前回(第78回)でこう述べました。−フランケル女史の近著「ポンジー・スキームの謎(詐欺師たちと被害者たちの歴史と分析)」の帯紙の内容紹介によりますと、高名な学者であるフランケル女史は、「投資詐欺はどうして無くならないのか」を歴史的に研究した結果、「投資詐欺を防止するための驚くべき解決策」を提案している、ということでしたが、同書が指摘する5つの赤旗(Red
Flag)=
危険信号はとくに目新しいものではなく、要は、これらの赤旗に注意しろ、ということで、私には「常識的な解決策」以上のものとは思えません。−
同じく前回(第78回)でこうも述べました。−むしろ、九条清隆、巨額年金消失。AIJ事件の深き闇、角川書店、平成24年8月31日発行、の方が私には参考になりました。−
しかし、これは私の読み方が浅かったようでした。もう一度読み返して見たら、「AIJ事件にはフランケル女史が指摘する5つの赤旗(Red
Flag)=
危険信号の全部が揃っている」との結論に達したのです。つまり、「投資詐欺を防止するための驚くべき解決策」とは、これら5つの赤旗=危険信号のそれぞれの特徴を明確に理解し、そのような赤旗=危険信号の存在する数が多ければ多いほど、投資詐欺の可能性が高い、と自覚することなのです。そのような観点から九条さんの著書を読みますと、上記の結論に達せざるを得ないのです。勿論、九条さんが述べていることのすべてが真実であるとは限りませんが、試みに九条さんの著書(以下、九条xx頁と記します。)からAIJ事件における5つの赤旗=危険信号の存在を探って見ましょう。
赤旗その1:ハイリターン・ローリスクを宣伝する注1。
「もし、ハイリターンとローリスクが同時に宣伝されたとすれば、ハイリターンという部分か、ローリスクという部分か、どちらかが嘘である可能性が高い。注2」つまり、ハイリターン(高い利益)であればハイリスク(高いリスク)であるし、ローリスク(低いリスク)であればローリターン(低い利益)であるのが通常だからです。
九条さんによれば、つぎのようです。「AIJ投資顧問が相場の上下にかかわらず、恒常的に利益が出ていた、ということについて事件が発覚する以前から不審の声があがっていたことは私も知っていた。・・・(AIJが得意としていた)オプションの売りは相場の上下にかかわらず常に小さな利益を積み上げることができる手法であり、AIJ投資顧問の運用が常にプラスになること自体は不自然ではない。(九条170頁)」 つまり、「「オプションの売り」は、「日常的な小さい利益を稼げる可能性が高いが、稀に大きな損失を蒙る可能性もある」と言ってよいだろう。(九条70頁)」「(AIJ投資顧問代表の)浅川は・・・もし損失が出ても、営業マン時代と同じように「次に取り返せればいい」と思っていただろう。「どうせ次に取り返せるのだから、顧客には利益が出ていることにしておこう」という「粉飾」の第一歩がすでにここから始まっていたのだ。(九条156頁)」「新しい顧客である年金基金の運用で損失を出して「次、取り返しましょう!」ではすまない。・・・大きな損失を出せば「次」はないのだ。淺川は「取り戻す自信」だけを頼りに、ファンドの純資産価値を示す「NAV」を常態的に偽るようになっていったのであろう。(九条160頁)」
赤旗その2:投資家に対する支払の源泉となる利益を生み出すというスキームが従来の手法では評価できないほど斬新性を有する注3。つまり、「高い利益の源泉となる仕組みが一種の秘法注4」とされるという訳です。
九条さんによれば、つぎのようです。「ファンドの中身は一貫して、日経平均、日本国債の「オプション売り」がメインだった。(九条169頁)」「ほとんどの年金基金の常務理事は、オプション取引の仕組みなど知らない。いくら説明しても、なかなかわかってもらえないのだ。さすがに不安に思う基金は「コンサルタント」を雇うことになる。・・・私は「コンサルタントなんてろくなもんじゃない」と思っていた。年金基金の理事の知識不足をいいことに、意味もないポートフォリオ理論を振りかざして顧客に取り入ったヤツらだと思っていた。・・・私がわざわざ専門用語をおりまぜて説明すれば、それ以上の論戦を挑んでくるコンサルタントはいなかった。(九条108頁から110頁)」
赤旗その3:つねに新しい投資家たちを追加募集している。
銀行などの金融機関であれば、つねに新しい預金者を追加募集するのは当然ですが、そのような必要性のない筈の企業が、つねに新しい投資家を追加募集することは不自然であるという訳です注5。
九条さんによれば、つぎのようです。「浅川にできることは、「できるかぎり解約を食い止めること」と「新規顧客を獲得すること」。そのふたつだけだった。(九条181頁)」「しかし、1億の価値しかないものを10億と言っていたのだから、買い取るときは10億で買わなければならない。・・・しかし、月末の解約と新規の買いが同じくらいであれば、自転車操業でもなんとか回らないことはない。新規のほうは1億の価値しかないものを10億で売っているのだから、なんとか釣り会うのである。内実がこれほどの自転車操業になっていながらも、新規の客がほぼそれに見合うていどあったのだ。(九条184頁)」
赤旗その4:販売員たちは投資家たちと親密な個人的関係を築くことに専念する注6。つまり、「販売員と顧客」という関係よりも、「親密な個人的関係」を築くことに主眼を置くことは不自然であるという訳です。
九条さんによれば、つぎのようです。「浅川はどこまでも「野村の営業マン」だった。金額的にはたいした接待ではないが、ここぞというときに会食をセットさせ、長々と話さず、相手を乗せるだけ乗せて、ここぞというタイミングでズバッと斬りこむ。(九条150頁)」
赤旗その5:その投資が有価証券の形態をとる場合、有価証券に関する法律の違反がある注7。たとえば、公募であれば「証券取引委員会(SEC)への登録」が必要であり、私募であれば「情報の提供」が必要です。ただし、この情報は「証券取引委員会の調査」を経たものではありません。つまり、公募なのに「証券取引委員会(SEC)への登録」を怠ったり、私募であっても「情報の提供」を怠たれば、法律違反であって、投資家たちは保護されないという訳です注8。
九条さんによれば、つぎのようです。「(浅川は)国内で投資一任の許可を取得するよりも、海外に外国籍のファンドを立ち上げる道を選んだのだ。(九条153頁)」
脚注
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注1 |
Tamar Frankel, The Ponzi Scheme Puzzle: A History and
Analysis of Con Artists and Victims, Oxford University
Press, 2012.の170頁
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注2 |
同書の171頁。
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注3 |
同書の170頁。
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注4 |
同書の172頁。
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注5 |
同書の170頁。
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注6 |
同書の170頁。
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注7 |
同書の170頁。
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注8 |
同書の173頁。
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