国間では戦争が出来にくい時代になっている。お互いに相手の国に核兵器で攻撃出来るようになると、相対的な力の差はあまり大きい意味をもたない。
 中国が超大国化するという認識が広がった時に、東アジアはどうなるであろうか。
 外務省は1975年より、米国で「米国にとり、東アジアにおいて最も重要な相手国はどこか」の世論調査を行ってきている。1975年から最近まで、米国の世論は一貫して「最も重要な国」を日本としてきた。しかし米国の一般世論は2011年中国の方が重要と答え、指導者層では2010年から中国の方が重要と答えている。
 中国が超大国化すると、米国の東アジア戦略はどうなるであろうか。
 マイケル・グリーン注6は2011年7月日経BP社掲載論評「米国の戦略資産としての日本」注7の中で、米国がとりうる四つの戦略の選択を記している。
 第一の選択は、伝統的な日米関係を重視する。
 第二の選択は、米中二大大国が世界を調整する。
 第三の選択は、米国は部分的撤退を計るが、その分同盟国(主として日本)で穴埋めさせ、共通の敵に当たらせる。この概念をオフショアー・バランシングと呼ぶ。
 第四は関係国で国際的枠組みを作っていく。
 もはや、米国の戦略は第一の「伝統的な日米関係を重視する」だけではない。
 今、米国の戦略は第三のオフショアー・バランシングを追求しているようであり、しばしば「米中二大大国が世界を調整する」構想が見え隠れする。
 こうした変化は日本にどういう影響を与えるであろうか。
 戦後の日本外交の柱は「日本が米国に全面的に依存する。その結果、日本が繁栄する」というものであった。
 この図式には、コインの裏側として、第二次大戦以降、米国が東アジア戦略に中で日本を最も重視してきたという事実がある。しかし、米国が中国を最重視して考えると、日本の後で常に米国が支えてくれるという状況は消滅する。
 日本は、今、改めて、自ら中国との関係をどうするかを考える必要がある。
 尖閣諸島一つ考えても、尖閣諸島で紛争が起こった時に米軍が軍事的に日本を助けるのは困難になっている。中国のミサイルが米軍基地を破壊できる事態になった。米軍が如何に優秀な戦闘機を持っていても、中国の中・短弾道弾、クルーズ・ミサイルを使って在日米軍基地の滑走路を破壊すれば、戦闘機は機能しない。
 日本は、中国に対し、平和的手段で日本の安全を確保することを考えねばならない。それを今考えている。その一端を。

 

編集者注
注1

http://pewresearch.org/pubs/2059/-superpower-china-us-image-abroad-afghanistan-terrorism:最終検索2012年4月1日
 

注2

http://www.economist.com/node/21528987:最終検索2012年4月1日
 

注3

https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/ch.html:最終検索2012年4月1日
 

注4

http://en.wikipedia.org/wiki/Leslie_H._Gelb:最終検索2012年4月1日
 

注5

http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/201101/Gelb.htm:最終検索2012年4月1日
 

注6

http://ja.wikipedia.org/wiki/マイケル・グリーン_(政治学者):最終検索2012年4月1日
 

注7

http://www.nikkeibp.co.jp/article/reb/20110727/279047/:最終検索2012年4月1日
 

 
 

 

 

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更新日:2012/09/15