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原田靖博の内外金融雑感


我国地域金融機関の将来

2014/2/28
 

フューチャーアーキテクト株式会社
取締役
 経済・金融研究所長
原田靖博

 我国の地域金融機関は、足許の決算をみると、株式・国債関係利益の増加と不良債権処理損の減少に支えられ、大部分の先で増益となっているが、人口減少および基盤となる地域経済の停滞により、先行き明るい展望を描き得ない状況にある。
 こうした事情を踏まえ、さる1月の全国地方銀行協会の例会において、監督当局首脳が、経営統合の必要性を強く訴えたことから、業界のみならず経済界全般にわたって、波紋が生じている。
 本稿では、先ず合併と経営革新努力を重ねた結果、地方銀行から株式時価総額全米トップの銀行にまで成長したウェルス・ファーゴ銀行(Wells Fargo & Company、以下“WFC”)の経営に関して検討した後、我国地域金融機関への提言というかたちで、@効率性の徹底的追求、A専門性の大胆な発揮、B合併を通じた経営規模の拡大について、拙いながら見解を述べることとする。

  1. WFC発展の原動力

    1. WFCの概要

      1. 大規模かつ高収益銀行
         WFCは全米に9,000店舗と70百万人の顧客を擁する総資産1.5兆ドル(2013年12月末、約150兆円、全米第4位)の大銀行で、かつROA1.47%、ROE13.81%(いずれも全米第2位)の高収益を実現、これを受け、株式時価総額も、円換算で22兆円を超え、JP Morgan Chase、Citi等を凌ぎ全米第1位。

      2. 安定的な収益構造
         金融商品の販売手数料等非金利収入が、40%(本邦地銀は17%程度)を占めているほか、調達構造も預金受入額が全米第2位となっており、金融市場からの調達に依存しておらず安定的。

      3. 徹底したコンシューマーバンキング
         住宅ローン・自動車ローン・中堅中小企業向け貸出額は、いずれも全米第1位であるうえ、金融取引仲介およびファイナンシャル・アドバイザー業務もそれぞれ全米第3位と第4位。デビットカード発行額は全米第2位。

      4. 合併を繰り返し規模を拡大
         合併を繰り返し大規模地銀となっていたNorWest銀行(本拠地ミネソタ州ミネアポリス)がWFC(ゴールドラッシュを受けて、1852年カリフォルニア州サンフランシスコで創立された名門銀行)を1998年に吸収合併し、新WFCとして、本拠地をサンフランシスコに移転。リーマンショック後に経営不振に陥った南部の大銀行Wachoviaを買収(Citiが公的資金投入を条件に合併を提案したのに対し、WFCは独力で買収)。

    2. WFC発展の原動力

      1. WFCが時価総額全米第1位の優良巨大銀行に発展した原動力は、Kovacevich前CEO(現名誉会長)の卓越した経営手腕に依るところ大。因みに、原田とは1995年当時NorWest CEOであった同氏の知己を得て以降、現在に至るまで交流が続いている。

      2. 収益重視の経営哲学
         Kovacevich氏は、銀行発展の基礎は融資額の増大を通じた経営規模の拡大にあるのではなく、預金者への様々な金融サービス提供の対価としての非金利収入にあるとの経営哲学を堅持。融資額を拡大すると、確率的に信用リスクが生じ、それに備えるため資本を積み増す必要があり、結果としてROEの上昇は限定的となるとの考え方。

      3. クロスセリングの徹底
         WFCでは、顧客の金融ニーズにワンストップで対応するとの趣旨から、クロスセリング(多面的に金融取引の相談に乗り、各種の金融商品を販売すること)を徹底しており、そのための組織整備・ITシステムの充実に力を注いでいる。この結果、WFCの1顧客当りの金融プロダクトおよびサービス購入品目数平均は、6.7と全米銀行平均(2.5)を大きく上回っている。

      4. 職員各人の成果の的確な把握と適切なインセンティブの付与
         職員個人毎の顧客対応については、専門調査会社を活用して客観的に評価しているうえ、金融・投資商品の勧誘実績に関しても、ITを活用して肌理細かく捉えるなど、定量的指標に基づいて評価している。各人の目標達成度合いに応じて、四半期ボーナスを査定するなど、適切なインセンティブ付与に腐心。

      5. 国際業務は国内顧客の海外支援に限定
         顧客の海外展開の支援は、主として海外銀行のコルレス(コレスポンデントの略)網を活用するかたちで実施しており、海外拠点の主たる任務はコルレス銀行との関係緊密化であって、海外金融市場での自己勘定での取引や純粋海外顧客への融資は行っていない。海外拠点は、世界主要都市および近隣中南米諸国に35ヵ所展開しているに止まる。

    3. 営業店の実情
       Kovacevich前CEOの計らいで、サンフランシスコ市内の2営業店を見学し、運営の実態を隈無く視察したが、上記Uの経営方針が現場に十分浸透しているとの印象を受けた。

      1. 営業店のレイアウト
         営業店は、branchではなくstoreと呼ばれており、外観および内部レイアウトとも、コンビニかファミリーレストランに似たcasualな雰囲気を醸し出している。
         職員配置は、真ん中の通路を隔てて、一方にテラー(窓口係)のカウンター、反対側のブースにファイナンシャル・プランニング等の専門相談員という形。
         テラーは、顧客の預入・送金等の対応をしつつ、取引履歴・家族構成から最も適切な金融商品を紹介し、顧客が興味を示せば、専門相談員が引継いでフォローする。

      2. 支店長の役割
         支店長は、地域におけるWFCの代表との位置付けで、地域および顧客に溶け込み、適切な助言を行うことが重要な任務。同一支店在籍年数も長く、顧客満足度極大化を目指す。顧客との癒着を排除する趣旨から、融資決裁権限は与えられていない。

      3. ステージディレクターの重要性
         店舗入口辺りで、顧客を出迎え、ニーズに応じてテラーや各専門相談ブースに案内する係で、待ち時間の短縮、早期問題解決の面で重要な役割を果す。支店長に次ぐ優秀な職員が担当。
         営業店には、ほとんど全ての顧客の顔と氏名、取引履歴、ファミリーヒストリーを知悉している生き字引的職員が在勤しているのが通例となっている。

  2. 我国地域金融機関への提言

    1. 効率性の徹底的追求
       金融機関を巡る規制が大幅に緩和され、金融関連IT技術も進歩してくるにつれ、資金の運用・取引の決済も必ずしも金融機関(=銀行)の独占物ではなくなっており、金融機関が類似業態との競争で打ち勝ち生き残っていくためには、効率的業務運営の遂行が何よりも増して重要となって来る。

      1. 機械・ITシステムでできることは、機械に委ね、効率的に処理
         取引先に関連する情報の記録・整理および融資決裁については、統合データベースを構築しそれを基に分析・評価システムを作り上げる等のITの力を活用することにより、非常に効率的な処理をすることが可能となる。
         銀行支店の業務実態を見ると、本部から要請される諸報告および融資稟議書類の作成等内部デスクワークに追われている(法人融資業務職員の勤務時間の7割は内部事務に費やされていると聞く)。こうした業務をITシステムを利用して迅速に処理しそれによって捻出した時間で、顧客企業を訪問し、経営実態を把握するとともに、経営革新・海外展開・業務提携・合併に関するアドバイスを行うことが出来る。
         こうした付加価値の高いサービスを取引先に提供することにより、法人取引の収益力を強化すべきである。

      2. 各種情報システムの蛸壺的乱立状態をクラウド・コンピューティングの技術を活用することにより、大幅に効率化
         金融機関においては、各種の情報処理ニーズに対応するかたちで逐次システムを導入し、個別にサーバーを構築している事例が多いと聞く。
         この場合には、個々のサーバーの利用度は必ずしも高いとは言えず、システムの更新・バージョンアップ等の管理面での負担も考慮すると経費面で大きな無駄遣となっている。こうした状況を打開し、システムの効率化を実現するためには、クラウド・コンピューティングの技術を利用して、乱立している情報システムをデータセンターに集約してはどうか。

      3. 人事評価のあらゆる分野にITシステムを積極的に導入し、人事制度の透明性・納得性を向上
         金融機関相互の競争が激化し、職員についても高密度・高能率で働くことが求められてくる。こうした状況では、職員の職務内容を明確に規定したうえで評価項目自体も細分化し、それらを定量的・科学的に積上げ評価していくことが必要となる。これには、総合評価に依拠した伝統的な人事システムでは対応不可能であり、WFCに見られる如くITシステムを活用し、透明性・納得性の高い人事評価制度への転換が要請されよう。

    2. 専門性の大胆な発揮

      1. 預金・貸出の量的な拡大追求ではなく、金融機関毎に独自の専門分野を大胆に充実・強化
         WFCのように、既存顧客の満足度極大化に焦点を絞り、銀行が提供する資産運用手段の充実に力点を絞ることも有効な方策であるが、企業向け融資活動において、銀行毎の特色を鮮明に打ち出すことも重要な選択肢となろう。
         すなわち、地元重視の名目の下に、基盤地域からの融資需要を全て引受けるのでなく、特定の業種に経営資源を集中、ノウハウを蓄積し、審査・アドバイス能力を高めることにより、顧客を全国から集めて来るというビジネスモデルも考えられよう。
         地方銀行にとってお荷物的存在になっている建設業・不動産業・旅館業といった伝統的業種に関しても、地域企業ゆえ面倒を見なければいけないという呪縛から脱却し、一つの産業として捉えて、これに関する評価能力を高め経営指導力を充実することにより、全国の借入需要に対応するという取組も生き残り方策となるであろう。

      2. 人的資源の管理において、専門家を育成・評価する人事制度を採用
         銀行内部の人材育成においても、預金獲得・法人融資・経営管理・人事企画等あらゆる分野を幅広くこなせるオールラウンドなゼネラリストを目指すのではなく、個人顧客獲得・分野別企業融資・ITシステム構築・デリバティブ取引・経営管理等、特定の分野毎のスペシャリストを養成する方策を採用すべきであろう。つまり、特定の銀行に就職するのではなく、特定分野に専門性を持ち、求められれば、銀行を移り変わっていくという勤務形態に大きく転換すべきであろう。こうした人事運営の大転換は、一朝一夕に実現するものではないが、銀行全体としてこうした方向を目指して施策を地道に積上げていく必要がある。このように人材面での流動性が高まらないと、銀行の合併も顕著には進展しないのではないか。

    3. 合併を通じた経営規模の拡大

      1. 個別銀行の立場では、色々と事情があろうが、銀行界全体としてはスケールメリットの追求以外に有効な選択肢は残されていない
         冒頭で述べたように、我国地域金融機関の経営環境は厳しさを増す一方で、個別の経営改善策も部分的・限界的には効果を発揮するであろうが、業界全体を眺めた場合には、合併以外に抜本的な解決策はないと思われる。
         我国地域金融機関の場合、現状では、業務内容の共通性が高いため、経営効率改善の観点から合併による規模の拡大が最も有効な手段であろう。

         米国では、既に銀行の整理統合はかなり進展しているが、2003年から2012年まで10年間で、年平均230行の自発的な合併(unassisted mergers)が実現している。もちろん米国では預金保険対象の金融機関関数も、2013年9月末で、6,891行と多数に上っており、大部分は中小の金融機関(資産額10億ドル[1,000億円]以下の金融機関が6,225行と90%を占める)であるため、合併件数が多いのも事実ながら、この10年間で資産額100億ドル[1兆円]以上の銀行数のシェアも、1.0%から1.6%に上昇しており、合併による規模拡大も見られる。
         一方、我国では全国地方銀行協会加盟行は、少なくともこの10年間は64行で不変。我国で銀行合併が進展しない理由としては、@地域と銀行との結びつきが極めて強い、A株主も安定株主が主体で、合併を促す機関投資家がいない、B地方においては合併を歓迎しない企業風土が存在する等が挙げられようが、最大の要因としては、労働法規制・企業慣行により雇用が硬直的で、合併に伴う雇用整理が行い得ない点が指摘されよう。
         2012年9月10日の本稿で指摘した通り、1995年Chase Manhattan銀行とChemical銀行の合併の際、両行頭取が最優先に行ったことは、合併後の新銀行に残すべき職員とそうでない職員との選別であったと聞いている。
         日本でも金融機関合併を進めるためには、金融機関職員に限定する形で解雇の弾力化を認める必要があるのではないか。
         あるいは、銀行職員の専門職化を急速に進め、専門職に限定した解雇規制を緩和することも考えられる。
         言うまでもなく、この場合でも不当労働行為(労働者の団結権を侵害する行為)を回避するため、解雇は個人別でなくチーム単位で行う必要があろう。

         銀行株主である機関投資家も経営効率の低い銀行に対しては、改善の一方策として合併を勧奨する必要があろう。
         このためには、ROEが銀行評価の重要な尺度として、機関投資家の間で定着していることが前提となる。
         ROEのみで、経営を評価することは、乱暴の謗りを免れないが、評価を明確にして、事態を前進させるためには、必要な行動ではないか。

以上



 

 

 

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更新日:2014/03/01