本年2月鳩山首相は沖縄タイムス紙とのインタビューで「米軍普天間基地の県外移設を断念した理由として、“抑止力”との言葉を使ったのは方便と言われれば方便だった」と述べた。これに対して枝野官房長官は即、2月14日の定例会見で「海兵隊の機能と役割を総合的に判断すると、日本と極東の平和と安定
に寄与する抑止力を持っているというのが内閣としての明確な見解」との判断を示した。
“抑止力”は何か、これをどう判断するかは普天間基地返還にも大きく関わってくる。“抑止力”という安全保障上の特殊な用語に怯むことなく、その意味するものを考えて見たい。
“抑止力”の論議では、誰がどういう攻撃をかけ、それに米軍、海兵隊がどう関係するかを見極める必要がある。大きく言って、攻撃には日本の領土、特に島々と核兵器の攻撃がある。このうち、尖閣諸島等の攻撃に米軍が出ないであろうという点については【米国は尖閣諸島で戦うか】で検討した。今回は核兵器の攻撃について見てみたい。
よく、「核の傘」という言葉が使われる。何も日本列島の上に傘が開き、核兵器を遮断する訳ではない。流れは次のようになる。
第一段 : |
外交案件で日本とロシア・中の交渉が決裂する。そこでロシア・中国は、自分達の言い分を聞かなければ、日本に核兵器を発射すると脅す。 |
第二段 : |
脅された日本は米国に助けてくれと御願いする。米国はロシア・中国に対して「日本に核兵器を発射するなら、米国はロシア・中国に核兵器を撃つ」と脅す。 |
第三段 : |
ロシア・中国は米国の脅しをうけ、では日本への核攻撃の脅しは取り下げますという。 |
こう、進むのが、「核の傘」、「核抑止」である。
ところが、ロシア・中国が米国に対して大規模な核兵器での報復攻撃を持つとどうなるか。第三段で、ロシア・中国は米国に「もし、米国が核兵器を我が国に発射するというなら、我々は報復として米国に発射する」と言い返す。この時米国は途端に苦しくなる。「そんなことを言うと我々はロシア・中国を全滅させるぞ」というと、ロシア・中国は「米国が我々を全滅させようとするなら、我々の方から米国の主要な都市を先に核攻撃するぞ」と言い返す。こうなると米国に手はない。
冷戦時代、米ソの間で核兵器の交渉が行われた。この時の理論は「相互確証破壊戦略」である。その骨子は「お互いに相手国が攻撃しても、生き残る核兵器を持ち、これで相手国を確実に破壊できる状況に置く、したがって、米ソ双方に先制攻撃の利点を持たないようにする」というものである。この考え方は今日の米国・ロシア間に該当する。中国が核兵器での攻撃能力を高めていくと、米国・中国の関係にも該当するようになる。キッシンジャーは、この考えを、代表的著書『核兵器と外交政策』の中で「全面戦争という破局に直面したとき、ヨーロッパといえども、全面戦争に値すると(米国の中で)誰が確信しうるか、米国大統領は西ヨーロッパと米国の都市50と引き替えにするだろうか」と記述し、モーゲンソー(注1)は『国際政治』で「核保有国Aは非核保有国Bとの同盟を尊重すると言うことで、Cによる核破壊という危険性に自らさらすだろうか。極端に危険が伴う時にはこのような同盟の有効性に疑問を投げかけることになる。」と記載した。また1986年6月25日付読売新聞は「軍事戦略に精通しているターナー前CIA長官はインタビューで核の傘問題について、アメリカが日本や欧州のためにソ連に向けて核を発射すると思うのは幻想であると言明した。日本に対しても有事の時には助けるだろうが、核兵器は使用しない」と報じた。
理論的にも現実の政策としても、ロシア・中国の核兵器に対しては米国の核の傘は存在しない。北朝鮮については別の所で論じたい。
【米国は尖閣諸島で戦うか】で見たように領土問題に対し米軍が介入することはないということ、そして今回の「核の傘」はないということを見ると、鳩山元首相の「“抑止力”との言葉を使ったのは方便と言われれば方便だった」との発言は正しいのである。
在日米軍は米軍の戦略的目的を実施するために駐留している。あくまでも米国の利益のためである。残念ながら歴代の日本政府、そして今日の民主党政権も米軍の日本駐留の第一義的目的は日本防衛のためと説明する。しかし、それは必ずしも事実ではない。日本政府が在日米軍の在り方を米国政府と交渉する場合には、この状況を先ず出発点にすべきである。
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