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プロフィール
1951年 栃木県生まれ、東京大学農学部農業経済学科卒。丸紅に入社、丸紅経済研究所代表を務めた後、2011年10月 資源・食糧問題研究所を開設、代表に就任。
主な著書
「食糧危機にどう備えるか」 日本経済新聞出版社 2012年
「水で世界を制する日本」 PHP研究所 2012年
「資源に何が起きているか?―争奪戦の現状と未来を知る」TAC出版 2011年
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片岡: |
今月の右脳インタビューは資源・食糧問題研究所の柴田明夫さんです。まずは高騰を続ける資源価格についてお伺いしたいと思います。
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柴田:
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資源問題は、今世紀に入ってステージが変わりました。それに伴い生物の多様性が失われる、地球温暖化、水の不足といった様々な症状が表れており、その一つが資源価格の高騰です。これは、ただの高騰ではなく、過去30年間の価格帯から新しい価格帯に移る均衡点の変化です。これまで自然エネルギーの分野では、枯渇性資源の希少性の深刻化が問題となってきました。しかし現在は、あまり希少性とは関係のなかった資源にも新たな希少性が生み出され、生活、人の生死と直結する水、食料までもが問題となってきています。
新興国のダイナミックな成長は工業化、重化学工業化であり、1960年代の日本の高度成長のようなものです。社会インフラがどんどん整備されて、資源、エネルギー、食料の需要が急増します。この時は1970年代に2回のオイルショックと食糧危機騒動が起き、先進国は省エネ・省資源で成熟化して行く、その一方で資源の開発のブームが起こって供給の天井が高くなってなり、1980年代に入ると資源価格は急落しました。BRICS現象では、安い資源を使って新興国が重化学工業化による成長に動き出し、一気に資源が逼迫しました。
また2001年には中国がWTOに加盟、その成長が国際社会に連動します。具体的にはWTO加盟は中国に3つのエンジンを齎します。@輸出、A外資、B成長に必要な資源、エネルギー、食糧です。つまり外国の資源や資金を使った成長パターンで、外国の資本を受け入れようとする側と、新たなフロンティアを見出して投資しようとする側の思惑が一致し、中国への投資が加速します。その資金は中国から更に他のBRICS諸国、そして周辺諸国に流れ込みました。これにより1960年代の西側世界の工業化とは比べ物にならない規模で資源爆食化が始まり、廉価な資源の時代は終わります。
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片岡: |
その中国の失速懸念が指摘されていますね。
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柴田: |
中国は1978年の開国解放から、30年間、平均10%超の成長を遂げてきましたが、当然、弊害もあって、この成長が持続不可能なものになってきました。このため2011年、全人代の第十二次五か年計画(注1)で、3つの方針転換が示されました。@経済強国から、共富、或は富民。要するに経済強国を目指してGDP第2位になったけれども格差が広がった。その格差是正という動きです。A外需から内需への転換。B高炭素社会から低炭素社会へというような環境に配慮する対策で、これを今後10年ぐらいで進めようとしています。そして中国は、これまで掲げてきた8%成長の維持という看板を下ろし、7.5%成長に切り替えました。
中国の減速懸念もあり、資源市場も落ち着きを取り戻したところですが、私はこのままではないと思っています。確かに「格差是正を進め、内需、消費主導の経済に転換、環境に配慮した低炭素社会を作る」、これが速やかに達成できれば、資源の市場は落ち着きます。しかし皮肉なことに、経済構造の切り替えを急ぐために進めている高速鉄道ネットワーク、電源開発や送電網の整備、自動車産業の発展等の社会インフラの整備は、資源を益々爆食させ、落着くどころか、かえって刺激しかねません。また既に中国は資源確保のため、2008年に国家資源政策を定めました。一つは供給量の確保、国内の資源開発は勿論、海外の権益をとる。もう一つは備蓄です。国内の生産量で間に合う石炭やレアアース等は産地備蓄をして外に出さない。足りない資源については輸入をして国家戦略備蓄を行う。ここに石油や銅、最近は穀物なども入っています。
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片岡: |
中国については日本の商社系研究所間でも、見方が大きく分かれていますね。
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柴田: |
一般的にいうと三菱や三井は保守的な立場をとっており、伊藤忠はどちらかというと旗幟を鮮明にしていないと思います。三菱商事の国際戦略研究所は、どちらかというと社内向きの経営戦略的な性格です。自分たちで調べて、自分たちでチェックして、自たちの投融資委員会などの話について批評をし、フォローもする。だから慎重な傾向があると思います。丸紅経済研究所は、そういう役割になっていないこともあり、積極的な立場です。もっとも丸紅はトップが財務端でしたので…。例えば銅鉱山の大規模投資の時も最初は変化に対して慎重でした。銅が3000ドルの時、投融資の委員会では、過去20年間はせいぜい2000ドル、3000ドルは高いではないか…と。現在、移行期間にあり、新しい均衡点に変わろうとしているという私の主張は全く理解されませんでした。しかし値段が上がってくるに従って、社内の見方も変わってきました。結局、後手に回るのですが、銅の値段は一時期1万ドルに達し、今は8000ドルくらいです。
後手とはいえ、もう下がらないと見れば手を打ちます。世の中は、水準には順応するのですが、変化にはついていけません。例えば、原油が100ドルを下回らないと見れば必要な開発投資、省エネ省資源の投資をし、イノベーションを促します。しかし、今の高騰は投機マネーによるもの、つまり変化だと思えば、下がるかもしれないので何もできません。そして誰も下がらないと見れば、あらゆる資源の相対価格がこの原油の価格に従って調整され、穀物も例外ではありません。
そして今は、投資が一斉にシェールガスに向かっています。シェールガスは昔から存在はわかっていたのですが、原油価格が200ドルぐらいにならないと採算が取れないといわれていました。しかし、中小のメーカーが既存の技術を組み合わせて、今までの数分の一以下の安い価格での開発に成功し、今や生産されるシェールガスは100万BTUあたり2ドルを割りました。ガスは、概ね石油に換算すると6倍すればいいので、12ドルの原油が供給され始めたようなものです。
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片岡: |
原油価格は未だ高水準ですね。
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柴田: |
WTIの原油は100ドルを維持しています。何れは収斂していくものと思いますが、一つには天然ガスの用途の問題があります。今の石油需要の大半はノーブルユースと言って、できるだけ基礎化学製品の原料や製油して輸送用に使われています。安い天然ガスが出ても、それを受け入れるガス自動車やスタンド等のインフラが整っていませんので、まだガソリンが強く、切り替わるには時間がかかりますし、またシェールガスの価格も今後、修正されると思います。というのは、シェールガスは、まさに権益バブル。高値で買った権益も、生産してみたら2ドルに暴落し、採算が合わなくなっているので、各社生産を絞ってくるでしょう。
またシェールガスには生産に多量の水を使うという問題があります。米国で、どこからその大量の水を持ってくるのか、水の供給が生産のネックとなってくるでしょう。更に水を使えば当然環境汚染の問題が出てきます。水源は地下1000mくらい、シェールガスはさらにそこから1000m以上深いところにあるから大丈夫といいますが、水源が汚染されるのではという心配はなくなりません。問題が起こってからではいけないので規制は強まってくるでしょう。
それから米国でシェールガスを外資が開発しても、それを本当に日本、アジアに持ってくることが出来るのかという問題があります。尖閣諸島から北部春暁ガス田にかけての権益と海底掘削技術を持っていたユノカル(注2)を中国海洋石油総公司(CNOOC)
(注3)が買収しようとした時、反発運動がおき、エクソン・フロリオ条項(注4)への抵触が叫ばれ、外資に対する拒否権が発動されました。シェールガスを開発し、輸出できたとしても、米国内のシェールガスの値段が上がってくると、同じ問題がでてくる可能性があります。
丸紅も含め、各商社は数千億円単位を投資しています。勿論、慎重に検討していると思いますが、焦って投資合戦をせずに、少しは話し合って慎重にしたほうがいい部分もあります。
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片岡: |
もともとエクソン・フロリオ条項は、富士通による米フェアチャイルド社の半導体部門買収を阻止するために制定されたともいわれておりますので、なおさらですね。仮に輸出が認められても、日本はそれなりの代償を迫られるでしょう。
ところで、緊迫するイラン問題もまた日本への影響が大きいですね。
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柴田: |
イランの核開発問題については、今は話し合いが行われて前向きになっていますので原油価格も下がっていますが、それでも100ドルを割りません。問題が起こると、制裁が強まり、話し合いが行われ、お仕舞…、こうしたことが繰り返されていますが、それでも戦端が開かれる方向に進んでいると感じています。そうなると、イランにホルムズ海峡を封鎖する能力があるか否かに関わらず、砲身を向けただけで通過するタンカーのリスクは跳ね上がり、保険料が高騰、誰も通過しなくなり、原油が高騰します。
こういう時、投機マネーは必ずといっていいほど前の高値を目指しますので、リーマンショック前の高値である147ドルを意識した動きになるでしょう。この時の供給途絶は日量1700万バレルの規模、これは世界の供給量の2割、貿易量の4割に相当します。以前も石油中断懸念から価格が高騰したことがありますが、これだけの規模のものは初めてです。しかも、ここを通る石油の殆どは日本、アジア向けですが、日本は根本的な手を打てていません。昔から脱中東、自国の開発比率をあげようと努力してきましたが、結局、未だ9割を中東に依存しています。天然ガスの比率を上げようともしていますが、すぐには難しいのが現状です。
さて、数年までイランにある遠心分離機は1000機といわれていましたが、今は5万機といわれ、本気でウランの濃縮をしており、2010年には20%までの濃縮に成功しました。20%までくれば、後の工程は比較的容易に達成でき、もう数ヶ月後には数発の核弾頭を保有できるでしょう。一方、イスラエルは核弾頭を200発保有しています。この微妙なアンバランスは先制攻撃に動きやすい不均衡といわれています。そしてイスラエルは「レッドラインを超えればただではおかない」と公言しており、何ら攻撃を行わないならば、信頼性が失われかねません。また欧米の対イランの全面禁輸が7月1日から始まります。そういった種々の状況を考えると、この夏場は危ないと思っています。
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片岡: |
戦端が開かれると、日本では要原発への流れが一気に強まりそうですね。
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柴田: |
当然、そうなると思います。日本は、エネルギー・資源分野では、国内は長期不足懸念、海外は資源の供給不足と価格上昇、その上、円高です。日本のモノづくりの根幹が揺すぶられており、成長モデルの転換を迫られています。
さて資源は、今後10年くらいはあまり下がらず、10年を目途に何らかの節目を迎えるでしょう。しかし、価格は高騰するということは必ずしも悪いことばかりではありません。日本などは資源の供給制約が内外で強まって、それが価格の均衡点変化という症状に表れてきているわけであって、それは投機マネーなどと言っているのではなく、それを新しい水準として受け入れて必要な投資を行う。例えば4つのR,
Reduce, Reuse, Replace,
Recycleは大きなチャンスとなるでしょう。ただ日本企業は単独では色々やっているのですが、要素技術では優れていても、それを川上から川下まで、戦略的に活用できていません。
またやはり資源の分野では欧米にかないません。BHPビリトン、アングロ・アメリカン、リオ・ティント…、資源メジャーは多くがイギリス資本で、産業革命を真っ先に体験し、強大な蓄積を持っていて、また日本やアジアの国と違って旧宗主国としての影響力に支えられながら現地の国に入ります。
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片岡: |
情報機関と密接な政治力、情報力も必要ですね。
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柴田: |
もちろんそれもあるでしょう。要するに仲間内です。それに金融もあります。コモディティーや資源など経済は市場原理でいいのですが、金融は政治です。そこは日本が一番弱いところで、そうなるとなかなか難しく、市場原理で拡大するところまではいいのですが…。例えばアフリカには本格的に手が付けられません。そうしたところには、共通のパターンがあって、アフリカを見直そうというと、まずカントリー・リスク・ミッションが商社から出て、債務、人口、GDP…と星取表を作って、それで投資の信用限度を少し引き上げようか…となります。一方、中国は国家主席や首相が訪問し、トップ同士の握手が安全保障だ…と。スピードが全然違い、積極的にアフリカに進出しています。
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片岡: |
水面下の念密な国家戦略と、それを担保するパワーバランスを整えてこそですね。貴重なお話を有難うございました。
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~完~
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インタビュー後記
中東リスクは何十年にも渡ってその重大性を指摘され、実際に何度もの危機が繰り返されました。それでもなお、そのリスクを克服できない日本の現状と、克服させない冷徹な国際政治のパワーバランスがあります。戦後復興の政策によって生み出され、自らの足で世界中に情報網と人脈を張り巡らせた総合商社。食料・資源問題が国家安全保障上、更に重要性を増す中で、どのような変貌を遂げるのでしょうか。
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聞き手
片岡 秀太郎
1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋
片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開
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脚注 |
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注1 |
http://www.jri.co.jp/page.jsp?id=19673(最終検索2012年5月1日)
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注2 |
http://ja.wikipedia.org/wiki/ユノカル(最終検索2012年5月1日)
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注3 |
http://ja.wikipedia.org/wiki/中国海洋石油総公司(最終検索2012年5月1日)
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注4 |
http://chizai-tank.com/Otsuka/Otsuka20111001.htm(最終検索2012年5月1日)
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右脳インタビューへ
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