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大塚正民の考古学と考古学の広場

 
相続と税金その2:
値上がりしている資産を相続した場合(アメリカ)

大塚 正民
大塚正民 法律会計事務所
 

父ボブが生前に10萬ドルで購入し、今では時価が30萬ドルに値上がりしている土地を息子ジョンが相続し、その直後に、息子ジョンはこの土地を第三者に30萬ドル売却しました。このような場合、遺産税(estate tax)と所得税(income tax)が問題になります。相続された土地の時価相当分30萬ドルについての遺産税と購入してから売却するまでの期間中に生じた土地の値上がり分20萬ドルについての所得税です。まず相続が行われた時点で、父ボブ(の遺産)が土地の時価相当分30萬ドルについて遺産税を支払います (注1) 。相続人が相続税を支払う日本とは異なって、アメリカでは被相続人(の遺産)が遺産税を支払うのです。つぎに息子ジョンがその土地を第三者に売却した時点で息子ジョンは所得税を支払う必要がありません。相続の場合には、アメリカでは相続人である息子ジョンは被相続人である父ボブの取得価額を引継がず、息子ジョンの取得価額は相続時点での時価30萬ドルが新しい取得価額と見なされるのです(注2)。したがって息子ジョンがこの土地を第三者に対し30萬ドルで売却しても、(売却価額30萬ドルマイナス新しい取得価額30萬ドル)で譲渡所得はゼロとなるのです。第10回の[贈与と税金その2]で述べましたように、贈与の場合には、アメリカにおいても日本と同じように、受贈者である息子ジョンは贈与者である父ボブの取得価額を引継ぐのですが、相続の場合には、アメリカでは日本とは異なって、取得価額は時価まで自動的に増額されます。この自動的に増額された取得価額をstep-up basisと呼びます。つまり、相続の場合には、アメリカでは日本とは異なって、値上り分(増加益)は完全に非課税所得となるのです。かつて1976年租税改革法は、1976年12月31日以前に生じた値上り益(増加益)については従来からの自動的増額取得価額(step-up basis)を適用して非課税所得とし、1977年1月1日以後に生じた値上り益に対しては、贈与の場合と同じように、取得価額の引継ぎ(carryover basis)を適用することとする、という改正をしました。しかしながら、この取得価額の引継ぎ制度は、極めて例外的な場合を除いては、実際には一度も実施されること無く1980年には結局廃止されてしまった、という経緯があります。まず1978年歳入法が、この制度の適用日を1976年12月31日から1979年12月31日に3年間延期し、ついで1980年歳入法が、この制度自体を廃止してしまったのです(注3)。したがって今日のアメリカでは、贈与の場合は取得価額の引継ぎ(carryover basis)、相続の場合は自動的増額取得価額(step-up basis)となっているのです。これに対し今日の日本では、贈与の場合も相続の場合も、等しく取得価額の引継ぎとなっています。


 

脚注
 
注1 米国の1986年内国歳入法典(The Internal Revenue Code of 1986)Sec.2001(a): A tax is hereby imposed on the transfer of the taxable estate of every decedent who is a citizen or resident of the United States(故人がアメリカ市民またはアメリカ居住者である場合には、その課税対象遺産の移転に対し遺産税を課する。)Sec.2002: The tax imposed by this chapter shall be paid by the executor.(遺産税は遺言執行者によって納付されるものとする。)
 
注2 米国の1986年内国歳入法典§1014(a): Except as otherwise provided in this section, the basis of property in the hands of a person acquiring the property from a decedent … shall …be … the fair market value of the property at the date of the decedent’s death (本条に別段の定めがある場合を除いては、故人から資産を取得した者のその資産の取得価額は、その故人が死亡した日時現在の公正市場価額とする。)
 
注3 S. Rep. No.96-394,96th Cong., 1st Sess., 122-123 (1979), reprinted in 7 Rabkin & Johnson, Federal Income, Gift and Estate Taxation 7: 1385 (1983) − 「1976年租税改革法は、1977年1月1日以後に死亡した被相続人から取得した資産について、その相続人がその取得資産を後に売却または交換した場合の利得または損失を算定するにあたって、その被相続人の取得価額(一定の調整を行った上で)を引継ぐ(carried over)ものとした。それまでは、相続によって取得した資産の取得価額は、被相続人の死亡時の時価とされていたのである。ただし、1978年歳入法は、この取得価額の引継ぎ規定の発効日を3年間延長したので、この規定は1980年1月1日以後に死亡した被相続人から取得した資産について適用されることとなっている。ところで当委員会の覚知したところによれば、この取得価額の引継ぎ規定に関しては数多くの行政執行上の問題がある。遺産管理人諸氏の証言によれば、この規定を遵守することによって遺産管理上大幅な時間の増大を来たし、そのため遺産管理費用が増大している。当委員会は、この規定が余りにも複雑過ぎると考えるものである。よって廃止すべきものと信ずる。もっとも、1978年歳入法による延長がなかったならば、この規定が適用されていたであろう場合については、納税者の選択により、この規定の適用を認めるべきものと信ずる。」なお、Osgood, Carryover Basis Repeal and Reform of the Transfer Tax System, 66 Cornell L. Rev. 297 (1981).
 

(敬称略)


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更新日:2012/10/30