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寄稿

国家の危機管理態勢を建て直すべし!

2012/5/28

山下 輝男
元陸将
NPO平和と安全ネットワーク理事
 

  1. はじめに
     我が国の国家中枢危機管理態勢は、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件等を契機として、それなりに整えられたが、未だに問題山積である。組織体制上の問題も然ることながら、組織等を機能させるべき危機対処訓練が全くなされていないことも問題である。それらが露呈し、日本の国家中枢危機管理の脆弱性を内外に示したのが、東日本大震災である。

  2. 我が国の国家中枢危機管理態勢の状況

    1.  我が国の国家中枢危機管理は、各省庁で対応できる場合を除き、内閣総理大臣を直接補佐する内閣官房が総合調整機能を有し、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)が所掌している。
       その体系は次図の通りである。(内閣官房HPから転載)
       
       官房長官のもとに、3名の内閣官房副長官が置かれ、その内訳は、政務担当として国会議員2名、事務担当として通常事務次官経験者1名となっている。
       尚、内閣官房長官及び副長官を補佐し統理する者として「内閣危機管理監」が置かれているが、任務は「国の防衛に関するもの以外の危機管理」とされている。
       内閣情報官は、内閣の重要政策に関する情報の収集及び分析その他の調査に関する事務を担当しており、次長及び総務部門、国内部門、国際部門、経済部門、内閣情報集約センター並びに内閣衛星情報センターが分担・処理している。大規模災害等の緊急事態に関する情報は「内閣情報集約センター」、防衛および大規模災害に関する衛星情報は「内閣衛星情報センター」が処理する。
       国防に関する重要事項および重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関として、「安全保障会議」があり、内閣総理大臣と一部の国務大臣により構成される。また、議長・議員を補佐する者として幹事が、調査分析を進言するための会議内組織として「事態対処専門委員会」が、それぞれ設置されている。安保会議の事務は「内閣官房副長官補(安危担当)が行っている。
       これらの組織を運用しての初動対処は次図の通りである。(内閣官房HPから転載)

       原子力災害の場合、原子力事業者からの原子力緊急事態(15条事態)の通報を受けた場合には、首相は、直ちに考慮の余地なく「原子力緊急事態宣言」を発し、自身を本部長とする「原子力災害対策本部」を設置することとされている。本対策本部の事務局は経産省緊急時対応センター(ERC)に置かれることになっており、保安院長が事務局長として事務的な司令塔の役割を果たす。この場合においても、安危担当の内閣官房副長官補が所掌することとされている。

    2. 現状の危機管理体制の問題点は?
       我が国の中枢危機管理体制を概観したが、以下のような問題点があると考えられる。

      1. 木に竹を接ぎ、鉄で補強しようとした感じだ。トータルとして如何にあるべきかを考えて組織体制をデザインしたものではなく、その時々の必要性と各省庁のせめぎ合いの中で生まれたのではないかと思われる。  

      2. 組織はあるものの脆弱である。
         ・調査研究、ノウハウの蓄積、マニュアルの整備、訓練実施等を行うには陣容が不十分、・情報と運用の一体性に難、・国防とその他の緊急事態対処の二本建て、・対処に係る訓練の欠如等により脆弱である。また、内閣危機管理監の任務・所掌には歪さを感じるし、その必要性にも疑問がある。

      3. 官房長官の指揮下に官房副長官があり、その指揮下に官房副長官補が配置されているという三重構造、屋上屋を重ねており、指揮結節が多い。また官房長官は指揮官なのか、総理の補佐者なのかを明確にすべきである。総理以下の官邸中枢の指揮関係を整理して機動的な指揮を可能にする必要がある。

      4. 対策本部はあるものの、機動的でなく、指揮命令権は限定的である。

      5. 官房の肥大化は首相の権限が弱いことの裏返しではないのだろうか?

      6. 副長官補3名で、20数個の室等を統括しているが、絶対的に無理である。
        安危担当が専任ではないことが問題だ。

      7. 副長官補は財務、外務、警察(防衛)官僚の指定席化している。

  3. 最近の危機管理上の問題点は何か

    1. 国家中枢危機管理の目的は何か?
       国家中枢危機管理の目的は云うまでもなく、国民の安全・安心の確保、国益の護持である。この目的に照らし、状況の特質を分析して、国家中枢として、いまそして次に、何を為すべきかを冷静に判断しなければならない。然しながら、最近の国家危機管理に係わる活動状況を見ていると、果たしてどうなのかと疑問を抱いてしまう。政治的な思惑或いはパフォーマンスが優先されていないか?
       何れにしろ、大所高所に立った状況判断が必要だ。状況判断の基本的要件は、『いつ何を判断すべきかを至当に判断する』ことであると云われるが、このような思考法を採っているのだろうか?眼前の事象に対する弥縫策しか念頭にないように思える。
       情報の隠蔽があったとは思いたくないが、国家に対する国民の信頼が揺らいだことも事実である。国民の政府・官邸に対する信頼なくして、国家的な危機管理は万全を期し得ない。

    2. 司令塔(HQ:headquarters )は機能したか?
       今般の東日本大震災の国家中枢危機管理組織は機能不全に陥っていたと断じざるを得ない。とても組織的な活動ができたとは思えない。この様な状況で、何とか対処できたのは、ただ単に運が良かっただけかも知れない。或いは現場や震災対応に当たる各救援機関の献身的な活動があったからであろう。
       先般の北朝鮮による人工衛星と称するミサイル発射事案に関しても、官邸と大臣との情報連携が不十分であったが、一刻を争う事態にこのようにHQ内の連携がなされないのでは危機管理など出来る筈がない。
       組織化や有機的な活動が不十分ならば、それをより効果的な組織にする努力を行ったのだろうか?情報の集約や共有が不十分であったと自分には責任がないみたいな発言があるが、それが不十分ならばそれを集約・共有する方策を見つけ出すべきである。そのような権限があり、手段は幾らでもある筈だ。
       クライシスマネージメントは、手持ちの駒で対処せざるを得ない。官僚を信頼も活用することもせず、組織を乱立させて、指揮系統を混乱させ、組織的な活動に支障を生じさせた。
       平時からある組織を運用して当面する危機事態を乗り切るしかないし、危機対処体制は、機能的・機動的でなければならない。シンプル・イズ・ベストである。

    3. 司令部(HQ)の役割は何か?
       クライシスマネージメントの基本は、現場が的確に対応することにある。時々刻々と推移する状況に即応し得るのは現場であり、現場に任せた方が事態対処は有効だ。最もそれしか方法がないのも事実かもしれぬが・・・。
       HQとしては、現場の状況を把握して、現場をサポートし、活動しやすい態勢を確立し、ボトルネックになっている事項や障害を迅速に取り除いてやるべきである。そして、HQはHQでなければ実施できない大所高所からの手を打つべきである。国民全般への対応であり、外国との関係であり、原発事故について言えば、オフサイトにおける対応であろう。
       福島第一原発事故について言えば、官邸中枢の現場への容喙は事態を混乱させただけである。そして、首相等の過剰なマイクロマネージメント(電源車の手配やバッテリーの手配等に関する対応)に対しては、これが国家中枢の行う危機管理かと慄然とさせられる。

    4. 危機管理に係る識能は?
       海江田前経産相の5月17日の国会事故調での発言に正直驚いた。原子力緊急事態宣言の発出が遅れたのは菅首相への説明に手間取り、理解を得るのに時間を要したからだと云うのだから呆れてしまう。
       民間事故調の報告書によれば、首相秘書官等が六法全書を持ち出して慌ただしく頁を捲りながら、基本的事項を一から確認するという有様であり、官邸中枢メンバーも同様であった。防災関係のレクチャーを一度も受けたことがない、少なくとも記憶していない等々の状況であったと云う。この様な実態であれば、官邸中枢を対象とした対処訓練など考えられない。国家・国民に対する責任の放棄そのものだ。

    5. 緊急時には緊急時の対応があって然るべきではないのか?
       緊急時に必要とされる対応措置の全てを事前に法的に規定しておくことは無理であり、想定していない対処措置もあろう。従って、状況に応じて、国家国民のために是非とも必要であれば、政府若しくは首相が責任を持って実行を命ずるべきではないのか?国会の事後承認であっても良いのではないか?
       村山連立内閣の時に首相がいみじくも言ったように『私が責任を取りますから、必要なことはやって下さい』と云うべきであり、それに基づいて各府省は対応すべきなのである。それこそがトップリーダーの為すべき仕事だ。
       災害緊急措置条項がある。異常かつ激甚な災害の場合には「災害緊急事態」を布告し、必要な政令を制定できるとの定めがあるが、国会閉会中であることや政令規定対象の限定など、今一使い勝手が悪い。必要に応じて首相の権限で対処上必要な事項例えば、業務従事、収用、保管・供出等々の分野にまで踏み込む必要がある。一時的な私権制限をも考慮すべきだろう。防衛事態においても同様だ。
       そういう意味においては、その他の緊急事態をも包含した「緊急事態基本法」を制定すべきだろう。

  4. あるべき国家中枢危機管理の態勢等について

    1. 最近の国家危機管理中枢組織に関する提言等

      1. 日本版NSC構想

        1. 安倍政権(文末 注1参照
          安倍内閣は、官邸の機能強化に取り組み、国家安全保障の司令塔(日本版NSC)を提唱した。安保会議設置法の改正案は、2006年4月国会に提出された。然しながら、衆参のねじれ国会の状況、安倍首相の病気退陣、その後を襲った政策観が異なる福田氏の首相就任により、成立の見込みはなく、2007年12月24日、誠に残念ながら、審議未了により廃案となった。

        2. 現民主党政権(文末 注2参照
          本年2月29日の産経WEBによれば、民主党は、「日本版NSC」の最終提言案を取りまとめた。本構想は安倍政権時代の案よりも踏み込んだものとなっておりそれなりに評価できる。
           本構想の具体化がどうなるのか、国会で成立するのか、消費税増税が優先されて、成立については不透明としか言いようもないが…

      2. 日本版FEMA(緊急事態庁)(文末 注3参照
         FEMAは、国土安全保障省発足以前は、大統領直属の機関として、災害を中心とする緊急事態に対して強力な指揮命令権を有し、世界中の緊急事態対策の手本とされていた。民主党は、政権交代以前から、政府の危機管理体制の脆弱さを打開するため、「日本版FEMA」の必要性を訴えていた。また有識者の中にもFEMAの創設を望む声は大きかった。東日本大震災を受けてFEMA創設を望む声も大きい。

      3. 日本版NSCや日本版FEMAが取りざたされるのは、それほど日本の国家中枢危機管理態勢が脆弱であることの証左である。

    2. あるべき危機管理態勢等に関する提言

      1. 安全保障や国家緊急事態対処組織の一元化・一体化を!
         我が国の国家中枢の危機管理は、阪神淡路大震災以降、逐次に改善が図られてはきたが、もう一度原点に立ち返ってトータル的に見直しをする必要がある。また、人選を見ると、官僚の指定席化や政治家の修練の場或いは経験的ポスト化している。これは明らかに異常である。
         我が国が、仮にお飾り総理しか持てないのであっても、危機管理が機能するような態勢が欲しい。トップリーダーに人物を得ることが出来るとは限らない。

        1. 総理、官房長官、副長官、副長官補という官邸政府中枢の指揮関係を整理して、機動的な指揮命令系統にする必要がある。官房副長官は官房長官の補佐者と位置付け、ライン上に位置付けるべきではない。陸自方面総監部の幕僚副長と同じように幕僚長的な官房長官を補佐させれば良い。

        2. 安全保障や危機管理に関する情報を一元的に統括する常設組織の創設
           緊急事態に係る情報は、一元的に集約され提供されなければならない。現状の内閣情報集約センターは、各省庁の出向者4名常駐、5個班交代で運営されているが、当直と同じである。各省庁等からの情報を、ホッチキスするのが関の山ではないのか?集約された情報資料を分析し、国家中枢の状況判断に資する情報にグレードアップして提供されるべきである。この為には、現状の体制は脆弱だし、専門的識能を持つプロを中心する組織が必要だ。

        3. 安全保障や危機管理を専任統括する担当官(官房副長官級)及び事務局の設置
           内閣官房長官のもとに、指揮系統を明確にして、安全保障や危機管理を一元的に取り扱う専任の担当官を設け、それを補佐する機能的な常設の組織(事務局よりは強力な幕僚組織)が必要である。この担当官は、安全保障や危機管理のプロフェッショナルであることが望ましい。尚、官邸危機管理センターは単なるオペレーションルームであって、組織ではない。

        4. 現地対策本部(前進司令部)機能の強化
           現地において、必要な措置を実施する必要がある場合の、例えば、原発事故におけるオフサイトセンター的機能・権限を有する組織を派遣・設置する場合もあろう。そのような機関を必要に応じて設置し得る態勢を整える必要があるのではないか。

      2. 国家緊急事態基本法を制定して、より万全な対処態勢の確立を!
         自公民3党の2004年5月の3党合意をベースに、緊急事態の定義、基本的人権との整合、国家や地方公共団体並びに国民の果たすべき役割、国会の関与及び内閣総理大臣の権限の強化拡充等を明確にして完全な対処態勢を構築すべきである。  
         平時は合議体である内閣であっても、有事・緊急事態には内閣総理大臣の行政各部に対する指揮権を認めるべきである。NSC等で決定した事項は内閣の決定事項として命令指示するシステムとしなければならない。

      3. 政権中枢等に対する危機対処訓練の実施を!
         組織体制上の問題もさることながら、一番の問題点は国家的緊急事態対処訓練が、為されていないことである。
         政権中枢の首相や担当大臣等に対する就任直後の安全保障・危機管理対応に関するブリーフィングは勿論実施すべきであるが、国家中枢としての、状況に応ずる国家意思決定に係る訓練をすべきである。それこそ、想定外の事態への対応をも訓練項目として実施すべきであろう。時期や想定を特定せずに不意急襲的に実施するブラインド訓練も必要だ。これ等を通じ、マニュアルに習熟させるとともに、危機に対する状況判断・思考法を演練し、危機管理能力を高めることが必要だ。
         本訓練対象は政府中枢に限定するものではなく、与野党を含めた幅広い国会議員を対象とすることが必要である。政治家の最大の責務は国家百年の大計確立と国家危機管理への対応だからである。
         明治時代は、政治家は軍事や安全保障に係る識能は有していたが、それが何時の間にか、希薄となり、終には政・軍が分離してしまった。日本に適切なシビルミリタリー関係が育たなかった。そこから日本の悲劇が始まったのかも知れない。そうならないためにも、政治家が安全保障や危機管理に関する識見を具備することが必要である。

  5. 終りに
     クライシスマネージメントはリーダーの極めて重要な仕事である。勿論クライシスに陥らないように事前に十分な準備を、それこそ想定外の事態が無いように、行うことは重要だが、危機は起きうるものであり、それに如何に対処するかのクライシスマネージメントにより、事態の拡大防止、早期収拾を期すべきであり、その為には組織の確立と訓練が必須である。(了)

脚注

注1

「安倍政権の日本版NSC」の概要
 国家安全保障に関する司令塔の機能・役割としては、@外交・安全保障の重要事項に関する基本方針、A複数の省庁の所掌に属する重要な外交・安全保障政策そして、B外交・安全保障上の重大事態への対処に関する基本方針について、それぞれ審議することにある。
 安全保障会議設置法の主要な改正点は、会議体の名称変更、審議事項の拡充、審議方法見直し(4大臣会議の創設)、安全保障担当の内閣総理大臣補佐官の設置、専門会議制度の新設、事務局の設置などがある。

注2

「民主党の日本版NSC案」の概要

@

縦割り行政を排除するため、首相官邸の安全保障と危機管理、情報部門の一元化を図る。

A

安全保障・危機管理担当の官房副長官ポストを新設する。

B

原発問題や生物・化学テロに対応するため、原子力や細菌などの専門家らをメンバーとする「科学顧問団」を下部組織として新設する。

C

メンバーは4大臣制、安危担当の官房副長官(国会議員)

D

副長官のもとに安全保障・危機管理監を新設する。

E

100人規模の事務局及び情報機能の強化を図る。

F

国会のチェック機能のための「秘密委員会」を新設する。等である。

注3

「FEMAについて」
 FEMAは、スリーマイル島原発事故を受け、1979年に各省庁の災害対策部門を統合した連邦政府内の独立機関として発足した。2003年に国土安全保障省の一部になり、権限と規模が縮小。2005年の米史上最悪の自然災害ハリケーン「カトリーナ」では、初動が遅れたとして国内で批判にさらされた。
 民主党INDEXによれば、その構想は、以下の通りである。
 「わが国への侵略、大規模テロ、大規模自然災害などの非常事態に対応するため、情報収集・分析体制を内閣官房に一元化するとともに、危機管理に関する権限を持つ「危機管理庁」(日本版FEMA)を創設します。とりわけ国内におけるテロの発生にそなえ、原子力施設へのテロ対策、ハイジャック対策、核・生物・化学兵器テロ対策、在外邦人や在日外国人の安全対策、テロ資金対策、サイバーテロ対策など、広範囲にわたる対策の整備を行います。」とある。


 

 

 

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更新日:2012/09/15