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林川眞善の「経済 世界の

第14回 アベノミクスのいまそこにあるリスク
      ― 消費増税、安全保障、そして・・・

2013/9/25

林川 眞善
 

 はじめに

 7月の参院選後、自民党の圧勝、衆参院での捩じれの解消で、安倍氏は政治環境として大きなチャンスを手にしたとして、内外メデイアは一斉に好意的な論評を行っていました。その内、The Economist(7月27日)は`Licence to grow’(成長へのライセンスを手にした安倍政権)と題して、安倍首相が推進するアベノミクスに国民は賛成票を投じた結果とし、従って彼が打ち出している経済政策を後退させることなく、前進させるべきとエールを送っていたのです。

 デフレからの脱却、そして経済の再生、それらに向けた3本の矢から成る経済政策‘アベノミクス’が出されたのが今年の1月4日。爾来、当該政策の合理性について侃々諤々の議論がなされるなか、9月に入って発表される経済指標はその効果を映すごとくで、漸くデフレ脱却の道筋が見えてきたと言うものです。となると昨年来の政治的懸案とされてきた消費税増税への環境が整備されてきたと言う事で、急速に増税か成長か、の議論が再燃してきています。(もっとも本稿執筆中、安倍首相は消費増税を決定したと、メデイアは一斉に伝えていますが。)であれば、増税がアベノミクスにとってプラスとなるものか、マイナスとなるのか、まさにリスクとなるだけに、その合理性や問題点を見極めておく必要がある処です。

 もう一つ、アベノミクスが順調な推移を辿るなか、その周辺では前号でも指摘した、なにかキナ臭さを感じさせる動きが今、対外関係にまで影響を及ぼすほどの様相を呈してきています。‘それ’は、8月2日付で公表された米議会筋(米議会調査局)が取り纏めた‘参院選後の日本の状況と日米関係を巡る論点’レポートでも映し出されている処です。

 実は前回の本欄ペーパーでも当該報告書について簡単に触れていますが、知人からはその報告内容について、もう少し深堀してみてはどうなのか、との照会をうけました。勿論、米国が、日本の‘今’をどのように把握し、理解しているか、これを承知しておく事は極めて大切なことと思います。

 そこで、本稿では、一つは直近の課題である消費増税を巡る合理性を問う事とし、二つは米議会筋の「日米関係」報告書に映る安倍政権の実像とそこに見る問題、等について、何れもリスクマネジメントの視点から、考察していく事としたいと思います。


1.消費増税問題はアベノミクスのリスク

(1)日本経済はいま「アベノリンピックス」


 9月9日に公表された本年第2四半期のGDP改定値は、年率3.8%増と8月速報値よりも1.2ポイントの上方修正となっていました。これは、9月2日、財務省が発表した第2四半期の法人企業統計で設備投資が微妙ながら3期ぶりにプラスに転じたことを反映したものとされています。設備投資が動き出したことは日本経済の順調な回復を示唆する処といえますし、因みに上場企業の資金調達も今年は3年振りの高水準に達しそうと市場関係者はコメントしています。そして、13日に公表された9月月例経済報告でも「穏やかに回復しつつある」とし、政府は景気判断を「回復」段階にあると正式に認定したのです。云うまでもなくアベノミクスを大きく前進させる処です。

 その直前の9月7日、2020年オリンピック開催地が東京に決定しました。このニュースは国内の空気を一変、急速に明るさを増し、それは日本経済回復への追い風を巻き起こす処となっています。こうした環境の変化、空気の変化は、安倍政権の求心力を高め、例えば‘岩盤規制’の解体作業には優位に動くものと考えられ、その点、政策遂行の追い風となる処です。つまり、TPPや規制改革など慎重論の多い政策テーマの実現へ前進することが予想されると言うものです。そして、ひょっとして、2020年に向けて各国が経済成長に向けて進む中、目下の中国、韓国との関係が大きく改善に向かう事にもなるのでは、と期待されると言うものですが。

 こうした日本経済のポジテイブな環境に照らし、8月末のThe Economist(Aug. 31)巻頭言では `Entrepreneurs in Japan – Time to get started ‘(「日本の起業家」−これからはじまる)と題して、「・・・株価の上昇のお蔭で、IPO(新規株式公開)が成功する可能性がぐっと高まっている。安倍首相は起業家を単なる強欲な勝負師ではなく、それ以上の存在として扱う日本で初のリーダーだ」と、日本の起業家にアベノミクスは希望を齎し出しているとも指摘するのです。

 いまや、日本経済は、「アベノリンピックス」として囃される処となっています。

(2)アベノミクスと消費増税の合理性
  
 前述指摘の通り、公表されるマクロ経済指標からは経済の回復が順調に進み、デフレ脱却の道筋が明らかになってきています。こうした経済環境下、国民にとって最大の関心事である消費税税率の3%引き上げ実施の可能性が迫ってきています。既に8月26日から31日にかけて有識者60名からの増税についての聞き取りが行われ、そこでは‘予定通りに増税を’というのが大方の意見だったという事です。そして、安倍首相は、これらの意見と経済指標を参考としながら来月(10月)初めに、実施に向けた政治判断を下す由、報じられています。それは、増税した場合のリスク、しなかった場合のリスクとの比較考量の結果という事になるのでしょう。

 増税した場合のリスクはある程度、読めるでしょうし、従ってそれへの対応を準備すればいいと言うものです。一方、引き上げない場合のリスクはとなると、それは、なかなか読みにくいと言うものです。言える事は国債価格が低下し、同時に長期金利が上昇して、という事ですが、前者の場合とは違い、そのリスクの拡がりはなかなか読み切れるものでなく、従って手の打ちようがないという事でもあるのです。この引き上げるべきか、現状維持で進むか、この議論は正直、決定的なものはないのですが、対外的に財政改善策として増税を国際公約していることから、何としても国の信用維持のためにも引き上げしない選択は難しいと言うのが本当の処かとは思料します。とすれば、漸く回復基調に入ってきたこのタイミングをとらえ、消費税率の引き上げることとし、一方、法人税の引き下げを含む成長戦略の枠組みにおいて企業の収入、設備投資意欲を掻き立て、給与所得と消費活動を活性化していくという‘好循環’の再生を目指すシナリオとして受け止められる処かと思料します。 ・・・・ とは言え、この話、なぜか腑に落ちません。

 デフレ対策としての財政出動と財政強化のための増税

 というのもアベノミクスは「デフレからの脱却」を目指す政策パッケージであるのに対して、消費増税はそれとは逆行する政策となるからです。その点、既に、増税をした場合、折角景気回復のシナリオが生まれてきたその腰を折りかねないとして、その対策として5兆円超規模の経済対策(注)を打つことで、それをカバーしようと計画されている由ですが、この事は目的税としての増税の規律を欠くことになり、これではいつまでたっても財政の規律が保てなくなることになるのではと危惧される処です。

(注)5兆円超の経済対策の概要(日経、9月20日)
(1)減税策:復興特別法人税の廃止前倒し(9000億円、2014年度から)
   企業に投資を促すための減税(国税、5000億円、今年度から適用)        
   企業の新規設備にかかる固定資産税の減免(地方税),  等
(2)予算措置:住宅購入者向けの現金給付やローン減税(4000億円、14年度以降)
   低所得者への現金給付(3000億円、14年度)
   東京五輪や防災等、公共投資(1兆円超)
(3)投融資:官民出資ファンドへの投融資拡大

 元々この消費増税は財務省の描くシャナリオですが、なぜに税収増ばかりにこだわるのか、財政構造の改革、つまりは財政収支の均衡化を目指すという事であれば、政府が持っているバランス・シート、資産と負債の内容を精査したうえで、その結果としての対応であることが合理と云うもののはずです。
 勿論、政府は詳細なバランス・シートの内容の全面公表はしていません。これには国家としての機密に係る事情もあるためかと思料されます。しかし、例えばかつての赤字国鉄をJRとして市場に売り出すことで、JRは黒字化し、結果税収入が齎されてきているように、増税を誘導するにしても政府保有の資産(不稼働資産)の有効活用をより戦略に考えられてしかるべきではと思う処です。そして、あの‘身を切る’という話はどうなってしまったのか・・・。

 アベノミクスと「社会保障の一体改革」の整合性

 もう一つ、そもそも消費増税については、急速に進む少子高齢化の結果、老齢者に向けられる社会保障費の財源が窮屈になってきていることから、野田前政権時代に民主・自民・公明の三党合意で、実施について立法化されてはいます。そして、それは「社会保障と税の一体改革」の枠組みの中での政策協定であったはずです。とすると民主党政権下で作成された「社会保障と税の一体改革」とアベノミクスを整合させる必要があると言うものですが、いまだそれは見えてはきていません。

 この点、早大教授の若田部昌澄氏も中央公論(10月号)で、増税を行う時の基準を政策目標として再定義すべきと指摘しています。具体的には、前政権で策定された成長目標を踏襲し、実質成長率2%、名目成長率3%を目指すよう努力するとしていますが、日銀がインフレ目標を2年で2%程度達成させるとしている現状からは、名目成長率は4%に設定すべきであり、政府の成長戦略が依然3%を掲げているのは整合性を欠く、と言うものです。また、増税が必要になるかは税収弾性値の推移如何も問われる処ですが、勿論成長だけでは無理だとしても、財政再建には成長は必要不可欠というものです。そこで、同教授は「政府と日銀は政策目標を名目GDP成長率4%目標に再定義し、デフレ脱却への意志を再確認すべし」というのです。

 要は、仮に増税に踏み切るとして、その際は、納税者たる国民に対して、政府には改めて、‘今何故増税が必要なのか’、そして‘それがどのように使われ’、結果として、‘どのような社会となっていく事になるのか’について十分、納得のいく説明がなされるよう求めたいと思います。因みに過去、消費増税を実施した首相(1989年4月、竹下登、1997年4月、橋本龍太郎)は、その直後には失脚を余儀なくされています。その意味では、安倍首相にとっても極めてリスクであることには変わりはないのです。


2.米議会が観る‘日本のいま’と安倍政権

 米議会調査局が8月2日、公表した「日米関係」報告書(注)では、7月の参院選後の日本の政治環境、安倍政権の外交等、日本の現状を分析しています。では、彼らはどのように‘日本のいま’を観ているのか、それを浮き彫りする形で概説したいと思います。

(注)‘Japan-U.S. Relations : Issues for Congress ’、 Aug.2,2013
 ― 報告書は全文33頁から成る小冊子で、その構成は以下の通りです。
-Recent Development
-Japan’s Foreign Policy and US-Japan Relations
-Alliance Issues
-Economic Issues
-Japanese Politics
(尚、本 Textはインターネトから入手できます)

(1) 安倍政権

・ 7月の参院選挙で自民党が圧勝した結果、衆参両院での自民党は圧倒的なポジションを占たことで、次期選挙の2016年までは選挙もなく、従って政治の安定が取り戻されたとして安倍政権の成立を歓迎するとし、併せて国民の大多数が、デフレ脱却、成長再生の「アベノミクス」を支持していた、と指摘します。

・ 一方、安倍晋三首相は国家主義者として知られているが、高まる軍事強化への姿勢、とりわけ集団的自衛権の行使問題についての言動については極めて問題と映る処とし、その一連の言動及び行動について、米国の利益を損ないかねる恐れがある、とも指摘しています。そして、その行動は近隣諸国同様に米国も注視している,とも云うのです。

(2) 安倍政権の外交と日米関係 

・ 日米関係:安倍外交のゴールは、一つはアジアへのインボルブメントを高めること、そして、二つには、軍事力の強化へ、と広がってきている、と指摘します。その上で、安倍首相は日米同盟の強力な支持者であると評価します。
 現在オバマ政権の外交政策は、Pacific Pivotつまり、アジア地域重視へと外交政策のリバランスにあり、その点で、アジア諸国との安定した長期的な連携体制の構築が必要とします。そして、その文脈に於いて、‘日米’関係は現在、極めて広範囲、かつ深化したものとなっている現実を確認した上で、日米関係にとって台頭する中国との関係をどのように維持していくかが一番の課題と指摘するのです。

・ TPPと日本の参加:7月23日、正式に日本は12番目の参加国として交渉に参加。世界第3位の経済大国、日本のTPP参加は、TPPの信頼性と有効性を高めるものであり、事実上、日米FTAの成立を意味するが、同時に、米国の進めるアジア・太平洋への地域戦略の枠組みの中核をなすものと評価するのです。
 また日本のTPP参加は、安倍政権が目指す経済改革への触媒となる、と同時に、安倍首相としては岩盤とも言われている抵抗について、TPP条項に合わせていく上で、大きな犠牲を覚悟することは必要となろうとも指摘するのです。

(3) 領有権問題と日中関係

・ 日中関係は、2012年8月、尖閣3島の日本国有化行動を機に日中両国間に於いては、尖閣諸島の領有権を巡る論争がヒートアップし、爾来いまなお政冷状態にあるが、2013年4月には、中国外務省は初めてこれら諸島問題は極めて重大な関心事と発言していることをリフアーし、いずれ、中国は日本が領有権問題の存在を認めない限りは日本を含むハイレベルの会合は、これまでの日・中・韓首脳会議を含め、拒否することになるとも指摘しています。
 尚、米国は主権問題についてはどちらの立場にも立つものではないが、日本の島の管理者としての立場については支持をすると云う。(1972年以降、日米安全保障条約(1960年)は当該諸島をカバーするものとされてきている。つまり‘日本国政府管理下のテリトリー’として米国は防衛することになっている。)
いずれにせよ、中国は日本が領有権問題の存在を認めない限りは日本を含むハイレベルの会合は、これまでの日・中・韓首脳会議を含め、拒否することになると言う。

・ 一方、中国と韓国は安倍首相の日本の軍事力強化の方向について極めて警戒をしている、と指摘します。その背景には日本の20世紀前半でのアジアにおける侵略行為に対し、政府の歴史認識問題があいまいなままにされている為と言うのです。更に、かかるコンテクストの中で、安倍首相は日本国憲法の改正に向かおうとしているが、これは憲法で禁止されている軍事行動を可能にし、日本の防衛を他国との連携の下で行うことを目指すものとされるが、この点、北京からは強い批判が出てきており、韓国でも同様、不安を齎していると言うものです。米国としては、日本の国防強化の方向については支持する処、米国と日韓の三極連携を進めるとの点からは、この歴史問題は協力体制に影響を及ぼすものとして暫し、静観の姿勢をとっていると言うのです。

(4) 安倍首相と歴史問題

・ 安倍首相は予て国家主義者として位置づけられる仁と。これまで彼は、日本は植民地先での行動が不当に批判されていると主張するグループに属し、日本は欧米のアジアでの植民地解放をおこなってきた点で十分に評価されるべきであり、1946−48年の東京裁判における戦争犯罪者の扱いは不当なものであること、また、1937年、帝国陸軍に拠る南京大虐殺事件はまさに‘でっちあげ’と批判する。

・ 一方、こうした歴史問題は日本の中国、韓国との関係に長く色を染めてきており、彼らは今なお、20世紀初期の日本軍の占領行為に対し、中韓に対して十分な謝罪と補償を行っていないと批判を続けていると言うのです。そして、安倍氏の政治的地位が強まれば更にその姿勢は高まり、アジア地域での反日行動に火がつきかねず、貿易自由化交渉はもとより、米同盟国間の安全保障に脅威を齎し、とりわけ中国との緊張関係が一層に高まることになると、懸念するのです。

・ 尚、今日、A級戦犯を合祀した靖国神社への日本の首相、大臣が参拝する問題、また慰安婦問題については、1993年、当時の河野官房長官が、日本軍による犠牲者にたいしてお詫びし、日本軍の行為に対する責任を容認する旨の、いわゆる「河野談話」をだしているが、2006年の第一次安倍内閣時、河野談話のvalidity(有効性)に疑問がある由、示唆し、最近では河野談話の修正の可能性をちらつかせている。

(5)日韓、日朝関係

・ これまで日韓関係は貿易、安全保障等での友好的な関係にあったが、今、冷めた関係にある。民主党政権下、韓国の伊大統領政権は日韓に跨る歴史問題をうまく処理し、北朝鮮の挑発への対応については協力し、又日韓軍事演習には関係者の見学を受け入れてきたし、情報の共有化にかかる双務的な安全保障協定などまさに交わされる直前にあったが、両国の新政権の間には互いに合意を見ることなく、又米日韓三国協議等、三極の協力関係も薄れてきていると指摘しています。加えて、慰安婦問題、教科書問題も全てがそれらの線上にあるものとし、‘竹島の領有権’を巡る問題も事態を複雑にしていると指摘しています。

・ 一方、北朝鮮問題を巡っては、2009年から2010年にかけてのピョンヤンの一連の挑発行為で、日米韓の間では新たなコンセンサスができた。つまり、北朝鮮の2012年ミサイル発射また2013年2月の核実験はワシントン、東京、韓国の3者間での安全保障問題への取組の強化を進める処となった。日本は又、2011年終盤、米国との連携を強め、2012年初めにはオバマ政権が北朝鮮と核開発とミサイル計画、そして食料支援問題について交渉が進められてきたが、交渉は失敗。その後は北朝鮮の核開発計画に係る多角交渉は停止したままにあると。

 但し、日本に取っての問題はミサイル発射や核開発に加え、1970年代から80年代に起きた拉致事件だ。日本はこの拉致事件が解決されぬ間は北朝鮮への経済援助はおこなわないとしている。2008年ブシュ政権は北朝鮮に対して核開発計画について譲歩を引き出した為、北朝鮮をテロ支援国家のリストから外した。近時、拉致事件は忘れられがちだが、安倍氏の再登場で拉致問題への注目が再び詠みかえってきたと指摘しています。


 さて、以上のリポートからは、米国の日本の現状に対する関心事は、日米関係という枠組みに於いて、下記点に集約される処と言えそうです。つまり、
(1) 日本に安倍政権という安定政権が生まれた事は、米国にとってのみならず、世界経済にとって歓迎される。
(2) 外交の基本軸をアジア・太平洋へとリバランスを進める米国にとって、そうした日本との連携(日米関係)を深めることでアジア地域とのより深い関係が期待でき、とりわけ、経済、安全保障両面で対中戦略の意味合いを持つTPPへの日本の参加で、TPPはパワーアップした、と日本の参加を評価する。
(3) ただ、安倍首相は、国家主義者として、国防、安全保障問題に熱心だが、近時の集団的自衛権の行使に係る言動はアジア諸国に一種脅威を与えかねず、また米国の利益をも損ないかねない。そうした国家主義的言動に米国は懸念を禁じ得ない。
(日米同盟強化にも増して、米国にとってはいま、日中、日韓の対話を望むというのが本音とする処と言えそうです)


3.日本の安全保障と対米協力という視点の現実

 上述「日米関係」報告書では、防衛と安全保障の点で安倍首相が極めてnationalisticな言動を取ってきているということ、とりわけ‘集団的自衛権の行使’を巡る言動に、米側が些かの懸念を持っていることを承知しましたが、それが今、行使容認の方向で具体的に動き出しています。

 つまり、9月17日、有識者でつくる「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が7か月ぶり、首相官邸で開かれ、憲法解釈で禁じている集団的自衛権行使についての議論が本格的に始まったと言うものです。云うまでもなく両院国会での捩じれが解消し、安倍政権が安定政権となった事で、‘予ての思い’実現を、という処かと思われます。そして、メディアに拠ると、安倍首相の意向を踏まえ「原則容認」の方向で年内に報告書が纏められると由です。

 その思いとは、「アジア・太平洋地域は中国の台頭や北朝鮮の核・ミサイルの脅威に直面しており、集団的自衛権の行使が認められれば、危険にさらされた米軍を放置せず自衛隊が米軍に協力できる範囲が広がる」、つまり日本が米国とより緊密に連携できるよう日米の役割を見直すことにある由でしょうが、その心はと言えば、日米二国間での軍事的関係の強化こそが日本の安全保障を担保することになる、との論理に負うものと云うものです。
 しかし‘日米で安保’を、と言う論理はもはや冷戦時代の遺物ともいえ、多角的な地政学的変化を呈する世界の環境にあっては通じる話ではなくなっているのです。例えば、先の報告書でも米国は日本のこうした動きには警戒的であること、また米国自身、急速に変化するグローバル経済にあって、アジア諸国との連携強化を通じて安保体制を再構築するという米国戦略のリバランスこそが米国と世界の安保体制の構造変化を示唆する処です。

 9月10日、例のシリア問題に関連して、オバマ大統領が行った演説はより一層、事情の変化を語るものでした。つまり「米国は世界の警察官ではない」、「われわれには世界のすべての悪をただすすべはない」との演説は、米一極支配後の世界が「ゼロ体制」にあることを明確にしたと言うことと言えます。
とすると、日米安保体制について或いは対米軍事協力について考えるとき、まずはこうした国際環境の変化を理解する事、そして、これまで日本が温めてきた行動様式を、その現実に照らし、よりリアリスティックに見直されていかねばならないというものです。

 同盟国である米国の一極支配が終わり、従って日本は地政学的に難しい局面にあると思料しますが、いまこの時点で、安全保障会議の創設や集団的自衛権の行使など、軍事力増強の視点で憲法を変えようとするのか、それは中国を徒に刺激するだけで、マイナス効果しかないものと思料するのです。
 むしろ、日本こそはこのGゼロ状態を利用することのできるポジションにある、とは米ユーラシア・グループのイアン・ブレーマー社長の言(日経9/16)ですが、その彼は、そのカギとなるのは経済、つまりは「アベノミクス」の強化であり、日本の経済・産業の力を結集させる時だ、というのです。まさに共感する処です。

 尚、これに先立つ9月12日には、やはり有識者で構成する「安全保障と防衛力に関する懇談会」の初会合が首相官邸で開かれています。そこでは、外交や安全保障を包括する中長期的な指針「国家安全保障戦略」なるものが年内を目標に取り纏められるとの由ですが、上述、集団的自衛権行使と合わせ、市民感覚として何とも言いようのない重苦しいなにかを感じさせられる処です。
 

 おわりにかえて:いま 問われる日本の正義

 9月7日、ブエノスアイレスで開催のIOC総会に出席した安倍首相は、IOC委員からの質問に応え、汚染水漏洩について‘under control’、つまり完全に管理されているので心配はない、と断言し、2020年オリンピックの東京開催を決定づけました。と同時に首相の発した‘under control’、つまり、汚染水漏洩対策が日本としての世界に対する公約となったのです。 そして今、世界が日本政府の決意と実行力のほどを注視する処となっています。

 この発言の背景には、9月3日、汚染水対策として470億円の国費を投じ、政府は全面的に乗りだすと決定していますが、その際の姿をイメージしてのことかと推測します。
 しかし、その後も汚染水漏れが発覚し、更には、東電の技術専門家の‘管理はされていない’とのコメントが伝わるにつけ、国民の多くは本当に大丈夫なのかと疑心暗鬼にあります。そんな中、9月19日、東電福島第一原発を再度視察した安倍首相は、既に廃炉が決定している1〜4号機に加え、5,6号機の廃炉をも東電側に要請したのです。政府としては、福島第一原発全体を廃炉とすることで汚染水問題等事故対策全体を加速させ、`under control’の国際公約に応える、言うなれば‘日本の正義’を示そうというのでしょうが、今日に至る事故処理対応の実態からは、それはネガティブに映ると言うものです。更に、廃炉が決まったとしてもそのことで一連の原発事故処理問題が解決されると言うものではありません。

 つまり廃炉が決定されても、使用済み核燃料の処理、残留放射線処理、汚染水処理、等々極めてリスクの高い作業を経て解体、つまり廃炉に至ることになるのでしょうが、それに至るまでには30年、50年それ以上の時間が必要とされる処です。勿論これには膨大なコストがかかりますし、利益追求の企業(東電)としては、長期に亘って負の事業を抱えては成り立ち得ず、このままでは処理は進まず、企業は破綻と、最悪の事態を招来する処です。事態は極めて深刻というべく、国家としての危機すら感じさせられる処です。
そこで、国家の正義を示していく上からも、この際は‘英国の核燃料会社BNFL’(注)の例にも倣い、原発事業については国営事業として一元化再編し、運営管理することを目指すべきと思料するのです。勿論、廃炉に繋がる放射能処理等管理は、いうなれば‘負の配当’として国民の負担(税金)において行うものとの思考様式が然るべきと考えるのです。

(注)英国核燃料会社、BNFL(British Nuclear Fuels plc.):BNFLはイギリスの原子力産業の中心的役割を担う100% 政府出資の持ち株会社。事業内容は、核燃料の製造と輸送、原子炉の運転、使用済み核燃料再処理、更には、原子力発電所や原子炉施設の廃炉・解体事業となっている。

 処で、9月15日、稼働していた唯一の原発、大飯原発が安全審査の為、操業を停止しました。これで現在、日本にある50基の原発の全てが停止したことになります。勿論、審査結果では、再稼働されることにはなりますが、諸般の事情を勘案するに原発の再稼働はなかなか難しくなってきています。というのも二つの規制の導入がそれを示唆する処です。

 つまり、今年7月に原子力規制委がフィルター付きベントの設置を含む、厳しい内容の規制基準を設定した事、もう一つは、昨年の原子炉等規制法の改正で、原則として運転開始後40年を経た原子力発電所を廃止することが決まっています。これら審査基準をクリアーできても現実の対応には膨大なコストがかかる事、更に時間を要することなどで、現存する50基のうち6割が2030年には廃炉になることが想定でき、もはや制度面からも原子炉減少は始まっていると言うものです。原発を取り巻く環境はいま急速に変わってきていると言えそうです。

 かかる状況に照らすとき、今こそ、これまでの伝統的ともいうべき原発信奉からは離れ、原発に依存しなくても(原発ゼロと言う意味ではありませんが)やっていける持続可能な経済システムの再生を目指すことし、その為のエネルギー政策の見直し、と同時に電力事業の制度改革をすすめるべきと思料するのです。かかる発想が受け入れられうる環境が、いま、醸成されつつあるのです。

 集団的自衛権行使容認の問題, 原発汚染水漏洩問題、これらへの対応の如何は、まさに日本という国の本質が問われる処と言うものです。グロ−バル経済と生き、グローバル経済で勝つ、その目標に向かって進まんとする日本としては、時間をおくことなく、毅然として、それら問題への取組姿勢を明確に示し、新たなガバナンスの下での対応を進めること、それこそが焦眉の急であり、アベノミクスの正義、つまりは日本の正義の如何が問われている処と思料するのです。 

以上

 


 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2013/12/01