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林川眞善の「経済 世界の

第16回 改めてTPP協議の意義と日本のミッションを問う

2013/11/27

林川 眞善
 

 はじめに:英経済誌、ザ・エコノミストの示唆

 ちょうど一年前の12月、英経済誌The Economist(2012/12/12)は2013年の新年を翌月に控え、その巻頭言‘The gift that goes on giving’で、欧米先進国に対し‘2013年という年を,これまで低迷してきた世界経済を、低迷からの脱却を図り、グローバル経済の新成長戦略に向かう年としていくべし’と檄を飛ばしていたのです。

 そして、低迷していた英国経済を、貿易の自由化推進を通してして再興させた英国の歴史にも照らし、三つの提案をしていたのです。その一つは、TPP(Trans Pacific Partnership:環太平洋経済連携協定)、二つは、米・EU間貿易自由化協定、そして三つ目がEUの真に単一化の推進を、というものでした。 ― というのも1843年のエコノミスト誌創刊以来、保護主義議のCorn Lawsに反対する等、一貫して英国の保護主義的措置には反対してきたこと、そしてその結果、国を開き、貿易の自由化を誘導し、経済に自信を齎した、とする自負がそうさせていると言うものです。

 もとより、それら三つはいずれも経済の自由化にリンクする話であり、諸国間の交流を促進し、経済に活力を与えていくというものです。しかし現実の世界は、いま、思われているほどにはバラバラにあり、そこで等しく繁栄を目指すためには、また自由な民主主義経済の再建の為にも、これら施策は積極的に推進然るべし、と主張するものでした。

 そして、殊TPPについては、いうなれば成長市場のアジアを中心とした自由経済圏の構築であり、環太平洋間の貿易は世界の3割超を占めることとなりグローバル経済の活性化につながることになると指摘すると共に、経済の再生、活性化を第一義とする安倍首相には、TPPへの参加を真剣に考えるべしと、早急の検討を迫っていたのです。

 果たせるかな、日本政府は今年の7月、TPP協議への参加を決定し、その締結に向けて交渉は目下、第4コーナーにある処です。世界は、最終コーナーに入ってきたTPP交渉について極めて強い関心を以ってその推移を見守っている処です。というのも、この秋を境に、世界貿易の鈍化が云々され、米中を中心とした世界経済の生業に構造的な変化が、とりわけアジアを巡る地政学的環境変化が急速に進みだしてきたことで、経済のグローバル化の見通しが不透明なものとなってきています。それだけに、TPPがそうした動きに風穴をあけてくれ、そして環太平洋経済圏と言った広域自由化経済が動き出すことで、停滞気味の世界貿易を刺激し、グローバル経済に活力をもたらすものとの期待が高まってきているためと理解できるのです。つまり、TPPという広域自由化圏の成立を期し、それを切り口に、世界経済の再生をめざしたいというものといえます。

 とは言え、これまでTPPを主導してきた米国のオバマ大統領が国内の政治事情を理由に、10月のアジア諸国首脳との一連の首脳会議を欠席したことで、米国が目指したTPPの年内妥結への勢いが弱まり、瞬時、自由化への世界全体の躍動感が失われかねないような状況すら呈するまでになったのです。
 しかし、こうしたTPPを巡る周辺事情を冷静に見ていく時、実はアベノミクスを背にした日本に、世界経済への出番が再び回ってきたやに見受けられます。そして、その際の役回りはといえば、米国とも連携を強めながらTPPの合意を取り付け、そしてこれを通じグローバル経済に貢献する新しい日本経済創造を目指すという事と言えます。

 そこで、この機会に、改めて世界貿易の現状とそこにおけるTPPの意義、そしてTPPを巡る日米関係の変異、更にはTPPをめぐる日本のミッション、等、考察していきたいと思います。


 1. 世界貿易の現状が示唆すること

 グローバル化の流れが持続するかどうかは、米国と中国の政策にかかっているとする論評が近時喧しく、各種メデイアを飾っています。これら事情の背景にあるのが周知の通り米国と中国の行動様式の変化です。つまり、これまでグローバリゼーションを牽引してきた経済大国、米国が内政事情を反映し、急速に国内対応に軸足を移しだすなど、内向きになってきた事、もう一方の経済大国、中国は、米国の変化を伺う如く、国家としての権益拡大を目指す、いうなれば覇権主義的色合いの強いアジアへのpower shiftを図るなどで、グローバル経済の生業が急速に変質を示し出してきたことが、云々される処です。そして、世界貿易はといえば、こうした変化を映し、海図のない海域を行くが如くで、その伸びも2013年のそれは2年連続、世界経済の伸び率と同じ程度の伸びにとどまることが予想されています。もとよりこうした変化は、グローバリゼーションの基調に不透明感をもたらす処ともなってきている処です。

 英紙Financial Timesが指摘する世界貿易の現状

 10月25日付、Financial Timesは‘Into uncharted waters’と題する特集記事で、世界貿易はいま海図のない海域に入ってきたのでは、と次のように指摘していたのです。
 つまり、世界貿易の伸びと世界経済の成長率とを対比してみると、世界貿易は、WTOによると、1980〜2011年の過去30年間、2008年の世界金融危機の煽りを受けながらも年平均7%近い成長を続け、同じ期間の世界経済はIMFによると年平均3〜4%の成長率で推移してきており、つまりは経済成長率の2倍のペースで世界の貿易は拡大してきたというものです。しかし、それが2012年以降は明らかに数字が下がってきており、今や同じ率になってきていると指摘するのです。
 因みに、2013年はGDPの予想伸び率が2.9%に対して貿易の伸びは2.5%と見込まれており、2014年についてもIMF とWTOはGDPの成長率を3.6%、貿易の伸びを4.5%と夫々予想しているのです。そして、貿易の鈍化は、グローバル化を進めてきた前提条件となっていた多様なマクロ要素(コスト、3D等技術革新、等々)が変質してきたことの結果と分析するのです。


 そして、米ピーターソン国際経済研究所のArvind SubramanianとMartin Keslerの両氏がこの7月発表した論文 `The Hyper-globalization of Trade and Its Future’ (貿易の超グローバル化とその将来)をリフアーしながら、こうした世界貿易の減速は、世界経済の根本的変化の兆候と見るべきかどうか、世界はいまグローバリゼーションの持続的可能性について、二つのsignificant challenges、重大な課題に直面していると指摘するのです。
 一つは、これまでグローバリゼーションを主導してきた米国及び他先進国では、続く財政難そして賃金の伸び悩みを受けて中期的に成長展望が描けなくなってきていることで、これがグローバリゼーションの持続を難しくさせてきている、というのです。もう一つは、世界最大の貿易国となった中国には自国市場を海外に対してオープンにしていく事が求められる処だが、それに備える国内改革はと言えば未だ具体像はあいまいで、今後行き詰まる可能性があることで、もし、実際に行き詰まることになれば、‘グローバリゼーション’は大きな問題に直面することになろう、と云うのです。


 更にスイスUBSのMagnus上級経済顧問のコメント、「政治的に強力な支持なくしては、グローバリゼーションは依然として問題に直面していく事となろうし、保護主義的な方向に向きかねない」、をリフアーしながら、 米国も中国も自由貿易に対する強い支援をしていこうと言う意思も能力も持ち合わせていないように見えると分析するのです。
 尤も、ポール・クルーグマン教授はこうした見方については、貿易がGDPより常に大きく成長し続けるというのは、別に自然法則ではない。それは、過去数世代の間の政策と技術が進展した結果であり、偶然に起きたことに過ぎない、と反論しているのですが。

 いずれにせよ、グローバル化の流れが持続するかどうかは、米国と中国の政策の如何にかかっている、と言うものですが、‘Gゼロ化がどんどん進む’(イアン・ブレーマ氏)今日の環境にあって、さて、かかる思考様式で済まされると言うものか、と疑問の残る処です。


 2. オバマ米大統領が齎す地政学的環境変化、と日本のポジション
            −付、[別紙] 参考ノート「TPPと日本経済」


 確かに、これまでグローバル化推進を主導してきたのは米国です。とりわけ近時、推進してきた外交戦略、Asian pivot、つまり「アジア旋回」ではTPPの成功を通じてアジア太平洋諸国との連携強化をはかり、広域経済圏の再生を図ることを主導してきましたし、そのパワーは常に期待される処と言うものでした。しかし、残念ながら、9月、アメリカは、対外的には先のシリア問題への対応を契機にいまや世界の警察官たりえない、とする一方、10月には、対内的に、上下両院での民主・共和の捩じれ現象が内政の混乱を惹起し、これに対峙する為として、オバマ大統領は自身が主導してきた各種首脳会議への出席を取りやめ、内政に軸足を急速に転じ、今日に至っています。という事で、これまでのように米国の‘力’を頼りとしては回らなくなってきた、というのが今日的な現実です。

 序でながら、11月23日付のThe Economistは‘オバマ政権下の米国は、まるでかじ取りのいない船のようだ’とし、外交面では、‘各国首脳との関係が冷えていること。また例のAsian Pivotについては中国に脅威を感じさせてはいるが、他のアジア諸国に危機の際に米国が助けてくれるという確信を与えているわけではない。多くの人がオバマ大統領の言葉を疑い、実行力の無さを嘆いている’と言うのです。そして国内では‘政敵との話し合いがほとんどできていない。それどころか、身内との話し合いもない’と極めて冷ややかな評価を下しています。

 こうした変化をリアリステイックに言えば、世界はいま、米国がこれまで誇ってきた世界における地位が低下する一方で、中国やロシア等、敵対していた国が相対的に浮上してくると言った状況にあるというものです。そして、これまで米国を頼りとして、言うなればリベラルな路線で成長してきたASEAN諸国にとってはそれが叶わなくなってきたということ、一方、中国のアジアシフトについては、その背景にある政治姿勢に信頼がおけないと言ったことで、そうした大国に挟まれ戸惑うASEANがそこにあると言うものです。
つまり、地政学的に言うならば米国の変化、中国の対外政策にみる不透明さ、これら二つの要素が齎す不安定な情勢の中心がアジアにあるという事です。

 日本はいま優位に

 さて、アジアで進むそうした地政学的な環境変化にあって、日本のポジションはと言えば、米中とは違い、アジアを含めたTPPの推進に当たっては、ある意味、優位にある処と思料されます。というのも日本のアジア市場への対応はこれまで、企業の供給網を通して、実体経済との結合を深めてきており、その点では日本の立場は米中のそれとは本質的な違いがあると言うものです。因みに東南アジア諸国が再びTPPを無視できなくなってきたとする事情には、そうした日本が参加してきたからと言うもので、日本の参加は域内の自由化の躍動感に火をつけたからと言われています。これまでのTPPは米国と小国の寄せ集めの「張り子の虎」にすぎなかったとも言われていますが、日本の参加でTPPは実体を伴う経済圏に変質してきたとされるというものです。この点は、先の論稿で紹介した米議会調査局が8月、纏めた「日米関係報告書」でも同様指摘されていた処です。

 前出周知のとおり、10月のオバマ大統領のTPP首脳会議欠席で、瞬時「自由化への世界全体の躍動感が失われかねない」(日経、10/09)状況になったのですが、では米国の代わりを誰が務めることになるのか、というと、それは自由貿易の理念を米国と共有する立場にある日本という事になる処です。事実オバマ後の協議交渉については日本が主導する形でフォローされてきていますし、これまでの日本とアジアとの関係を踏まえるとき、対立する米国と新興国の間に入り、両者が折り合える形で日本が交渉進展に貢献できる局面もあると言えそうです。

 勿論、米国は、依然自由主義の経済大国であり、彼らのサポートは不可欠です。しかし、内向きになってきた米国に代わって、その役どころを務めていく、つまり米国が目指してきた年内でのTPP合意を促し、アジア太平洋の広域自由圏の創造に一役買っていくことが出来る国があるとすれば、今の日本をして他にはないものと考えます。

 加えて、現在、日本はTPPの他、日中韓FTA,RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership : アジア地域包括経済連携)の全てに参加しており、それらの結節点になりうる環境にあるのです。更に今年は日本・アセアン友好協力関係40周年を迎え、来月12月には東京で‘アセアン特別首脳会議’が予定されています。しかもそのメンバー国の内、4か国がTPP参加国である事情を勘案するとき、日本・アセアンの経済関係の深化はTPP完成に少なからず貢献するものといえ、こうした事情から日本はTPPの完成に向けてcasting voteを持った存在と映る処です。安倍首相もそうした要素を踏まえ、すでにASEAN加盟10か国を精力的に訪問し、来たるアセアン特別首脳会議に備えています。 今まさに、日本は出番にあるという事なのです。

 [ 別紙 ] 参考ノート 「TPPと日本経済」

 (1)TPP(Trans Pacific Partnership :環太平洋経済連携協定)
TPPとは2006年11月、シンガポール、ブルネイ、チリ、NZの4か国で進めてきた自由貿易協定を前身としてスタートしたもの。2008年以降、米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシア、そして2013年にはカナダ、メキシコ、日本の参加を得て12か国で協議している経済連携の枠組み。対象とする環太平洋経済圏の経済規模は、GDPベースで約25兆ドル、人口約8億弱。そこでは関税の原則撤廃の他、投資環境の改善やサービス市場の開放等についての共通ルール作り(以下)を目指すというもの。

 (2)TPP交渉で対象とされている21項目
 [1] 物品市場アクセス(関税の撤廃、削減)、 
 [2] 原産地規制(関税引下げ対象品の基準)
 [3] 貿易円滑化(貿易規制の透明性向上、手続き簡素化)、
 [4] 衛生植物検疫(輸入食品の安全確保)
 [5] 貿易の技術的障害(製品の安全・環境規格が障害にならないようにする)
 [6] 貿易救済(国内産業保護のための一時的緊急措置)、
 [7] 政府調達(中央・地方政府による調達のルール)、 
 [8] 知的財産(模倣や海賊版の取り締まり)、
 [9] 競争政策(カルテルなどの防止)、  
 [10] 越境サービス貿易(サービス貿易のルール)、
 [11] 商用関係者の移動(ビジネスマンの入国・滞在ノルール)、
 [12] 金融サービス(国境を超える金融サービス提供のルール)
 [13] 電気通信サービス(通信事業者に求める義務などのルール)、
 [14]電子商取引(電子商取引の環境・ルール)、
 [15] 投資(外国の投資家を差別しない等)、
 [16] 環境(貿易・投資促進のために環境基準を緩和しないこと)、
 [17] 労働(貿易・投資促進のために労働基準を緩和しないこと)、
 [18] 制度的事項(協定運用について協議する「合同委員会」について)、
 [19] 紛争解決(協定の解釈の不一致などによる紛争を解決する手続き)
 [20] 協力(協定の合意事項を実施する体制が不十分な国への支援)、
 [21]分野横断的事項(複数分野にまたがる規制規則が通商の障害にならないよう定める規定)

 (3)日本の参加は、自由化戦線への復帰
 2013年7月、日本政府はTPP参加を決定。日本が将来的に抱える課題に照らすとき、TPPへの参加は有力なソルーションの一つ。日本の将来は少子化で人口減少国となっていくこと、そして日本経済の生業は、労働力人口の減少、国内需要の減少で、経済規模の縮小が云々され、国内だけの力では、これまでどおりの経済成長は果たせない。とすれば世界の元気な国々と連携して生きる道を進まねばならない。つまりは、グローバルな次元で成長要因を取り込んでいくと言う戦略思考が不可欠となる処で、そのためには、ヒト、モノ、カネの交流の‘場’を拡げ、成長を図っていく、そうした行動様式が求められていくことになる。そして、これは言うなれば日本の自由化戦線への復帰を意味する処と言える。

 もとより、TPP締結達成は、アジアに於ける広域自由貿易圏の確立を目指すものであり、それを契機として、新たなアジア戦略の展開が期待されると言うものであり、それこそは‘グローバル経済で勝つ’とするアベノミクスの戦略目標に重なる処。出番を迎えた日本としては、確固たる意志を以って推進していくべきと思料する。

 (4)TPPを巡る国際関係図

            構図:TPPを巡る国際関係図



 3.新たな国造りに通じるTPP

 英経済誌、ザ・エコノミストの叱咤

 11月16日付The Economistは `Reforming Japan : The thicket of reform ‘ (日本の構造改革はいま藪の中)と題して、進まない安倍政権の構造改革の動きの鈍さに苛立ちを示しています。同誌は、11月発表のGDP数字の逓減傾向(注)を捉え、安倍首相が主張してきた規制改革を通じて成長基盤を確保するというのはどうなっているのか、例の薬品のネット販売を巡る三木谷楽天社長騒動を引合いにだしながら、農業や労働市場、医療分野が抜本的に改革されるはずだったが、それが遅々として進まない状況に、安倍首相は何処に向けて‘矢’を射ろうとしているのかと、強く疑問を呈すると共に、これら改革が実行されるかどうかによって、自国を立て直すという首相の覚悟の本気度が分かる、と批判するのです

(注)11月14日政府が発表した本年第3四半期(7〜9月期)の実質成長率は年率換算で
1.9%と昨年の第4半期以来4四半期連続の上昇と。但し、昨年第4半期の年率成長率は0.1%から、本年第1四半期では4.1%、第2四半期では3.8%に次いで、第3四半期は1.9%と逓減傾向にあり、需要項目でみた成長寄与度は公共投資に拠る処大で、政策効果に多くを依存した成長となっている。

 そして、国民から前例のないほど大きな負託を受け、国会の両院で多数派にある安倍首相は、現時点までに、はるかに多くのことを成し遂げてしかるべきだったとあまりに遅い動きを批判するのです。漸く回復の兆しが見えてきたタイミングをとらえて積極果敢に改革に取り組むべきであり、またそれを可能とする環境がそこにある、という事なのです。

 TPPと規制改革

 改めて、TPP協議に参画するという事は、日本という市場を海外企業により魅力のあるものとしていく機会でもあるのです。その本質は、オープンな国に変えていく事、そしてその政策努力を通じて構造改革を進めるという事を意味する処です。とすれば、やはりそのカギは規制緩和であり、規制緩和・撤廃をカギとして成長をめざすアベノミクスと軌を一にする処です。つまり、TPP交渉は多国間での自由化交渉ですから、関係諸国のシステムとのバランスに於いて、必ずやそれら規制等の見直しが必然的に起きてくるはずです。その点、それを外圧対応とするのでなく、将来への成長基盤の確保のためにも、ビジネスの活力をそぐような規制の改廃を積極的に進めるべき、が問われる処です。上述エコノミストの指摘はまさにそこにあると言うものです。
 いま、TPP交渉では日本にとって、例の聖域5品目(注)の取り扱いが大きな問題となっています。これら当該製品を巡る問題とは、限定的な事業従業者、関係者の既得権益を如何に守るかと言ったものでしょうが、もはやグローバルに進む構造変化を踏まえた場合、いつまでも既得権益に囚われた議論ではなく、将来から見る日本、そしてそれに向かったアプローチと戦略をベースにTPPの主役を目指すべきと思料するのです。

(注)重要5品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、甘味資源作物)については7月の参院選で自民党は「聖域」として関税維持を掲げていたが、11月14日現在、これら5項目について、米国側の「全廃」要求を受け、政府内では関税ゼロや低関税で一定量を輸入する「特別枠」を設ける案が浮上してきている由。一律の関税撤廃ではないものの、部分的に市場開放を進める姿勢を示し、米国などの理解を得たい考えとつたえられている。

 そして、具体的には急速に進む環境の変化に照らし、規制改革についても、これまでがサプライ・サイドに立った規制であったものを、まずデイマンド・サイド、つまり消費者のインタレストをより踏まえた規制改革とする事とし、併せて競争力強化の視点からグローバル経済との接点を如何に図っていくか、言うなれば、絵をもった戦略的対応を進めるべきと考えます。そして、その成果はまさに構造改革と位置づけられるというものであり、それこそは、まさにアベノミクスの真骨頂と期待されるところです。

 TPP参加の意味は‘国を開き、国を拓く’、そのことで経済の生産性向上、国民生活の高質化を目指すところにあり、言い換えれば、それは新たな国造りという事になるのです。

 平成の「尊‘農’攘夷」論

 序でながら、TPPについては、日本の力を削ごうとする米国の陰謀だとか、競争力に欠ける零細農家が犠牲を払う事になる、とか、反対する論者は今なお多くあります。しかし、少子高齢化が急速に進む日本経済にあって競争力を維持し、持続可能な経済に持っていくためには構造改革を進めていく事は必然であり、同時に経済発展を担保する要素としてグローバル経済との連携も不可避というものです。にも拘わらず、自由化反対、TPP反対と叫ぶ反対論者の姿は、江戸の末期、時代の変化を理解することなく開国反対を叫び、開国を受け入れようとした幕府を倒せと、当時、下級武士が尊王攘夷を掲げバトルを起こし散っていった姿を想起させる処ですが、TPPの反対論者はいまや、‘尊王‘ならぬ、平成の「尊‘農’攘夷」 論者と映るばかりです。


 おわりに:それでも気がかりなこと

 10月15日、召集された国会冒頭での所信演説で、安倍首相は再び、デフレ脱却へ向け、成長戦略を実行する決意を示し、財政再建、社会保障制度改革の同時達成を図っていく考えを強調したのです。そして「実行なくして成長なし」と彼は訴えたのです。是非、既成の利権等に囚われることなく、思いの処を実行していって貰いたいと期待する処です。

 しかし、差し迫ったテーマはそうした経済だけではなさそうです。いま、安倍首相は‘積極的平和主義’の名の下、日本の安全保障の枠組みの再構築を進めようとしています。
 それは‘日本のことだけを考えていては、日本の平和は守りきれない’との発想にある由ですが、近時、頻繁となっている高まる中国脅威、北朝鮮の軍事行動等に駆られた行動とも言える処かと思います。前回の論稿でも指摘しましたが、なにか気になる、というものです。というのも日本の安全保障への取組の如何は、国民の安全、安心に直接的にかかわる問題であり、国の形に関わるイッシューだけに、それは経済問題以上に大変な問題と言わざるを得ません。

 平和主義を原則とする現行、日本国憲法の下で禁じられてきた‘核三原則’の見直し、‘集団的自衛権’の容認、‘これまで外交ルートをベースとしてきた安全保障政策’を新設予定の国家安全保障会議(日本版NSC)に一元化する事、更には‘防衛大綱’の見直しと言ったことが、具体的に進められだしています。

 勿論、日本版NSCの新設は、とりわけ近時の緊張を齎すアジア情勢に照らし、又そうしたアジアと共存していく為にも、情報対応を整備していく事は否定するものではありません。しかし、これが現在進められている特定情報秘密法との兼ね合いで、情報の公開が規制されることにでもなれば、まさに民主主義の根幹にも抵触する処だけに、危険性を感じざるを得ないと言うものです。しかも、そこでの会議の議事録は作成しないと決められるようでは、ましておや、という処です。国民の自由な権利を確保していく為にも、今後の進捗を注視していきたいと思うばかりです。

 是清には今の安倍政治がどう映る

 処で、アベノミクスの解析的定点観測を始めるに当たり、昭和初期の政治家、高橋是清について研究し、適宜、発表してきました。というのも、安倍首相は、是清を「勇気づける先人」と明言し、言うなれば‘師’と位置づけていたと言うものです。そこで、安倍経済政策、アベノミクスを理解していく上で、高橋是清の世界を理解し、そして安倍晋三が目指す政策と是清のそれが如何に共鳴しているものか、更には、彼の政治行動がどの程度にまで、是清のそれに近づき得るものか、みていきたいと言うものでした。

 確かに、金融・財政政策については、是清の当時の政策を超えるほどの成果を上げてきたと言える処です。問題は、本番を迎えたこれからの動きという事になるのですが、是清と対比してみるとき、その違いを際立たせるのが国家観にあるように思えそうです。

 つまり、是清は、政治家としての行動規範として13の原則を有していました。そして、その原則は常に‘国民の為に国の発展’を目指し、衝に当ることを一義とするものでした。
因みに、軍国主義の時代にあって、彼は徹底的なリベラリストとして、軍事予算については国民の経済厚生からは無駄なものとして極力抑える事に専念したと言われています。

 一方、安倍晋三はどうか。経済再生のシナリオは順調に進み、彼の手腕は世界的に評価される処となっています。しかし近時の政治行動はというと、その余勢を駆ってか、或いは本来の国家主義思想がまたぞろ出てきたと言うのか、国力を高めるものとして、上述のように急速に右寄りのそれと映る行動様式を取りつつあります。そこで、質すべきは、では国の発展とは何のためか、という事ですが、その明確な回答は未だ見えては来ていません。

 本年度の防衛関係予算は増大しており、更に増加が予想される処ですが、さて、是清は、彼のこの姿をどのように見ることでしょうか。筆者が敬愛する仁によると、安倍晋三のDNAには、経済の上位概念として政治があり、従ってアベノミクスで経済が順調に進めば、次はそれを礎に、国体づくりに回ることになる、と言うのですが、とすれば、今後、ますます安倍政治の行動様式が気がかりとなる処です。
 以上

 

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2013/12/01